「 再び『道路公団」の悪あがきを潰せ 」
『週刊新潮』 2001年8月16・23日号
櫻井よしこ告発レポート
企みは深く潜行する。
参議院議員選挙での小泉自民党の勝利は、首相の唱える構造改革への表立った反対を封じ込める反面、この国に深く根をおろしている既得権益と利権の受益者たちはその抵抗をより巧妙な形へと磨いていく。
小泉内閣の特殊法人改革の動きは6月22日、特殊法人改革の中間とりまとめ案が発表された時に、具体的かつ正式に示された。道路公団や本四連絡橋公団のような社会資本を整備する16法人は事業の廃止や民営化を、住宅金融公庫など29の金融法人は廃止を含めて検討されることになった。77の特殊法人と86の認可法人全てを個別に存続、廃止、統合、民営化に分類し、これを2005年度末までに実施するという内容である。
なかでも石油公団は改革の“モデルケース”として廃止が打ち出され、道路公団は民営化論が浮上した。こうしたなか、8月10日には来年度の予算編成のためのヒアリングが始まる。
公団の将来像を決定づけるヒアリングまでのこのタイミングこそ、官僚たちの反撃のチャンスである。改革を骨抜きにしようとする彼らの狡猾な攻めの手はいくらでもある。
たとえば改革案の論点整理などの文書を作成する過程で、官僚文化の極致ともいえるレトリックを駆使して自らの権益を守ろうとする。或いは巧みに情報を加工して世論をミスリードする。
特殊法人・日本道路公団とその背後に控える国土交通省の動きもその一例である。
2001年度、道路公団の建設費のみの年間事業予算は1兆2910億円、国土交通省に入った道路特定財源は5兆9722億円だった。計7兆円を超える巨額の資金は、限りない旨味をもたらす。
彼らの一連の動きの中から右の財源を死守するための特殊法人改革骨抜きの深謀遠慮が透視される。
たとえば、7月16日の『産経新聞』1面に掲載された「高速道の無料化に道」という記事である。小見出しには「建設費プール制廃止へ」「不採算の計画に歯止め」とある。
道路公団の経営破綻を覆い隠してきた建設費のプール制、つまり収支の丼勘定を廃止するなど、一見前向きで、特殊法人改革を推進する内容に思えてしまう。だがよく読むと、この記事は改革とは裏腹の現状維持論である。
同記事は「プール制を適用する高速道路建設を限定し」「借金の増大に歯止めをかけ」「借金返済を進め」て「全線無料開放への道筋」をつけると報じている。そのために高速道路の建設は整備計画が決まっている2481キロ分も含めて9342キロに限定する、決定済みの高速道路全体の建設計画は1万1520キロであるから、2178キロの建設取り止めになるという内容だ。
だが、すでに建設が終わって使用されている高速道路は2000年度末で6851キロ、国土交通大臣の施工命令に基いて道路公団が建設中のものは2213キロである。両方を足しても9064キロ、ここまでの建設だけでもあと20年はかかる予定だ。
『産経』が報じた9342キロの建設というのはさらにそのあとも建設する、少なくとも20年間、従来と同じ方法で建設を進めていくということだ。これまでの道路公団の経営は正しかったと言っているに等しい。これでは現状維持を支持し、改革を潰す結果となる。
道路公団は今でも破綻寸前だ。それをどうするかが問われているのに、20年後に解決を先送りしようというのだ。
国土交通省はこれからの道路建設をどう考えているのか。道路局長の大石久和氏が説明した。
「9342キロまでは道路公団が今の方式で、それ以上は国土交通省が直轄事業で自動車専用道路を作るのがよいと考えます」
自民党道路調査会会長で前幹事長の古賀誠氏も述べた。
「9342(キロ)まではもう決まり事ですから、今の道路公団がやる。それから先は(国土交通省の)直轄でやる分野が出てこざるを得ません」
キーワードは「直轄」である。一体その意味はなにか。
国民を愚弄する「直轄事業」
高速道路の建設を国の直轄事業とすることは、道路公団が郵便貯金など財投資金で建設していた不採算道路を、今度は国土交通省が税金で建設することだ。有料高速道や有料一般道は借入金によって道路公団がつくり、無料の一般道は国が税金でつくるという従来の棲み分けがさらに崩れることでもある。
ここで若干の説明が必要だ。有料で走らせる道路は、高速道路も一般道路も道路公団が担うと法律で決められているが、実態として同法律は破られている。A´方式と呼ばれる手法で国土交通省はすでに978キロ分の有料道路建設に乗り出しているからだ。
A´方式とは、従来、用地取得から道路建設、上物と呼ばれる施設の建設まで全て公団が行ってきたのを、たとえば用地取得や道路建設まで国土交通省が担当し、残りわずかの施設建設を公団に振り分けて、形の上で“公団の仕事”にする方式である。当初は低かった国土交通省の受け持ち部分は、最近では全体の97パーセントまでを占め、公団の参加は、まさに申し訳程度に低下している事例もある。
基本計画で決定されている有料道路の建設は1万1520キロ、内、9342キロは道路公団の事業として整備計画が決定済みだ。実質的に国土交通省が建設しているA´方式の道路が前述のように978キロであれば残り1200キロになる。
大石道路局長の発言は、この1200キロ分を直轄事業で建設するという意味なのだ。
「従来は道路公団にやらせようと思っていたわけですが、それはもはやかなり厳しい。国土交通省が直轄で行う可能性が強いと思います」
「ストレートにお答えすれば、直轄事業で、道路特定財源や、我々から言えば一般財源ももっと入れていただいて整備することになります」
と語る大石局長は、それが国民にツケを残さない方法だと強調したが、道路建設が採算に合うか否かの検証もせず、道路をひたすら作り続けるということでもある。
関係者が語った。
「国土交通省は実は昨年も道路公団の仕事を直轄事業にしようとして動いたのです。しかし、土壇場になって逆転されたのです」
大石局長も昨年、道路局が法律改正に動いたと語った。
「採算の取れにくい高速自動車道を道路公団に替わって国が税金で建設できるように、法改正を試みたのです。しかし目論見はうまくいかなかった。道路局が法律改正を構えてうまくいかなかったのは初めてだと報道されました」
昨年、旧建設省は2001年度の概算要求に、直轄事業としての高速道路建設費として、手始めに10億円を盛り込んだ。これは先程の1200キロの道路に関する予算だ。旧大蔵省とも折衝済みで、要求は認められるはずだった。ところが暮れの12月5日、なんと建設省自身がこの要求を取り下げた。
関係者が語った。
「熾烈な暗闘が展開されたのです。まだ手つかずの1200キロ分の高速道路建設に建設省が直々に乗り出して来れば、道路公団の存在意義は喪失する、公団潰しだと公団は受け止めたのです。
で、公団側は猛烈に政治家にも働きかけ、地方自治体には、国が建設すれば財源は税である、となれば費用の3割は地方自治体の負担になる、他方公団ならば自治体の負担はゼロだといって説得してまわったのです」
建設省案は、建設負担を国が7割、地方自治体が3割としていた。となれば地方自治体が公団による建設を選ぶのは目に見えている。だが、建設省につながる族議員も黙ってはいなかった。散々揉めた末に橋本派の村岡兼造氏が仲介し事態を凍結、双方を痛み分けにしたといわれる。
古賀氏はこのような見方を
「そんな大騒動にはなっていなかったはずですよ」と、やんわり否定した。
だがこうも語る。
「なぜ(法改正が)出来なかったのか。やっぱり道路公団が抵抗してるのかな、と」
「道路局はもっとこれ(直轄事業)がこっち(永田町)の声なんだと押し出さないとだめですよ」
古賀氏は、道路局の官僚たちに直轄事業化するのに、もっと政治の力を活用せよと言っているのだ。或いはそれは、族議員としての示威でもあろうか。結局、古賀氏の言う「こっち(永田町)の声」は道路を建設し続ける点に尽きる。
それにしてもなぜ内輪の争いなのか。背景には長期にわたる不況と公共工事への批判がある。建設省は過剰な公共工事への強い批判をかわさなければならない。かといって自分たちの差配する仕事は減らしたくはない。そこで目をつけたのが、基本計画に従えば完成までにあと何十年もかかる1万1520キロの高速道路の建設である。それを確保できれば1世代や2世代分の仕事量が生まれる。道路特定財源5兆9722億円も手放さなくともすむ。
つまり昨年来建設省が目論んできた直轄事業化は、彼らの仕事と自由に使える財源を確保し続けること以上でも以下でもない。建設省と建設官僚の利益の追求を唯一の目的とした動きが、なんと、小泉改革の衣をまとって再登場したのだ。官僚の利権確保の暗闘が、特殊法人改革の具体案として提案されるとは、これほど国民を愚弄した話があろうか。
その後も国土交通省の「直轄事業」の必要性を指摘する声は報じられた。例えば『朝日新聞』7月27日の1面記事「建設中の高速道凍結も」と、その関連で報じられた特殊法人見直し案である。
内容は高速道路事業は施工命令が出されて建設中の事業でも凍結する、国による直轄事業導入などによって採算性を確保するというものだ。
直轄事業を打ち出してはいるものの、明らかに改革推進の論調であるこの記事に、大石道路局長は強く反応した。
「建設中の道路の凍結はありません。9342キロまでは現状どおり、道路公団でやれます。問題はそれ以上の道路で、そこは直轄事業がよいと申し上げているのです」
国土交通省は9342キロまでの建設は公団に任せるとの立場を崩さない。あくまでもその点を明確にしたうえでの直轄事業なのだ。
公団の明らかな破綻に目をつぶるこの姿勢はなぜなのか。
改革を装った生き残り
「それも自己防衛にすぎません」
関係者が語った。
公団の破綻は、現実にはあり得ない交通量を基にして立派すぎる道路をつくるところから始まっている。予測の甘さが躓きの第一歩だが、予測は国土交通省作成の道路整備5カ年計画に基いている。5計と通称される同計画は道路投資の長期計画である。この中で将来の交通需要を予測し、それをもとに道路投資計画を策定する。それを実現させるのが道路特定財源の5兆9722億円だ。
道路公団も国土交通省の交通需要予測を下敷きにして、建設計画を作成する。
「ですから道路公団の甘い予測に国は口をはさめないのです。はさめば、国の一般国道の建設の根拠も否定することになる。そうなれば道路事業、さらには道路特定財源が不必要となり、虎の子の約6兆円を失ってしまうからです」
5計の交通需要予測は非常に高めに設定されている。日本の総人口は2007年をピークに減少するというのに、将来の交通量は飛躍的にふえることにされているのだ。彼らは免許保有者全員が運転し、高齢化すればする程、走行距離は延びるというのだ。
たとえば95年は実績値で6860万人が計4532億台キロを走った。一人ひと月、550キロ走った計算になる。これが2010年には8400万人が5955億台キロ、一人ひと月、590キロを走行すると国土交通省は言う。2020年は8950万人が6607億台キロで一人ひと月、615キロにふえるという予測である。
東京湾アクアラインも本四間の3ルートの橋も、この虚構に基づいて交通量を予測し建設された。そして今、予測を下回る交通量と赤字に喘いでいる。だが虚構の前提が正しいと言い続けることで国土交通省は約6兆円もの道路特定財源を確保してきた。道路公団もそれを承知で際限なく道路をつくってきた。彼らは同じ穴のムジナである。
道路公団が9342キロの高速道路を作り続けることも、それ以外の道路事業を国土交通省が直轄することも採算性で考えれば極端に難しい。
例えば9342キロの高速道建設の中には第二東名・名神高速道が含まれているが、現行の東名・名神qャ道と平行して走る予定のこの新高速道路は、横浜以東の東京に至るアクセスの目処が全く立っていない欠陥高速である。コストも不明確だ。公団は今年5月の取材で建設予算は407キロで9兆5000億円と説明した。が、公団の年報には2000年7月時点での建設予算を同じ407キロで8兆80億円と書いている。わずか1年足らずで19パーセントも建設費が増えているのだ。公団の予測は実に杜撰なのだ。
第二東名・名神の将来像を経理の専門家を交えたチームで試算してみた。結果は開通予定の2020年で料金収入は984億円、管理費468億円、利息は6840億円となった。収入から管理費を引いた営業利益は516億円だ。これでは6840億円の利息さえ払えない。
さらに開通後10年後の2030年に第二東名・名神は20兆円を超える負債を抱え、事業期間の終了年度とされている2043年には負債は40兆円を超える試算結果となった。これは旧国鉄をも上回る負債額である。
また、道路局が触手をのばしている基本計画のなかの1200キロ分の道路は、殆んどが人口過疎地を走るルートである。たとえ建設しても採算割れは必至だ。
こうしてみると、国土交通省の目論見は国民への背信である。なぜなら、それは公団と国土交通省の当面の安寧を確保するだけの道だからだ。改革を装いながら、結局、国土交通省と公団は傷つかずに生き残ろうとしているのである。
大石道路局長が主張した。
「我々は国土全体の移動距離を縮め、国民の90パーセントが30分以内に高速道路にアクセスできるような国づくりを目指しているのです。
波及効果は多岐にわたります。地方自治体の合併も促進されましょうし、三重県知事の北川正恭氏は道路整備で出先機関を整理することが可能になり行政コストが下がったと話していました」
大石局長は高速道路と一般国道や県道の話を入れ交ぜつつ、道路建設のさらなる必要性を強調するが、いまや俎上に載っているのは公団の民営化である。採算のとれない道路建設を進める限り、民営化は望めない。小泉首相の目指す民営化は、建設中止が起点になるはずだ。そう尋ねると古賀氏は答えた。
「民営化だけでは議論になりません。真摯に議論はしますが、手順と経過を示してもらわなければ。例えば、総裁を必ず民間人から採ってくるとか、理事の枠の中に民間人を据えるとか、そういうことから始めてもいいのです」
道路公団の将来に必要な大胆な改革とは程遠い反応である。国土交通省も自民党道路調査会会長の古賀氏も、道路を作り続けるという地平からは一歩も動かないのだ。
それでは改革は不可である。多くの可能性を探ってみたが、道路公団を民営化し、無事着地させる最大最重要の前提条件は、全ての道路建設の中止である。中止した時にはじめて公団立て直しの可能性が拓けてくる。シンクタンク構想日本の加藤秀樹氏の協力で、道路公団再生の道を試算した結果は次のとおりである。
誰が責任を負うのか
試算では全ての建設を中止したうえで、特殊法人改革中間とりまとめに従って、民営会社に移る期限を5年先の2006年度からとした。
2005年度末まで現行どおりの公団方式の経営を続け、固定資産税と法人税は非課税、優遇金利とする。
随分と虫のよい前提だが、新たに税金を投入するよりは前向きの計画である。
99年度末で営業中の道路の負債額は23兆1525億円だ。が、上記の前提で5年間営業すると3兆3776億円が返済され負債総額は19兆7748億円に減る。
これを採算のとれる道路ととれない道路に分ける。前者が16兆5727億円、後者が3兆2021億円になる。ここには東京湾アクアラインも含まれる。
営業不適格道路の3兆2021億円はとりあえず棚上げするが、たとえば、この総額を道路特定財源5兆9700億円余の内の、国の取り分3兆508億円で相殺することも考えてよいだろう。なんといっても絶望的に採算のとれない道路建設は、国の決定によるのであるから。
この他に、建設中の道路に関する負債が4兆4431億円あるが、この分も棚上げせざるを得ない。
道路公団はギリギリ採算のとれる道路のみを抱えて民営化するのだ。民営化された新会社の負債は16兆5727億円。料金収入は民営化初年度の2006年は2兆526億円、しかし、負債資産が約17兆円もあるため、企業会計方式で計算すると、毎年、5000億円をこえる減価償却が必要だ。
その一方で新会社はまず、利益準備金を1000億円分積み立てて万一に備える。民営化後6年後には積み立ては1000億円に達するのでそのときから返済を始める。6年目、はじめて自社返済にまわす額は127億円となる。
一旦始まると返済はかなり順調に進む。国民に負担をかけながらの再建であり申し訳ないから、料金も下げていく。7年目に20パーセントの値下げ、5パーセントきざみで段階的に下げ、民営化34年目に現行料金の半分にする。
こうして続けていくと、35年で負債総額は4兆811億円、その時の新会社の料金収入は1兆1448億円が見込める。収入の約4倍の負債なら案ずるには当たらない。
民営化後、新会社は勿論固定資産税と法人税を払う。ちなみに35年目には1年間で1459億円の税を払う予定だ。こうすれば国民の新たな負担なしに再建が可能だ。
しかし、この再建策には、もうひとつ重要な前提がある。金利の固定化である。
上記の再建策は50年間、金利を5パーセントに固定して計算した。50年間の固定金利など、市場経済ではあり得ないが、それをしない限り、公団の立ち直りは難しい。
先程棚上げするとした建設中の道路の負債4兆4431億円はどうすべきか。この中にはあの絶望的な第二東名も入っている。
私たちはこの4兆円余りを巡って真剣な論議をするべきだと考える。情報公開を行い、誰がどんな負担をすべきか、誰がどこまで責任を負うべきかを話し合うべきだ。道路行政を徹底分析することが真の意味の解決と再建につながっていくと思う。
古賀氏も大石局長も道路特定財源の一般財源化には強く反対した。が、今は、道路特定財源の確保という国土交通省の既得権益よりも、国民負担の最も少ない解決策を探るべき時だ。ここに示した一案のように、建設を全て取り止めた時に、新たな国民負担なしの公団の民営化がはじめて可能になる。国民負担を限りなく増やしていく道路建設はこれ以上、続けてはならない。
改革の衣をかぶった国土交通省や公団の焼け太りを許してはならないのだ。