「 教科書をめぐる日韓関係悪化は大胆な融和策で対処せよ 」
『週刊ダイヤモンド』 2001年7月28日号
オピニオン縦横無尽 第406回
扶桑社の教科書問題と小泉首相の靖国参拝問題に関連して隣国の反発が強まっている。7月18日には韓国政府は靖国神社に合祀されている旧日本軍の軍人・軍属だった韓国人の位牌の返還を日本政府に公式に要請する方針だと伝えられた。
この要項以前にも韓国側は教育現場での交流を中止し、政治レベルの会談も中止した。日本製品のボイコット運動まで提案されている。
扶桑社の教科書の明らかな事実の誤りはすでに自主的に修正された。首相の靖国参拝はこの国のために命を落とした人びとへの畏敬と感謝を形にするもので、軍国主義への回帰ではない。
にもかかわらず、韓国側のこの烈しい反発だ。背景には金大中大統領の内政、外交両面での行詰まりから生まれる政治的意図もあると思われる。
韓国経済は、1998年以降IMFの厳しい指導の下でいったん立直りをみせたものの、今、見通しは暗い。歴史的な南北首脳会談から一年以上が過ぎた今、金大中大統領の融和政策は事実上失敗したとの見方が広がりつつある。北朝鮮への肥料20万トンの援助も、韓国側が拘留していた北朝鮮の工作員やスパイの釈放も、それに見合う反応は北朝鮮から得ることはできなかった。食糧や電力を送るといっても、反応はないどころか、北朝鮮側は事実上の海の軍事境界線である北方限界線を越えて南下し、韓国領海に迫ってきた。金正日総書記が、ソウル訪問の約束を果たすことも期待できない状態だ。金大中氏の太陽政策は今やかげり、大統領への支持率は1998年の政権発足時に8割を超えていたのが今年1月には、その4分の1の水準に落ち込んでいる。
このような内政・外交面での失点を対日強硬策で補うという要素が、どうしても見えてくる。かといって日本側がこの問題を放置していてよいはずもない。田中外相も小泉首相もこの危機管理にもっと集中したほうがよい。
たとえば、靖国から韓国人の位牌を引き揚げるという18日の日本政府への要請予定からは、韓国側が、教科書についても靖国神社についても日本政府の役割を誤解したままであることが見えてくる。靖国神社にA級戦犯とされた人びとが祭られているのも、元日本軍人または軍属だった韓国人が祭られているのも、日本政府の意図ではなく、神社側の決定である。日本人も韓国人もこの国のために戦ってくれた人びとを同じように祭っているのは、靖国神社の判断で、政治の判断ではない。同じく教科書も国が採用か否かを決定するわけではない。
が、韓国側は、どうしても国家としてのかかわりを突いてくる。このことに対して日本側はどうすべきか。検定を通った教科書を採択せよとか否定せよとかの指示は、政府からは出せないこと、また靖国神社にだれを祭り、だれをはずすべきかの指示も政府はできないことなどを繰り返し説明したのが従来の対処法だった。この種の説得に加えて、やはり政治家が、歴史に踏み込んで語ることも必要ではないか。歴史に踏み込み、その歴史観に基づいて日本の新しい国家像を語る作業があって初めて相手を説得できるのではないか。
新しい国家像は、当然、30年先、50年先の日韓関係やアジア政策を踏まえたものでなければならない。たとえば50年先、日韓両国はどんな関係でありたいと日本は願うのかを、具体的に語るほどの努力をせよ。日韓両国の関係の緊密化が日本にとって最重要要素のひとつだと考えるが、そのために今、日々1万人ずつの日韓往来をより容易にするために、たとえばビザなしで韓国人の入国を認めるほどの融和策を打ち出すことだ。教科書、靖国で譲らないスタンスの強さを、長期ビジョンに基づいた大胆な融和策で側面補強することが必要だ。