「 責任者不在のプロジェクト 」
『GQ』 2001年8月号
COLUMN POLITICS
官僚の実像は掴みにくい。年度末に予算が余ったといって数千万円単位のワインを買うのも官僚であり、赤字国債を解消して健全財政に導こうと、元首相の橋本氏を財政再建路線に走らせたのも官僚だ。
無責任なのか、利己主義者なのか、国政に責任をもとうとしているのか。多面体人間の官僚集団が日本を動かしてきたのは事実である。彼ら官僚の姿への興味は尽きないが、直近の取材から浮かびあがってきたイメージは極めて大胆である。
日本では最大規模の特殊法人が日本道路公団である。日本列島を走る高速道路や一般有料道路を作り管理運営するのが、彼らの仕事である。彼らとは、建設省や運輸省からの天下り官僚とその部下たちである。公団の資本金は1兆8000億円、保有資本は32兆3000億円と彼らは言う。しかし、これは正直な数字とはとてもいえない。なぜなら、民間企業ならば当然していなければならない減価消却も除却もしていないからだ。計理の専門家は、これを“典型的な紛飾決算”と喝破した。
そうしたなか、公団の累積債務は26兆円。債務は2021年には34兆円まで増えて、その後は順調に返済され、2049年にはゼロになると、官僚たちは主張する。
約50年後まで、現在、お役所の課長クラスでこの種の計画を立案した人たちの何人が生きているというのか。誰が計画に責任を持てるというのか。
そう言うと、道路公団から説明に来た三人の課長たちは、強く反論した。論はなめらか、熱気を込めて語る姿は自信を漂わせている。
「長期計画がきちんと遂行される担保は、一年毎の計画がきちんと遂行されるということです。計画は、毎年きちんと遂行されています」
こう述べたのが建設省(国土交通省)から出向中の課長だった。
しかし、道路公団の過去30年の実績と出向課長の説明は明らかに喰い違う。公団の事業は1972年から今日まで、計6回、5年に1回、見直されその度に借金総額はふえ、返済期間ものびて来た。
結果として、当初は30年返済だった高速道路建設は、35年、40年とのびて、今では50年返済になってしまった。このままいけば、55年、60年返済にならない保証はない。その証拠に、道路公団のミニヴァージョンといえる本州四国連絡橋公団の返済期間は、70年にまでのびている。
明らかな、嘘を、課長たちは都合一時間半もかけて説明していった。三人の表情はいずれも生真面目だ。もう一方の本四公団の官僚たちの説明は、ひょっとしてこの人たちはとても誠実ですごく善人たちなのではないかと思わせられる瞬間さえあった。
明らかに破綻していて、これ以上の借金は到底、返済が叶わないものを、この人たちは、1千億円単位、兆円単位で借りていく。利子補給金などの名目をつけて百億単位、1千億単位でもらってしまう。
百億円や千億円は、彼らにとっての1万円か10万円という感覚のように思えてくる。考えなしの大胆な姿だ。官僚たちはこうして2~3年毎にポジションが変わる。変われば昔所管していた事にはもう関わらず責任を持たない。その場限りの責任と思うから、こんな大胆な借金が可能なのだ。現に、建設省からの出向課長は、私の取材を受けた直後の5月16日には“本省”に戻ってしまった。
この無責任さがもたらす大胆で悲惨な結果をなくすためにも、私は、大プロジェクトには、企画者立案者の名前を入れるべきだと思う。後世に名が残るとなれば、名を惜しみ不名誉な計画を立案する官僚もいなくなるのではないか。官僚に名を刻ませてこそ、国民や社会や国のために働く存在になるのではないか。