「 無用の長物『都市基盤整備公団』なぜ廃止しない 」
『週刊新潮』 2001年5月31日号
櫻井よしこ告発シリーズ 第4回
世界最大の住宅デベロッパーから、世界最大の地上げ機関へ、特殊法人、都市基盤整備公団は、生き残りをかけて巧みに変身しつつある。
この変身と生き残りには、しかし、特殊法人の例に漏れず、膨大な国民負担が伴う。都市公団の借入金はいまや14兆8548億円、その殆どが財政投融資である。加えて補助金、出資金、補給金などの名目で2000年度だけでも国民の税金4000億円余りが投入された。
99年10月に、住宅・都市整備公団から現在の都市基盤整備公団へと衣替えした彼らの役割は、どう変わったのか。
日本住宅公団は1955年に発足、当時の絶対的な住宅不足に対処するため、公団住宅を供給した。66年には大規模ニュータウンの開設事業、73年には都市再開発事業に乗り出した。
70年には別働隊としての宅地開発公団が作られ、81年に、日本住宅公団は住宅・都市整備公団に発展した。それが前述のように99年には更に都市基盤整備公団となった。名称からも、公団の役割の変化と拡大が見てとれる。
余剰住宅が600万戸以上もあり、賃貸住宅の1割強が空き家になっている時代に、政府系デベロッパーとしての都市公団の存在意義が消滅したのは明らかだ。税金を投入しても、投入しても、年々、累積債務を増やす一方の都市公団に残された役割はあるのか。
都市公団の所管官庁、国土交通省住宅局の真鍋友一・都市基盤整備公団監理室長が強調した。
「住宅は1973年頃から余っています。では公団の住宅部門の役割は終わったかと言えば、そんなことはありません。その種のご批判には、『琵琶湖に水があるから砂漠の人は水を飲むな』という譬えを申し上げたいと思います」
マクロの議論として住宅は足りているが、それでも市場で対応できていない部分があると真鍋氏は言うわけだ。
都市公団の森下憲樹・企画調整課長は、民間で出来ることからは完全に撤退するのが公団の方針だと前置きした上で、「市場が対応出来ていない部分」について述べた。
「民間業者の供給する都市部の賃貸住宅は、回転が早く利益率の高いワンルームか、外国人用高級住宅に二極分化しています。中堅所得者のファミリータイプの物件の供給がはかどらない。そこで私どもが、都心部で家族向け賃貸住宅を供給しているのです」
広報室長の山崎幸雄氏も、三井不動産の岩沙弘道社長の国会での意見陳述を引用しながら説明した。
「国会で三井の社長も述べたように、民間業者にとって土地を購入し、賃貸住宅を経営していくのは重荷なのです」
高額の土地購入コストを負担し続けながら、賃貸収入で経営していくだけの資金力が民間にはまだ無いと言っているわけだ。が、都市公団の資金は全てが借入金、しかも殆どが政府系資金だ。つまり私たちの預貯金や年金の積み立て金と税金である。
自由経済の枠組みから大きく外れて、国民のお金に支えられ、しかも後述のように年々債務をふやし続ける公団が、民間企業に較べて資金力があるという主張は、社会主義国や共産主義国の政府のような不遜な物言いである。
1955年の設立時には日本住宅公団の資本金は60億円だった。それが今は6512億円、100倍以上だ。同時に借金も山積みに増えてきた。90年度末に約10兆1695億円の借り入れだったのが、10年後の2000年度末で、14兆8548億円に膨れあがっている。
毎年4685億円余の借金を増やしてきたのだ。10年間、1日も欠かさず、日々12億8300万円ずつ、借金を上積みしてきたことになる。
それでも公団の存在意義は民間には担えない分野にあると山崎氏が説明した。
「新しい名前に示されているように、都市基盤の整備という使命を与えられたと考えております。日本の大都市は欧米諸国の都市に較べて非常に見劣りがします。だからこそ、市街地の公団がストックのリニューアルと、防災、公園整備、密集市街地の整備などを念頭に置いた土地有効利用が必要です。これが公団の新しい仕事です」
信頼を裏切った値下げ
都市公団への移行のプロセスで、分譲住宅事業からの撤退が決定されたが、周知のようにそれは市場原理を無視した経営の失敗の結果だった。
例えば、千葉県浦安に海風の街、夢海の街という洒落た名前の分譲マンションを公団が建てたのは87年と94年のことだった。当時から、価格が高くアクセスも不便で、売れ足の鈍さが報じられた。
売れ残りマンションを抱えて、公団が値下げに踏み切ったのが亀井静香建設大臣の時だ。特殊法人問題に詳しい民主党の石井紘基議員が語った。「浦安だけでなく、全国で1万戸もの分譲マンションが売れ残ったのです。公団はモデルルーム販売と称して、まず700万円値下げしました」
モデルルームは通常、1つの団地でタイプ別に1戸か2戸だが、公団は売れ残り全室をモデルルーム扱いし、値引きの理由にしたというのだ。
「最初に払い込む700万円を一旦受け取って、モデルルームだから返した形にしたのです。次に家具付き販売を考えました。高級家具付きという触れ込みで売却したのです」
浦安の住宅も値引き販売された。夢海の街の住人で、公団を訴えた松下仁氏が語る。氏は「住都公団に公平な価格政策と情報公開を求める全国連合会」の会長である。
「我々が怒ったのは、売ったら最後、後は関知しないとも言うべき公団側の態度でした。私たちは今、情報公開と、当初の価格設定についての説明を求めています。公団は不動産市況の低迷で止むを得ず価格を下げたと説明しましたが、公益性を帯びているはずの公団にあるまじき高い価格設定をしていたとの疑惑が、私たちの試算で生じてきました。『夢海』のマンションの売却価格は坪250万円でした。しかし、私たちの試算では178万5800円で出来たはずです。土地の取得費が坪8万5000円、金利を加え、固定資産税を払い、坪15万円の造成費、土地の減少率を50%と計算、環境調整費は坪5万9000円、事務費は5万4000円、貸倒引当金は70万5000円、建築費は坪単価7万5000円としました。
しめて178万5800円です。公団は40%も利益を上乗せしたと思われます」
特殊法人である都市公団の経営は、実態は政府による。公団の背後には国があり、公益目的をその使命の中に宿していると国民は考えてしまう。民間業者の市中価格より、妥当で安い価格設定をしているだろうと思い込んでしまう。自己責任の自由経済では、思い込むほうがいけないのであろうが、これは、政府や国、公共の組織へのいわば自然な信頼感でもある。その信頼感を公団側は巧みに利用したはずだ。そして、それを結果として裏切ったのだ。
値下げしなければ売れなかったことは、価格設定を誤ったことだ。ピーク時で1万戸もの売れ残りを出せば、民間業者なら倒産ものだ。経営の失敗で分譲住宅からは撤退したが、公団はすでに触れたように賃貸住宅の供給は継続することになった。
公団側は、ファミリータイプの賃貸住宅を民間が作らないというが、それは世界一のデベロッパーの公団が市場に乗り出していくから出来ないだけの話だ。例えば、民間最大手の三井不動産の住宅部門の2000年度の売り上げは3050億円だ。そして読者の皆さんには思いだしてほしい。同じ年、三井の年間の売り上げよりもはるかに多い3400億円を、公団は政府の一般会計から補助されていることを。自由経済国でこれ程の民業圧迫は断じてあってはならないのだ。この事だけでも都市公団は直ちに廃止する理由になる。
実を言うと都市公団は、他の特殊法人に較べて取材に協力的だった。しかしその彼らがあくまでも拒んだのが、個々の物件の取得価格の開示だった。山崎広報室長が述べた。
「公団も企業体です。原価がわかってしまうことは出来ないのです。こちらの団地の住宅価格は原価を割って買い得だとか、こちらは多少は損だとなれば、売れなくなります」
石井議員が反論した。
「行政が企業体としてビジネスをすること自体、間違っているのです。市場での売買は周辺との競争であり、腹の探り合いです。ですから原価は言えないのはわかります。だからこそ、行政はそういう活動をしてはならないのです」
明海大学の長谷川徳之輔教授も強調した。
「どの国でも、公団は基盤作りに徹しています。しかし、日本の都市公団で特にまずいのは、公団が自ら商売人になり、住宅供給の既得権に染まってしまったことです」
14兆円を超える財投資金と、年間4000億円の税金で支えられていればこそ、公団は経営に関する数字を全て出して、国民の判断を仰ぐべきなのだ。営業上の秘密が許される自前資金の民間企業と、そこが異なる点だ。国民の資金と税金で支えられて、民間企業と競合すること自体、間違いだ。官業はあくまでも民業の補完に徹すべきなのだ。
日本の官業の民業圧迫ぶりは凄いの一言に尽きる。再び石井議員だ。
「実は、公の住宅供給者は公団だけではありません。私の調べでは、99年度末で地方住宅供給公社の分譲賃貸住宅総戸数は75万2351戸、都市公団が約73万戸、旧雇用促進事業団が14万4544戸、その他にも公務員共済組合、勤労者住宅協会、各種弘済会など、これら行政企業が作っている住宅数は昭和30年以降、全体の約3分の2にものぼります。まさに社会主義です」
長谷川教授が語った。
「これだけ住宅が出来ているのになぜ、国が更に作らなければならないか。彼らのタブーは、もはや自ら住宅を供給する必要は無いと明言することです。自分たちのレゾンデートルを失ってしまうから、分かっていても言わない。公団が分譲はやめて賃貸住宅を残したのは、職員を食べさせていくためです。基盤整備に必要な人員は少なく、住宅のほうが多いですからね」
こうして世界最大のデベロッパーは、凄まじく民業を押しつぶしながら賃貸住宅でしのぎつつ、世界最大の地上げ機関としての新しい役割も手に入れたのだ。
政府の「地上げ屋」
赤坂見附の繁華街、一ツ木通りを歩くと、突然、道の左右に、各々664.80平方メートルと477.58平方メートルの空き地が現われる。片方は駐車場として使用されており、片隅の地味な看板が、所有者は都市公団であることを告げてくれる。もう一方の更地にも都市公団の看板が立つ。
景気低迷でさびれがちな赤坂とはいえ、一ツ木通りはそれでも日本の高級繁華街である。そんな場所に都市公団が土地を購入する必要性はあるのか。山崎広報室長は語った。
「土地有効利用事業です。いずれも、バブル後、虫食い状態で放置されていました。公団がきちんと活用できる形にして民間に譲渡します。上物は民間でやって頂く考えです」
森下企画調整課長も語った。
「民間業者が地上げして放置したため、地権者は民間業者に信が置けないようです。公的機関としての信用に基づいて、私どもが間に入って話し合いを進め、周囲を含めた有効利用の方向を探っていきます」
土地有効利用事業は、98年4月の経済対策関係閣僚会議で決定。東京、大阪、名古屋、福岡の4大既成市街地の未利用地を公団が取得して民間に売却するという内容だ。
都心部の細分化された土地は100%政府出資金、つまり一般会計から国民の税金を使って買い上げ、工場跡地などは面積によって資金の75%から50%を政府出資金、残りを財投からの借入金で賄うというものだ。
98年4月以降、3752億円が土地購入にあてられ、内、2450億円は一般会計で賄った。売却できたのは、4件、53億円分のみである。公団は平均事業期間を5年と想定している。
それにしても都市公団の土地取得に一般会計の財源まで注入するのは危険である。それでなくても公団の手元には、購入はしたものの活用も売却もできていない土地がかなりあるからだ。
公団は土地開発プロジェクトに乗り出した81年以降、99年度までに用地取得に3兆4912億円を使った。内、5年以上放置されている土地は756ヘクタールにのぼる。金額は、公団側が頑として発表しないため不明である。
こうした状況でまだ土地を購入するというのが土地有効利用事業なのだ。国土交通省の真鍋氏も語った。
「買い漁りについて、私もこのポストに就いた時、心配になったことがあるんです。こんなに土地を買って大丈夫なのか、公団が潰れるんじゃないかと」
にも拘わらず、都市公団の土地取得はこれから益々ふえて行きそうなのだ。国土交通省が土地公団の未利用地買い上げに関して、現在工場跡地など75%までしか認めていない一般会計の負担を、厳しい条件付きで100%に引き上げる道も開かれたからだ。
国が100%負担すれば、公団側は財投資金を使う必要が無い。利息の負担が減少すれば、心おきなく土地を買い、土地開発に長い月日を割くことも可能になるとの考え方だ。まさに、税を貪る世界最大最強の地上げ機関が都市公団だ。
石井議員の指摘だ。
「今や公団の実態は不動産業の全面展開というところです。ちょっとした規模のところは、公団か、外国資本の企業しか買えないような状況です」
公団の土地有効利用事業が始まると、民間の物件の買い上げ要望が殺到した。この不況下では自然なことだ。申し込み件数は今年4月末までに6215件、総面積3163ヘクタールにのぼる。
土地購入を決定するのは、土地有効利用事業担当の約500人だという。収益還元価格の考え方で、担当者は寝ないで頑張っていると山崎広報室長が強調したが、500人の中には民間業者からの出向者が目立つ。ゼネコン業界から51人、金融機関が29人、不動産業界12人、コンサルタント業界33人。特殊法人から1人、地方公共団体から5人で計131人の外部の人材を交えて、彼らは税金で土地を買い取る業務をこなしている。
ここにはどうしても癒着の臭いがする。自身も大量の劣化資産を抱えるゼネコン企業や不動産業界の出向者が、全力を挙げて自社に有利な購入計画を推進するであろうことは充分予測できるからだ。石井議員が厳しく指摘した。
「防災とか都市基盤とか言いますが、結局利権です」
特殊法人問題に詳しい野村吉太郎弁護士も収益還元価格について疑問を口にした。
購入して整備して売って適正収益が見込める価格を収益還元価格と公団は呼び、通常価格の75%だと説明したが、野村弁護士は、収益とは何かが問題だという。
「収益分岐点をどう想定しているのか。どんなビルを建て、賃貸料をどう設定するのか。設定によって数字は如何様にも変えられます。だから市価の7割から7割5分といって
も、必ずそれが安い価格だという保証はないのです。また、虫食い土地のまとめと言えば地上げそのものです。ただ、地上げ屋は土地をまとめたらすぐに売るのに較べて、公団は5年かけて道路や基盤を整備し、その間、土地は更地のままです。自分たちの組織を存続させるために、わざと時間をかけているような気がします」
ここでどうしても連想するのが地方自治体の土地開発公社の所有する約3万2600ヘクタールの土地である。内1万2800ヘクタールが5年以上保有、そのまた半分が10年以上の保有で使い道の決まらない塩漬け土地だ。金額にして4兆400億円分、山手線内の土地の2倍にも匹敵する土地が土地買い漁りの結果、巨額の借金を積みあげた形で利子負担のみ増やし続けているのだ。
「土地開発公社は当初は目的があって土地を買っていましたが、ある時期からまず購入する形になりました。その結果、塩漬け土地を大量に抱え込んだのです。都市公団も同じ道を辿っています」
野村弁護士が警告した。
消え失せた存在意義
都市公団を覆っているのは自己認識の欠落から生ずるモラルハザードである。分譲住宅ではすでに手痛い失敗を犯した。賃貸住宅を手掛けるといっても、経済的に自力でやれる訳ではない。土地有効利用事業でも、とどのつまり、民間の人材の知恵と助けが必要だ
都市公団の財務内容を見ると、同公団の存在意義に、より強い疑問を抱く。99年度、公団は経常収益1兆2626億円を上げたが、利子の支払いが7100億円、元本返済が7900億円、両方で経常収益を上回っているのだ。
また、公団が意欲を燃やす新しい課題としての土地有効利用事業も、繰り返し指摘したように2450億円もの税を投入しながら、99年度は28億円余りの損失を出している。公団全体の経営が、過去ずっと、着実に債務を増やしてきたことも述べた。
どこから見ても、公団の経営は失敗している。どこから見ても、公団の仕事内容は民間企業が十分に肩代わり出来る。否、民間企業の方が効率良く、巧みにこなすと言ってよいだろう。そのことに気付いていない。或いは長谷川氏の指摘のように、意図的に気付かない振りをしている。
そうしている内に、政治がこの巨大利権の絡む都市公団を、極めて政治的に利用する方向へと動いていることの危険を私たちは認識すべきだ。公団が思慮せずに、無批判に監督官庁や政治の思惑の道具立てになることによって、都市公団問題はより深刻になる。
今、小泉政権の提唱している2つの点、夏の参議院選挙に向けて候補者は派閥を離脱すべきという点と、ガソリン税など道路の特定財源を都市基盤整備に回すという点は、小泉首相が長年胸に暖めてきた経世会潰しの策でもあろう。対する橋本派は道路利権を一手に握ってきた派閥である。道路財源の“横取り”には抵抗すると思われるが、経世会の力を削ぐためにも小泉首相は断固、やり通そうとするだろう。
恐らく、福田赳夫VS田中角栄の確執にまで遡る対立構造の中から生まれてきた首相の経世会への対抗の想いは、非常に根深いものと思われる。言い換えれば、道路財源は都市公団の基盤整備と称する国家をあげての地上げがこの国のために、真に必要か否かとの判断よりも、政治的争いに発する動機によって、確実に都市公団に回されて来るということだ。
この種の政治の潮流の中で、特殊法人としての都市公団は嬉々として、その新しい役割を受け入れてきた。そこにはこのままではバブルの清算作業としての土地購入、将来塩漬けになり兼ねない土地の購入に際限なく傾いて行くことへの懸念が、恐しい程に描けている。あるのは政治の思惑や経済対策に翻弄されて行く道具としての特殊法人の姿のみだ。これでは、都市公団が、その気負いとは裏腹に国土のグランドデザインを描くことは出来ないだろう。
「公団に、今、最も必要なのは知恵です」
と強調するのは長谷川教授だ。
民間のは異なる事業を行い、5年先、10年先の日本の都市の姿を描き出す程の知恵が必要だというのだ。だがその場合でさえ、それは都市公団でなければ果たせない役割ではない。緑地面積の確保や防災への備えなど、基盤整備は新たな立法と行政の問題として十分に対処出来る。
公団に残された仕事は、これまでに作った住宅の修繕や管理だが、これさえも特殊法人が担う必要は全くない。つまり都市公団も住宅金融公庫同様、その役割は明らかに終わっているのである。