「 田中真紀子外相は各国の歴史教科書を読んで勉強すべきだ 」
『週刊ダイヤモンド』 2001年5月26日号
オピニオン縦横無尽 第397回
田中真紀子外相が、外相就任時に、「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書について、「いまだに歴史をねじ曲げようとする人びとがいる」というコメントを出した。5日後に、外相は問題にされた扶桑社の教科書そのものを読んでいないことを認めたが、日本国を代表する外相としては、国際的にも注目されている非常にセンシティブな問題について、読むこともなく思い込みで発言するとしたら、きわめて思慮を欠いた行動である。外相が読んでいないもののなかにはその他の出版社の教科書も含まれるのではないかと思えてならない。その他の、従来、使用されてきた教科書を読むと、むしろ、問題の多いのは、従来の教科書のほうである。
日本の教科書のみならず、中国、韓国およびその他のアジア諸国の教科書について、民主党の小泉俊明議員が非常に充実した比較調査を行なっている。多くの他の“教科書論”に較べて、具体論に秀れており、参考になる。以下、引用しつつ、論じてみる。
日本の従来の教科書の特徴は、まず第1点として、日本を、おそらく必要以上に加害者として記述していることである。小泉報告のなかの南京事件の例を見てみる。周知のように、南京事件は、それを“事件”と呼ぶのか“虐殺”と呼ぶのか“大虐殺”と呼ぶのかさえも定まっていない。同事件があったのかなかったのかの論争から、犠牲者の数は数千人、1万数千人、20万人、30万人、30万人以上と、専門家のあいだでさえ幅広く意見が分かれている問題である。この点について中国の教科書は次のように書いている。
「日本軍の赴くところ、焼・殺・淫・奪が行なわれた。日本軍は南京占領後、南京人民に対し、血なまぐさい大虐殺を行ない(中略)ある者は射撃の的にされ、ある者は銃剣の対象となり、また、ある者は生き埋めにされた。戦後の極東軍事裁判によれば、日本は南京占領後6週間以内に、武器を持たない中国の国民30万人以上を虐殺した、とのことである」
日本を烈しく非難しながらも中国の国定教科書は「30万人虐殺」を断定することなく、「極東軍事裁判によると」と引用のかたちで記述している。これが日本の従来の教科書、つまり田中外相が「正しい」と信じていた教科書にはどう書かれているか。小泉議員は2001年4月現在使用されている教育出版、大阪書籍、清水書院、日本書籍、日本文教出版、東京書籍から拾い出して示している。たとえば大阪書籍の中学歴史教科書の記述は次のとおりだ。
「南京では占領後に20万人といわれる民衆を虐殺し、諸外国から非難されました」
中国の教科書でさえ断定は避けたことを、あたかも、歴史的に確定した事実のように教えているのだ。これは少なくとも公平な教え方ではない。
旧来の教科書のもうひとつの特徴は、日本の被った理不尽な被害を指摘していないことだ。具体例を教育出版の教科書の原爆の記述から拾ってみる。
同書は原爆投下について本文3行半、89文字で記述している。はがき1枚の挨拶状のような軽い扱いだ。キノコ雲の写 真と解説部分で、原爆投下で「アメリカや連合国の兵士の命が救われた」と米国の主張を紹介している。
ドイツの教科書ははるかに多くの頁を割き、「米ソ両国とも投下以前に日本が望んでいた降伏の接触の申し出を無視」、両国ともに「日本の絶望的な状態を十分、認識を持っていた」とし、原爆投下は「無意味」で「新兵器の威力のテストと他国への示威のため」だったと断じ、米国の教科書への痛烈な反論を記述している。
こうした事例をみれば、旧来の教科書の理不尽さが際立つ。田中外相には、もっともっと勉強が必要である。