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2001.04.02 (月)

「 人間の視点を欠いた薬害エイズ安部氏無罪判決は誤りである 」

『週刊ダイヤモンド』 2001年4月7日号
オピニオン縦横無尽 第391回

3月28日、東京地裁104号室、永井敏雄裁判長が判決を言い渡した途端、傍聴席から「オゥーッ」という驚きの声ともうめき声とも判じがたい声が上がった。薬害エイズ事件で臨床医としての責任を問われた安部英氏に「無罪」判決が言い渡された瞬間だ。それにしても、1997年の初公判以来、足かけ5年にわたって安部公判を傍聴し、取材してきた立場からみて、28日の判決およびその理由は、どうみても理不尽な内容だ。医師に優しく患者に冷たい構図に偏っている。患者の立場を置き去りにした判決だ。判決理由をじっくり読めば読むほど論理の矛盾と人間軽視の視点が目立つ。

 判決はまず安部氏を「通常の血友病専門医」と位置付けた。永井裁判長以下上田敏雄右陪席裁判官らは、証人尋問の何を聞いていたのかと疑うものである。安部氏は断じて他の血友病臨床医と同列に並ぶ「通常の」専門医ではない。83年6月にはエイズ研究班班長となり、84年9月には自分の患者の約半数が血液検査でHIVに陽性反応を示し、感染が明らかになった。そのなかの2人が、84年11月までに死亡し、2人とも血液は陽性反応を示していた。2人以外の陽性反応を示した患者らの免疫の数値は下がっていた。免疫低下はエイズの特徴である。

 こうしたことを知っていたのは安部氏であり、その他の大学病院などの臨床医ではないのだ。当時、HIVで死亡した患者の事例を抱えていたのは、ほかならぬ安部氏であり、他の医療機関の臨床医ではないのだ。他の臨床医に先がけて、安部氏の下には多くの情報が集まり、死亡患者も出ていた。この人物をごく普通の臨床医のひとりと位置付けることこそが間違いだ。

 また判決はHIVの抗体陽性者の発症率は、84年末ごろには「正確に見積もることは非常に難し」かったと述べた。危険を予知することがむずかしく、したがって危険な非加熱製剤の使用をやめる義務はなく、刑事責任は問えないという論法である。

 だが、安部氏は周知のように非加熱製剤の危険性にたびたび言及し、発症した場合の死亡率の高さも承知していた。たとえば83年10月1日付の「公衆衛生情報第13巻」では、安部氏は米国の情報を伝えるかたちで「大体半年ごとに新しい発症者は2倍に」なっていること、「エイズ患者の死亡率が極めて高い」ことを書き、その死亡率は「本病の診断後1年以内に36%、2年以内に51%、3年以内に70%強の患者が死亡」と明記している。

 裁判所の言うように発症率を「正確に見積もること」は、「正確に」という点に重きを置けば、現在でさえむずかしいのだ。だが、当時、非常に明確だったのは、発症したが最後、死亡率は安部氏自ら書いているようにきわめて高かったということだ。「正確に見積もることは非常に難しい」のだから罪は問えないなどと、言葉をもてあそぶような判決はやめてほしい。この判決を反対の側から読めば、発症率が正確に読みとれなかったので、発症した患者の死に対しても医師の責任はないと言っているに等しい。また、判決は、安部氏自身が、非加熱製剤を「毒」と感じていたこと、「いても立ってもいられない」ほどの危険を感じていたなどと述べていることを、無視している。

 永井裁判長は、亡くなった患者について「本件の結果が、誠に悲惨で重大」とした。だが裁判長には、その悲惨さと重大さの中身がわかっているのか。人の命が奪われているのだ。こんな抽象的な形容詞で片付けられることではないことを、人として人間の問題を裁く立場に立つのであるならば、自覚せよ。同判決は、薬害で死んでも死んでも、患者は医師の責任を追及できないと告げている。人間の視点を欠いた同判決は誤りであると考える。

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