「 拉致問題と経済支援にみる対北朝鮮政策での日米間の差 」
『週刊ダイヤモンド』 2001年3月17日号
オピニオン縦横無尽 第388回
拉致問題を米国政府と世論に訴えるために訪米した横田めぐみさんのご両親らが3月4日帰国した。一行は約1週間の米国滞在中に、米国議会関係者、朝鮮半島問題専門家、マスコミ関係者らとの会合、会見をこなした。一言でいえば“非常に手応えがあった”旅だったという。
一行と会見した国務次官補代行のトマス・ハバード氏は、米朝交渉のなかで必ず拉致問題を取り上げ、「最低限、所在や安否だけでもわかるように求め続ける」ことを約束した。
ハバード氏には家族の側から「国務省のなかに事実関係を疑問視する人はいるか」と問うたところ、「まったく疑いを抱いてはいない」との答えが戻ってきた。日本の有力政治家のなかに、日本人が拉致された証拠がないではないかという類いの発言をする人物が複数いることと較べて、米国側のスタンスははっきりしており、家族にとっては大きな支えとなったようだ。
J・ヘルムズ上院議員の政策スタッフのジム・ドーラン氏は、米国議会で開かれる北朝鮮問題の公聴会で拉致問題を取り上げることを約束した。アポイントメントなしで会うことができたコンドリーザ・ライス大統領補佐官は、家族が持参した拉致問題の資料を受け取り、「必ず読みます」と約束したという。ライス氏は、安全保障担当の大統領補佐官である。もし、彼女がこの問題をきっちりと認識し関心を抱けば、拉致問題解決へのひとつの大きな力になる人物だ。
こうした会談の影響はしばらく時間がすぎていけばいくほど目に見えるかたちになってくるだろう。
米国への旅は米国要人とのこうした会談が一方の果実であるとすれば、もう一方の果実は、日本政府がこれまで用いてきた論法が、北朝鮮問題でいかなる行動もとらないための口実だったことが明らかになった点だ。
日本政府はめぐみさんのご両親らに、北朝鮮に対するコメ支援や経済援助は日米間の足並みを揃えるために必要であると説明し続けてきた。ところが、必ずしもそうではないことがわかったと拓殖大学助教授の荒木和博氏が指摘した。氏は事務局長として横田さんらの訪米に付き添った人物である。
「米議会調査局の朝鮮半島問題の専門家、ニクシュ氏らの指摘で判明したのですが、米国側が米朝会談のなかで拉致問題を取り上げたのは、ほかならぬ日本政府の意向を尊重した結果だというのです。逆にいえば、米国政府は、日本政府に無理に北朝鮮向け支援をさせる気はないということです」
これまでの日本政府の拉致問題への取組みは決して十分だとは思えないが、それでも、米国側は日本側が問題提起すれば少なくとも耳を傾け、対応してきたということだ。以降、政府は日米韓の足並みを揃えるためにコメを追加支援するなどの口実は使えないということでもある。
さて、横田さんら家族の皆さんは、拉致されたわが子らの問題を国連の「強制的失踪問題」のワーキンググループに申し立てることになった。近い将来、ジュネーブにある本部に出かけて申し立ててくるということだ。受理されれば、国連が同問題で北朝鮮の調査に乗り出すことになる。むずかしい相手だけに楽観は許されないが、とにもかくにも、ご家族の米国への旅はいくつかの希望につながったといえる。
日本の政治はいったいどうなっているのかと、今さらながら思う。拉致された子どものご両親らは、米国に行って訴えて、日本政府相手の訴えとはまったく異なる手応えと一種の安堵感を感じている。国民の生命財産がかかわるところで、最も頼りがいのないのが日本であり、そのなかでも最も手応えのないのが政府である。これでよいのかと、皆が思っているはずだ。