カテゴリー:中国・領海

「 台湾窮地・中国の横暴を警戒せよ 」

『週刊新潮』 2010年8月12・19日合併号
日本ルネッサンス 第423回



今から28年前、中国人民解放軍の海軍提督、劉華清が大戦略を立案した。そこには幾段階かの具体的目標が掲げられており、第4段階の目標は2040年までに西太平洋とインド洋から米海軍を排除し、同海域に中国の覇権を確立するというものだ。

米国を排除して創り出すのは大中華圏だ。が、その幕明けは台湾併合なしには始まらない。台湾の置かれている地理的条件は、中国がそれを制した場合、南シナ海、東シナ海は無論のこと、彼らの長期戦略目標である西太平洋及びインド洋における覇権を手にする第一歩となる。日米及びアジア諸国の視点に立てば、中国に排除され、従属さえ強いられかねない時代への第一歩が、中国の台湾併合だといえる。

戦略的に重要な位置を占める台湾の現状は極めて脆弱だ。輸出の40%は中国向けで、企業の70%が中国に投資をしている。多少の変動はあるが中国大陸で働く台湾人は150万人規模に上る。経済的に中国に深く組み込まれているのだ。

中国は軍事的併合よりも、より現実的な篭絡の道として経済や人間の交流の深化の道を選び、それが成功しているのだ。

6月29日に結ばれた中台経済協力枠組み協定(ECFA)はその一例だ。協定は中台貿易において中国が539品目の関税を撤廃し、台湾は267品目を撤廃するという内容で、一見、台湾有利である。

しかし、これこそ中国の深謀遠慮、台湾吸引の甘いエサである。そもそも、両国が通常の国同士が結ぶ自由貿易協定(FTA)ではなく、ECFAに落ち着いたのは、中国が台湾を国と認めず、中国の一地方政府と位置づけた結果である。台湾との協定は、国内協定の扱いなのだ。

中国にとって関税面では大幅譲歩だが、それだけに台湾は貿易に励み、経済の一体化はさらに進むだろう。たとえ、将来、野党で台湾の独立を支持する政党である民進党が政権を奪還したとしても、経済的な一体化が進めば、後戻りは不可能だ。


台湾の危機は日本の危機


中国は79年以来、台湾に「三通」(通商、通航、通信の直接交流)を呼びかけてきた。いまや、中台間に三通を妨げる壁はほぼなくなり、人民元と台湾ドルの交換も解禁された。

加えて中国の人民元は、そのマネー総量が米国を100兆円も上回り、世界一の規模になった。人民元の国際通貨化への流れが加速する中で、台湾経済はいよいよ中国経済に組み込まれていく。

経済の次は文化である。驚くことに、中台両国で中国語辞典の共同編纂も始まることになった。今年7月10日に明らかになった同決定は、文化、教育、メディア交流を制度化することで、中台相互の意識格差を縮小、解消し、中台一体化をさらに進めようという試みの第一段階と位置づけられている。この先には、当然、最終段階としての、統一に向けた政治交渉が待ち受けている。

このような中台関係の緊密化にも拘わらず、中国は押さえるべきところは厳然と押さえている。最終局面で台湾に否と言わせないだけの軍事的包囲網を完成させつつあるのだ。冒頭で触れた西太平洋とインド洋から米海軍を排除するという戦略目標に加えて、台湾に照準を合わせたミサイルは、台湾国防部の報告では今年末には2,000基に達する。中国は、台湾が独立を唱える場合、軍事力を行使すると長年言い続けて今日に至るが、その準備はいつでも整っているということを、ミサイルのみならず、大型軍艦51隻、潜水艦43隻などの年内配備によって誇示しているのだ。

軍事力の行使を中国がためらうとすれば、米国の反発、反撃の可能性ゆえであろう。そこで台湾問題で米国に中国を抑止する意思と力はあるかを問わなければならない。この点について米国の保守系シンクタンク、ランド研究所は、「2020年までに、米国は中国の攻撃の前で台湾を防衛しきれなくなる」と分析した。

同研究所は、米国が台湾防衛の意思をもって第5艦隊と第7艦隊を投入し、第五世代戦闘機であるF-22を飛ばすとしても、また、沖縄の嘉手納空軍基地を使用できるとしても、中国軍は米軍を打ち負かすだろうと分析したのである。

まさに日本にとって他人事ではない。これこそ、日本の問題でもある。米国とても、一国の力では台湾は守り得ない。ならば、台湾を守るべき立場の国々が力を合わせることで、自国の国益をも守る体制を作っていかなければならない。

再度強調すべきは、台湾の危機は日本の危機だという点だ。アジア、太平洋の地政学を考えるとき、台湾は紛れもなく、日本の命運を決する国のひとつである。地政学や安全保障上の重要性に加えて、日本人には歴史的に台湾への強い思い入れがある。民族としての記憶や思い入れは、国の展望を決するに当たってのひとつの無視し得ない判断材料である。


政治的に台湾の側に立つ


それにしても、台湾を領有していた日本の敗戦後も、なぜ、台湾は中国に奪われずに済んだのか。台湾海峡はなぜ、中国の内海にならずに済んだのか。中国共産党との戦いに敗れながらも国民党は如何にして台湾を守り得たのか。

こうした一連の問いへの答えとして一人の日本人の存在が浮かび上がる。歴史に埋もれ、語られることもなかったその人物、旧帝国陸軍の根本博中将の足跡を辿ったのが、『この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(門田隆将 集英社)である。

門田氏は、蒋介石総統への強い思い入れに突き動かされ、命を賭して国民党軍を助けた根本中将の物語を発掘し、幾筋もの糸によって結ばれた日本と台湾の姿を描き出した。国民党政府が日本を貶めるためにどれほどの謀略を図ったかがかなり明らかになっている現在、根本中将の余りにも一本気な蒋介石観を批判するのは容易い。しかし、当時の日本の多くの軍人も政治家も、同じような想いを抱いていた。大事なことは、その純な想いと誠実さが一人の日本の軍人を奮い立たせ、金門島以東の現在の台湾を守り切ることが出来たということだ。

結果、戦後の日本は台湾海峡を自由に航行し、日本全体がその恩恵に浴した。一軍人の命を賭けた無私の行為が、日本の繁栄を支えるひとつの要素となったのだ。

さて、「この命、……」を読みながら考えるのは、いま再び、日本は台湾に最大限、手を貸さなければならないということだ。まず、台湾が台湾でなくなるところまで中国に吸引され尽す前に、日本は台湾とのFTAを結ぶことだ。次に、常に政治的に台湾の側に立つことだ。さらに、台湾を支える安全保障上の最大限の協力を試みることである。

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「 アジア海域で止まらない中国 」 

『週刊新潮』 2010年8月5日号
日本ルネッサンス 第422回




7月25日から28日までの4日間、過去最大規模の米韓合同軍事演習、「不屈の意志」が日本海で行われた。

横須賀を母港とする原子力空母「ジョージ・ワシントン」を主軸に、艦艇約20隻、航空機約200機、人員約8,000人を投入した演習だった。日本の海上自衛隊の幹部4人もオブザーバーとしてジョージ・ワシントンに乗艦したが、米韓軍事訓練への自衛隊の参加は初めてである。

訓練は北朝鮮の潜水艦の探知、捜索、攻撃などを想定し、第5世代戦闘機F22も4機投入された。演習の規模や内容から判断すれば、米韓両国の意思は固く、投入し得る軍事力は強大に思える。だが、仔細に見れば、「不屈の意志」には中国が色濃い影を落としているのが見てとれる。

「北京コンセンサス」という言葉が浮かんでくる。かつて、国際社会では「ワシントンコンセンサス」が囁かれた。米国の了解や合意なしには国際社会のルールは成立しない、ルールは米国が作るという意味だ。いまそれが、アジア海域で北京コンセンサスにとって代わられつつあるのではないか。そう思わせたのが「不屈の意志」だった。

そもそも、同演習は3月26日、韓国の哨戒艦、「天安」が北朝鮮に撃沈されたことをきっかけに立案された。だが、北朝鮮は「北朝鮮犯行説」に烈しく反発、未だに事件への北朝鮮関与説を「創作劇」だと主張し、韓国に「北朝鮮非難を謝罪し、事実を認識せよ」と要求する。

中国は国連安保理における議論では徹頭徹尾、北朝鮮の側に立った。引き揚げられた天安の傷跡が立証した魚雷攻撃の証拠、或いは撃沈現場の黄海海底から回収された北朝鮮製魚雷の部品など、どのような物証を示しても、中国は納得しなかった。


圧倒的軍事力を有する中国


最終的に、国連安保理は7月9日、「天安撃沈につながった攻撃を非難する」としたが、北朝鮮の名指しは避けた。韓国軍民による合同調査で北朝鮮が天安沈没に責任ありとした結論を「考慮し、深い懸念を表明」した一方で、「無関係だと主張する北朝鮮の反応にも留意」するとの議長声明をまとめたのだ。中国の反対で、北朝鮮制裁はおろか非難決議も出来なかったわけだ。イランの核開発疑惑に関しては、シブシブながら追加制裁決議に同意したのとは対照的に、中国と国境を接し、それだけに中国の国益に直接関わってくる北朝鮮問題に関しては、米国の影響排除を徹底させたのが中国だった。

この国連議長声明から2週間後、ベトナムのハノイでASEAN地域フォーラム(ARF)が開かれた。焦点は2つ、天安事件に関して北朝鮮非難をどのようにまとめるか、南シナ海の西沙、南沙両諸島をめぐる中国対ASEANの対立にどのような解決の道筋をつけるかである。

前者についてクリントン国務長官は北朝鮮の責任を厳しく追及、「挑発的行為をやめ、隣国との関係を改善すべきだ」と要求した。同長官はARFに先立って、ゲーツ国防長官と共にソウルを訪れ、初めて米韓外相・国防相会談(2プラス2)を開いた。その後、わざわざ4者揃って38度線の板門店に出向き現地を視察してみせた。「米国は韓国と共にある」との強いメッセージを北朝鮮、そして中国向けに発信したのだ。

これほど意気込んで臨んだのに、米国はARFでも中国の外交攻勢に競り勝つことが出来なかった。日米韓の強い要請にも拘らず、ARFではまたもや北朝鮮の名指しは行われなかったのである。

後者の南シナ海問題では、南シナ海の西沙、南沙両諸島の領有を主張する中国に対し、ベトナム、台湾、マレーシア、ブルネイ、フィリピンなどが異議を唱えてきた。しかし、圧倒的軍事力を有する中国は、現在、これら諸島を実効支配する。

中国はこれらの国々との二国間交渉で、個別撃破を狙ってきたが、ASEAN側は多国間交渉を主張し、米国を引き入れ、味方につけたい考えである。クリントン長官は「南シナ海の航行の自由は米国の国家利益だ」と発言はしたが、同発言は、ARF閣僚会議終了後のことだった。ASEANは米国関与の可能性を引き出しはしたが、米国はあからさまな介入には依然、慎重である。

米韓合同演習はこうした複雑な事情の中で行われた。国連でもARFでも、米中の鬩(せめ)ぎ合いが顕著だったように、「不屈の意志」の立案、実行においても、米国は中国の強い姿勢の前で変更を迫られた。

軍事演習は、当初、撃沈事件が発生した黄海で演習すると5月24日に発表された。だが、国連安保理で中国の協力を得るための外交的配慮として延期された。その間に中国は、一貫して北朝鮮を擁護しつつ、「中国近海への外国艦艇の進入は中国の安全を侵す」と米国を牽制し始めた。中国メディアには「中国の安全保障への挑戦」「米中に海上衝突の危機」などの非難の声が載った。報道は中国政府の意向であり、7月17、18日の両日、中国海軍は黄海上で米国牽制が明らかな軍事演習を断行した。


毅然とした対中姿勢を保つ


対して米国は妥協した。演習海域を黄海から東の日本海に移したのだ。中国の言い分を米国が聞き入れたのである。眼前に出現した現実は、黄海や東シナ海、さらには南シナ海など中国の周辺海域のルールは中国が作るということである。今年5月3日、中国の艦船が東シナ海で日本の海上保安庁の測量船を、中国の海から退去せよといって追い回したことを、私たちは思い出すべきだろう。

ここで必要なのは日米韓のさらなる協力である。3国が協力して毅然とした対中姿勢を保つことだ。だが、米国は、軍事的には中国を警戒しながらも、米中が合体したかのような経済交流のなかで身動きが取りにくい状況になっている。したがって米国の対中姿勢は思わぬところで揺れる。南シナ海の航行の自由の担保のように、自国の権益に関わりのあることでは発言するが、たとえば、ベトナムに人権状況の改善を要求しながら、ベトナムよりはるかに人権弾圧の厳しい中国の人権問題には口を閉ざし続けるように、極力、米国にとって不必要な中国との対立や摩擦を避けるのが米国外交の現実だ。

韓国は米国と共同歩調をとりながらも、危うい要因を抱え込んでいる。表向きの対北強硬策とは裏腹に天安事件発生直後、李大統領は北朝鮮関与説を意図的に排除しようとした。事件発生から約3週間後の4月15日、韓国の世宗研究所は、なんと、第3回の南北首脳会談を成功させようというセミナーを開催した。李大統領はともすると北朝鮮の脅威から目を逸らし、親北朝鮮に流れがちなのだ。それは中国の思惑に沿った中国支配の朝鮮半島を作ることである。

この厳しい周辺状況の下、日本の国運をかける意気込みで防衛力の強化整備に集中しなければならない。

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「 中国『国防動員法』の脅威を認識せよ 」

『週刊新潮』 2010年6月24日号
日本ルネッサンス 第416回



「中国の最高意思決定機関、中国共産党常務委員会は今年2月26日に国防動員法を決定し、即日、法律全文を世界に発表、7月1日から施行します。全14章72条の堂々たる法律は戦いに備えたものです」

こう語るのはビジネス・ブレークスルー大学教授の田代秀敏氏だ。氏の指摘する中国の国防動員法を読んでみると、一朝有事の際に軍事的に如何に国を守るかとともに、金融・経済面の国防を如何に成し遂げるかに重点が置かれている。その点に注目する氏は、国防動員法は「次の金融危機を、中国にとって、世界に打って出る好機とするため」の非常措置を定めたものだと分析する。

同法を中国が検討、準備し始めたのは98年12月だったという。彼らは明らかに、97年7月のアジア通貨危機に触発されたと、田代氏は見る。

たしかに軍事力は国際政治に決定的な影響を及ぼす。だが、旧ソ連が経済崩壊で滅びたように、金融・経済も国家の盛衰を左右する。国際社会はギリシャに端を発する世界金融危機を体験したばかりだ。ギリシャ問題を日本こそが他山の石としなければならないのだが、民主党は前代未聞の赤字予算を組んだ。対照的に中国は、以下に紹介する国防動員法を約12年かけて検討し成立させた。

内容から彼らが日本の失敗に学び、日本を反面教師としてきたことが分かる。金融、経済、産業政策を強力な中央集権体制で統制し、強力な金融力と経済力を築き、それを21年間で軍事費を22倍に引き上げた異常な軍拡と軌を一にして押し進め、中国の支配圏を拡大するというものだ。

「国防動員法の重要項目を、新華社が報じました。筆頭に掲げられたのが戦略物資の備蓄徴用制度です。戦略物資とは、レアメタルを筆頭とするあらゆる資源と考えてよいでしょう」と田代氏は語る。


「領導」、つまり命令

リチウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、タングステンなど希少金属は全体で31種類、種々の産業の成否を分かつ重要戦略物資である。田代氏の指摘から連想したのがナチスドイツと中国(国民党)の思いがけない結びつきだった。1940年9月に日本は日独伊三国同盟を結んだが、その前からドイツは日本を敵として戦っていた中国に軍事顧問団を派遣し、武器、装備を供給していた。その関係は、三国同盟でドイツが日本の同盟国となった後の1941年7月まで続いていたのだ。

日本の同盟国となったはずのドイツが背後で、日本と戦う中国に武器装備を売却し続けていたという衝撃の事態が発生したのは、希少金属のタングステンゆえだった。中国は世界のタングステンの約90%を産出するが、ドイツは全く産出しない。タングステンは鉄の硬度を顕著に高めるため、武器や工作機械の生産に欠かせず、同盟国を裏切ってまで、ドイツはこれを手に入れたかったのだ。国際戦略を希少金属が左右した顕著な事例である。

平時においても希少金属の重要性ははかり知れない。現代人に欠かせない携帯電話、パソコン、テレビなども希少金属なしには成り立たない。中国は国防動員法で、こうした希少金属をはじめとする戦略物資を、有事の際には一手に握って支配する法的基盤を整えたのだ。

第二の重要点は、国防動員法が18歳以上の中国に住む男女に加えて、外国に居住する中国人、中国で活動する外国企業及びその従業員にも適用されるとされたことだ。その意味を、田代氏は次のように解説する。

「有事の際、日本在住の中国人は皆、中国政府の指示に従って動かなければならないということです。また外国企業は中国政府の要請に応じなければならないでしょう。拒否すれば、その後の中国での活動を続けるのは困難になると思われるからです」

資産や技術を有する日本を含む外国企業は、一朝有事の際、それらの提供を迫られる可能性があるということだ。この恐るべき国防動員法実施に当たっては、国務院と中央軍事委員会が共同で「領導」する。領導は上下関係を前提とした指導である。つまり、命令ということだ。

第三の重要点は、国防動員法が実施される場合、国務院と人民解放軍は直ちに特別措置を取ることが出来ると定められており、特別措置の対象の筆頭に金融があげられていることである。田代氏のコメントだ。

「筆頭に金融を置いたことに、注目せざるを得ません。金融の重要性を彼らは十二分に意識しており、有事の際には日本の金融機関も米国の金融機関も、中国がおさえることが出来るようにしたということです」

経済の血液である金融をコントロールする権限を国防動員法で定め、堂々と発表した狙いは、全金融機関はそのことを承知で中国で事業を続けるのであるから、有事の際は中国の法律に従い、中国政府の金融統制を受け入れるべきとの主張の表明だと、田代氏は分析する。


「東アジアを人民元通貨圏に」

金融分野で中国が目指すもうひとつの目標は人民元の国際化である。実体経済は変わらないのに、金融によって利益や損失が大きく左右される。最大の要因が為替レートである。80年代以降日本は大きな貿易黒字を貯め込み、反対に米国は大きな貿易赤字を背負った。これを不満とした米国は85年9月、ドル高政策からドル安政策に転換した。円安から円高への転換である。右のプラザ合意は当時約240円だった円の対ドルレートを、その後79円にまで押し上げ、日本経済にはかり知れない打撃を与えた。米国は円高ドル安のおかげで、6年後の91年には貿易収支を黒字に転換出来た。

中国は基軸通貨ではない円の悲劇から学び、為替レートに起因する不利を回避するために、或いは米国と競合するために、金融の運営を他国の意思に委ねることを断固、拒否しているのだ。田代氏が語る。

「中国の金融メディアは昨年来、人民元の国際化を工程表とともに一斉に報じました。起点を09年とすれば、11年末までに周辺諸国で人民元を自由に両替出来る通貨とする、5年後の16年には周辺諸国との貿易を人民元で決済する、21年には東アジア全体で人民元を投資決済通貨とする、つまり、東アジアを人民元通貨圏にする。さらに25年に人民元を国際準備通貨とすることが工程表には書かれています」

貿易をドルを経由せずに人民元で決済する試みは中国とインドネシア、シンガポール、タイ、ブラジルなどとの間ですでに、一部、実施中だ。

こんな凄まじい法律が中国で作られ、事態が動いているにも拘らず、日本はそのことに殆ど留意していない。支持率が高いうちにと、参議院選挙を急ぐだけでは日本は持たないことを、菅直人首相は知っているだろうか。真に日本の立て直しを志すなら、せめて中国の意図を正確に把握する努力をしてみせよ。

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「 北朝鮮の脅威に対する備えの強化は一刻の猶予も許されない 」

『週刊ダイヤモンド』   2010年6月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 840



「韓国の哨戒艦への北朝鮮の攻撃がわが国の国防政策立て直しにつながるかもしれません。それ以前に、北朝鮮の核実験と中国の東北工程(高句麗は中国の一部だった、つまり、北朝鮮は中国の領土だという主張)が、韓米同盟の危機を救ってくれました」



こう語ったのは韓国戦略問題研究所の権泰栄(グォン・テヨン)所長である。権氏は韓国きっての戦略論の専門家である。

去る3月26日夜、韓国海軍の哨戒艦「天安」が轟沈された事件は、5月15日に魚雷のスクリューが海底から回収され、北朝鮮の犯行だったことが証明された。李明博大統領は5月24日、これを「北朝鮮による軍事挑発」だと明言し、北朝鮮船舶の韓国領海の通過禁止、開城工業団地と乳幼児向け支援を除く南北間の交易・交流の中断、国連安全保障理事会での北朝鮮の責任追及を発表した。

日米両政府は全面的に韓国政府を支援すると発表したが、中国政府は「冷静な対応」を求め、非協力的である。

権氏は、国際政治の動きとは別に、北朝鮮の潜水艦の取った航路などを正しく把握し、その軍事的脅威に備える必要があると強調する。

「天安轟沈事件の2~3日前、北朝鮮の西海の海軍基地から2隻の小型潜水艦が出港したことは確認されています。300トン級と130トン級で、大型のほうは鮫(サンオ)級、小型は鮭(ヨノ)級です」

権氏が、現時点(5月21日)での推測だと断ってさらに説明した。

「鮫級がNLL(韓国と北朝鮮の黄海上の軍事境界線)を越えて韓国側水域に潜入し、天安から3キロメートル地点まで接近し位置を確認、それをもう一隻の鮭級が魚雷で攻撃したと見られています。もちろん、これからの調査で詳細はもっと明らかになりますが、今回の事件の重要なポイントは北朝鮮の非対称性の戦力が功を奏した点です。1,200トンの天安が130トンの鮭級潜水艦の発射した250キログラムの魚雷に撃沈された。北朝鮮が以前から小型潜水艦に力を入れてきた理由がわかります」

「統一日報」論説委員の洪熒(ホン・ヒョン)氏が興味深いことを語った。

「太平洋で行われる環太平洋合同演習(通称リムパック)には、韓国軍も毎年参加しています。1,200トン級の韓国の潜水艦も参加するのですが、8万トンから10万トンを超える米海軍空母や1万トン近いイージス艦など最新鋭の巨艦10隻以上を、わずか1,200トンの潜水艦が沈めるシミュレーション結果になっています。その間、米海軍側は一隻の潜水艦も発見出来ないのです。天安を沈めた北朝鮮の鮭級は、リムパックに参加する韓国海軍の潜水艦の約10分の1のサイズです」

小が大を破壊するのだ。北朝鮮の韓国攻撃は、この非対称性戦力によって成功した。潜水艦の威力はわかっていながら、その防御はかなり難しい。

李大統領の北朝鮮非難に反発し、北朝鮮は「全面戦争」も辞さないという強烈なメッセージを発表した。北朝鮮の恫喝はあまりにおどろおどろしいためにかえって非現実的に聞こえがちだが、その言葉どおりの行動を取りかねないのが金正日政権の異常さである。

権氏が指摘した。

「北朝鮮の対韓国侵入工作特殊部隊はかつて12万人でした。現在は18万人です。核や生物兵器などの大量破壊兵器とともに、この特殊部隊は深刻な脅威です。韓国政府は韓国独自の国防力の強化と、韓米同盟の再強化にとりかかっています」

しかし、と、権氏は述べる。

「北朝鮮有事の際の韓日連携についての話し合いは進んでいないように見受けます。また、普天間問題で日米同盟が揺れています。韓国は非常に心配しています。韓国のためにも日米同盟を強化してほしいのです」

権氏の訴えを、鳩山由紀夫首相にこそ、聞いてほしいものだ。

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「 政治家に不可欠な戦略構築能力が欠如する鳩山首相では国が危うい 」

『週刊ダイヤモンド』   2010年5月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 838



世界諸国のリーダーたちは、日々の政治を大戦略につなげて考える。近未来、中期的展望、長期的展望と三段階に分けて問題を整理し、対策を講ずる。

大戦略を描くには、自国だけでなく周辺諸国がどのような動きを見せるか、地球をいくつかの地域に分けて各地域がどのような状況にあるかを読み取り、予想しなければならない。

では、わが国の鳩山由紀夫首相に、その種の「先読み」能力、戦略構築能力はあるか。答えは言わずもがなである。何かどこかが決定的におかしい首相は、普天間移設問題で初めて沖縄入りするときもなんら「腹案」などなかった。が、側近にこう言ったそうだ。

「目を見つめて語り合えばわかってもらえる」

まことに、首相はどこかが決定的におかしいのである。こんな人物がわが国の政治のトップに居続けるうちに、世界は大きく変わりゆく。どのように変化していくのかについて、最新号の「フォーリン・アフェアーズ」にデイビッド・カプラン氏が寄稿している。

氏は、米国新安全保障研究所の上席研究員で、これまでに多くの優れた分析を世に問うてきた。

「中国の力の地政学」で、氏は陸海双方において、中国がどこまでその力を浸透させていくかを分析、予測する。

歴史を振り返ると、「大帝国」が企図して大帝国になることは稀で、むしろ「有機的」、つまりおのずと大帝国へと成長していくというのだ。国家が力をつけ始めると、そこからさらに新しい需要が生じ、力を伸ばす。あるいは、「一種の不安がさらなる拡張へと走らせる」というわけだ。

カプラン氏は、中国の外交的野心は約一世紀前の米国の野心と同様、積極果敢に中国を駆り立てていくが、米中の勢力拡大への動機はまったく異なると説く。米国が国際社会に一定のモラル、価値観、自由や民主主義政体を広めようとしたのに対し、中国はエネルギー、鉱物資源、稀少金属などを貪り続けるために拡張する。それは世界の総人口の約五分の一を占める中国人の生活水準を上げ、維持するためだと見る。

資源の効率的入手を目指す中国は、必然的に超現実志向の外交・安全保障政策を展開する。たとえば、金正日体制を支持し続けるのも、脱北者を逮捕しては送り返すのも、現体制維持が北朝鮮の有する豊富な資源を入手するのに都合がよいからだ。そこには守るべき価値観などはない。自由も人権も民主主義も埒外なのである。

中国的超現実外交における異常な軍拡の持つ意味を、カプラン氏は次のように読み解く。目にするだけで他国が中国を恐れ、端から抵抗する意思を喪失させてしまうほどの強大さを維持して、結果として戦わずして勝利を得るための軍事力なのだ。

だが、単にショーケースに入れて見せつけるだけの軍事力ではないのは明らかだ。中国が最も力を入れて構築している軍事体制は、敵、即ちこの場合は米国だが、米国海軍がいくら頑張っても攻撃することさえ出来ない中国内陸部に軍事力の中枢機能を完成させるとともに、米海軍の中枢機能である空母を、必要あらば壊滅させるだけの攻撃力を構築することだという。

二一世紀の世界の前に立ち塞がる最大の脅威は拡張し続ける中国の力であり、その前で米国がロシアと手を結ぶことも大いにありうるというのだ。

脅威は軍事力だけではない。中国経済の持つ影響力は言うまでもないが、中国最大の武器の一つは人口力だと、カプラン氏は言う。たとえば、ロシア極東のロシア人は700万人、国境の反対側には一億人を超える中国人がいる。武力よりも経済力よりも、まず、ロシアは人口力によって中国に敗北するというのである。鳩山首相らの唱える外国人参政権がいかに日本を足元から滅しかねないかが見えてくる。

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「 中国軍の脅威、問題外の日本の対応 」

『週刊新潮』 2010年5月20日号
日本ルネッサンス 第411回



東シナ海で進行中の事態はまさに日本の危機であり、異常事態だ。


奄美大島の北西320キロメートル、東シナ海の日中中間線から日本の排他的経済水域(EEZ)に40キロも入った海域で海上保安庁の測量船、「昭洋」が5月3日、中国の調査船に追尾されたのだ。

そこは日本のEEZである。どんな調査をしようが、国連海洋法で認められた日本の権利である。にも拘らず、中国側は「昭洋」につきまとい、作業中止に追い込んだ。中国は東シナ海における中間線を認めず、沖縄トラフまで全て中国の海だと主張してきたが、いまや、言葉だけでなく行動で主張を実現し始めた。

海保によると、「昭洋」が中国の調査船「海監51」の接近をレーダーで確認したのは5月3日14時頃だ。

中国には海軍とは別に国家海洋局所属の海監総隊がある。一昨年12月8日、日本固有の領土である尖閣諸島領海に中国海洋調査船2隻が侵入した。「海監46」と「海監51」で、海監総隊の所属である。

「海監51」は今回、14時20分頃に「昭洋」に接近、14時30分には国際VHFで「当該海域には中国の規則が適用される。調査活動を直ちに中止せよ」と通告した。「昭洋」は「当該海域は日本の大陸棚であり、国際法による正当な調査だ」と返した。

「昭洋」はそのとき海底の地殻構造調査を行っていた。海底の何ヵ所かに地震計を沈め、船上から音波を発し、はね返ってくる音波の分析から地下構造を解明する。「昭洋」が約10ヵ所に地震計を沈め、音波実験を済ませて、地震計の回収に入ったとき、「海監51」が接近したのだ。

ちなみに地震計は、船上から信号を発して機器を浮上させて回収する。浮上に少々時間がかかるため、それぞれの機器は一定の時間をおいて浮上させ、回収する。周辺に船がいると、船体にぶつかって機器が壊れたり、データが失われたりする危険性がある。中国船の側に浮上すれば、機器を奪われる可能性さえある。


危険かつ侮蔑的な行動


「海監51」が接近したとき、「昭洋」はそう判断して、南東(奄美大島)方向の海域に沈めていた地震計を先に回収しようと移動を開始した。海保の担当者が語った。

「それでも中国船は接近してきました。最接近の距離は1キロ弱です」

海上の1キロは殆ど至近距離だ。小回りが利きにくい船にとって、衝突の危険さえある距離なのだ。

「海監51」は14時30分に警告第一声を発したあとも、「中国の規則が適用される海だ」「調査を中止せよ」と繰り返しつつ、「昭洋」を追尾した。追尾は16時30分まで続き、やがて「海監51」は進路を変え、17時45分、「昭洋」のレーダーから消えた。

結局、2時間10分にわたって、海保は中国に追い回された形である。しかし、海保担当者はこう語る。

「我々は、調査を無事に完了するために、別の海域に移るのが賢明だと判断したのです。地震計は翌日、全て無事に回収し、その他の作業も6日には完了しました」

「海監51」に追われて逃げたのではないという説明だが、果たして中国側はどう受けとめたか。彼らは、単に日本側の移動に合わせて伴走したとは考えなかっただろう。実力行使をすれば、日本は引き下がると実感したはずだ。まともな国なら、自国の海に入り込んできた外国船が調査中止を命じたとき、大人しく引き下がることはあり得ない。海保が「穏やかに」対応せざるを得ない背景に、日本外交の惨状がある。

「昭洋」事件のひと月前、10隻の中国海軍艦隊が東シナ海で軍事訓練を行ったあと、沖縄本島と宮古島の間を通過した。東シナ海中部海域で訓練をする中国艦隊に、海上自衛隊は監視体制を敷いた。当欄でもすでに紹介したが、その海自の艦船に中国のヘリが、高さ30メートル、距離90メートルまで異常接近した。自民党衆議院議員、小野寺五典(いつのり)氏は「もしこれが日中逆の立場であれば」「完全に撃ち落されているのではないか」と、4月14日の衆院外務委員会で述べている。

それほどの異常接近であり、日本への侮りとしか思えない同事件が起きたのが4月8日だった。問題は、同件についての政府発表が13日まで、5日間も遅れたことだ。その間の12日、鳩山由紀夫首相と中国の胡錦濤国家主席がワシントンで首脳会談をした。首相は厳しく抗議しなければならないはずだが、同件を話題にさえしていない。発表の遅れは、鳩山首相が中国の非に抗議しなくても済むような状況を作ろうと、外務省、或いは官邸が画策したのではないかとの推測が広がったゆえんである。

中国海軍の危険かつ侮蔑的な行動に関する情報は、防衛、外務、首相ら閣僚にどのように伝わったのか。国会議事録から見てみよう。


抗議ではなく「申し入れ」


防衛政務官の長島昭久氏が4月20日の外交防衛委員会で自民党の佐藤正久議員の質問に答えて、事実関係を以下のように語っている。

4月8日11時頃、警戒監視中の海自護衛艦「すずなみ」に中国海軍のヘリが異常接近。同14時頃、「すずなみ」から統合幕僚監部に連絡、15時頃、統幕から内局事態対処課に連絡、18時20分防衛大臣以下政務三役に報告が上がる。18時30分、外務省に連絡し、中国政府への申し入れを依頼、ほぼ同時に官邸に報告した。

これが防衛省側の動きだが、午前11時に起きた異常事態が大臣ら三役に報告されるまでになぜ、7時間20分もかかったのか。これで危機に対処出来るのかという疑問は湧く。しかし、防衛省としては、大臣らが情報を受けたあとは、外務省、官邸に迅速に情報を伝えてはいた。

では、外務省に入った情報はどうなったか。岡田克也外相が同情報を知ったのは、なんと12日だった。

21日の外務委員会でも小野寺氏は、防衛省が8日18時30分、外務省、官邸に連絡したにも拘らず、12日まで4日間もなぜ外相に伝わらなかったのかと質した。

岡田外相はこう答えた。

「4日間といいましても、9日が金曜日でありますので、10、11日は土日ということで、12日は月曜日になるわけです。報告が上がってきたのは12日の昼頃であります」

国家の危機管理に金曜日も、土日もあるものか。この種の危機意識の薄さが、国家の大失態につながるのは歴史の示すところだ。

外務省は12日になって初めて中国側に、抗議ではなく「申し入れ」を開始した。外務省の「申し入れ」を確認した防衛省は、13日に情報開示に踏み切った。その間、鳩山首相は前述のように胡主席との首脳会談を終えた。勿論、事件への言及は、一言もなかった。

日本の中国外交の見直し、海保、海自の力の充実、日米安保体制の強化の必要性が痛感される事例である。

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「 日本は即備えよ、中国海軍の脅威 」

『週刊新潮』 2010年4月29日号
日本ルネッサンス 第409回




4月10日、中国海軍東海艦隊の潜水艦、駆逐艦、フリゲート艦、補給艦、艦載ヘリなど10隻から成る多兵種連合編隊が、沖縄本島と宮古島の間を通過した。

「まさに威風堂々ですよ」

中国海軍の大規模編隊が日本近海を初めて航行したその様子に、海上自衛隊の関係者が思わず呟いた。

大艦隊の航行からその意図が読みとれる。注意深く見れば、興味深いことに気づく。中国が誇る最新鋭のキロ級潜水艦までが、浮上して中国国旗を翻しつつ航行したことだ。

中国海軍の潜水艦を視認する機会など、これまでは殆どなかった。2003年11月に鹿児島県大隅海峡を浮上して航行するミン級潜水艦が視認されたが、今回、中国の潜水艦を、しかも彼らの虎の子のキロ級潜水艦をしっかり見ることが出来たのは、恐らくそのとき以来だ。

堂々と姿を現わしたこのキロ級を、中国はロシアから購入した。音が非常に静かで一旦潜ると探知するのが難しい。その分、日本、米国をはじめ諸国にとっては脅威である。

中国は強大な米海軍力への対抗手段として潜水艦を重視してきた。06年には沖縄沖で訓練中だった米空母キティホークのわずか8キロ地点まで気づかれずに迫り、浮上した。その無言のメッセージは、「我々は気づかれずにここまで接近した。実戦ならば君たちはすでにミサイル攻撃を受け、空母は大破しているだろうね」ということで、米側に中国海軍の威力をいやという程、見せつけた。

中国の潜水艦は、いまや、冷戦期の旧ソ連の潜水艦以上の脅威と受けとめられている。03年以来、米軍が冷戦時代の「対潜戦」を再び重視し始めたのは、急速に高まる中国の潜水艦能力を念頭においてのことだ。

米軍に冷水を浴びせ、その空母をも足止めさせる威力を持つ潜水艦であれば、尚、その隠密性を維持しなければならないはずだ。にもかかわらず、彼らは、潜ったまま通過して差し支えない公海を浮上して航行した。なぜ彼らは潜水艦の軍事的特性である隠密性を犠牲にして姿を見せたのか。その理由を、中国側が珍しくはっきりと公表していた。


「常態化」を宣言

4月10日の軍のメディア、「解放軍報」を読むと、疑問は氷解する。内容は直截(ちょくさい)かつ明確で、中国側が大規模艦隊を外洋に派遣した意図を日本はじめ周辺諸国に周知徹底させたいと考えていることが伝わってくる。

以下、軍報の要旨である。

①東海艦隊の多兵種連合編隊は昼夜連続の対戦演習を実施したが、これは外洋艦隊活動の幕開けである

②今回の訓練は、参加兵力の規模の大きさ、時間の長さ、環境の複雑さ、いずれも近年稀なるものだ

③海軍司令部軍事訓練部の司令官は、外洋訓練の常態化、実戦化を推進すると明言

④中国海軍への艦隊ミサイル攻撃に対しては、電磁妨害及び火力攻撃によって各個撃破する

⑤中国海軍はまた、世論戦、心理戦、法律戦の三戦を実施する

先述の疑問は⑤で氷解する。中国共産党は毛沢東の時代からこの「三戦」を実施してきた。彼らの唱える「法律戦」は、国際法及び国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、他国からの反発に対して反撃のための法的根拠を固めることだ。中国が尖閣諸島を中国領とする国内法を作ったのが、その一例だ。「世論戦」は中国の軍事行動への大衆及び国際社会の支持を高めるための作戦である。「心理戦」は相手国の軍人及び文民の士気を低下させ、中国軍への対抗心や戦闘意識を喪失させるためのものである。

最新鋭のキロ級潜水艦の浮上航行は、日本国民と自衛隊に、中国にはかなわないと思わせるための示威行動だったわけだ。

さて、解放軍報の報道でとりわけ重要なのが「常態化」である。今回彼らが行った外洋軍事活動を中国はこれからずっと行い続ける、大艦隊が日本近海を通り、或いは日本近海にとどまり、中国の国益拡大のために活動すると、宣言したのだ。

現に艦隊には補給艦が含まれており、洋上補給を行っている。艦隊の外洋活動は長期間にわたると見るのが合理的であろう。

このことは日本にとって何を意味するのか。中国艦隊は10日に沖縄本島と宮古島の間を通過したが、7日から9日までの間、東シナ海の中部海域で艦載ヘリの飛行訓練を行った。日本近海での軍事活動であり、当然、海上自衛隊は護衛艦2隻とP3Cを派遣し、監視体制を敷いた。すると、中国海軍のヘリが低空飛行で海自の護衛艦に異常接近した。その距離、わずか90メートル、高さは30メートルで、護衛艦のマスト近くに迫った。完全に侮っているのである。これが、世界第二の軍事大国にのし上がった中国の、現時点における実相である。そして、力のない国は、中国が以降、常に行うと宣言しているこの種の傍若無人の振舞いに耐え続けなければならないということだ。


日本がなすべきことは明らか

ここに至るまでに中国がどれほどの軍拡を重ねてきたか。軍事情報が不透明なために、正確には把握出来ないが、日本の防衛予算がGDP(国内総生産)の1%未満であるのとは対照的に、中国は少なく見積っても3~4%である。中国の軍事費は発表数字の2~3倍と見られており、実際にはもっと膨大な予算が注ぎ込まれている。過去21年間、2桁の伸びを続けた中国の軍事費は現在、21年前の実に22倍に膨れ上がった。

留意すべきは、この異常なる軍拡が明確な戦略に基づいて推進されてきたことだ。防衛政務官の長島昭久氏が指摘する。

「1980年代に、鄧小平の右腕の中国海軍提督の劉華清が長期戦略を打ち出しました。まず、沖縄諸島から先島諸島、台湾、フィリピン、ボルネオに至る線を第1列島線と定義し、2010年までにこの海域から米軍の影響力を排除するというものです。次に、2030年までに空母部隊を完成させ、小笠原諸島からグアム、サイパン、パプアニューギニアに至る第2列島線の海域の制海権を確立する。さらに、2040年までに、西太平洋とインド洋から米国の支配権を削ぐというものです」

「中国はこの長期計画から外れることなく、人類史上、どの国も行ったことのない凄まじい軍拡に邁進してきた。それぞれの目標は、達成時期は多少遅れがちながらも着実に実現されてきた」と、長島氏は語る。

日本列島が存在する西太平洋、日本の生命線であるシーレーンが通るインド洋を、確実に自分の海にするという大目標を具現化しつつある中国の前で、日本がなすべきことは余りにも明らかである。それはいま根本から揺らいでいる日米同盟を立て直し、日本の防衛力を強化する具体策を打ち出し、実行することだ。


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「 外洋海軍力を誇示する中国軍 日本は国防計画の見直しが急務 」

『週刊ダイヤモンド』   2010年4月24日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 835


いよいよここまで来たか。外洋海軍としての力を備えた中国が、太平洋およびインド洋の地政学を根本から塗り替えていく。日本は、中国の意向を常に気にして生きていかなければならない状況に陥るかもしれない。そんな思いで聞いたのが、中国海軍が10隻の艦隊を組んで沖縄本島と宮古島のあいだを通過したニュースだった。

むろん、同海域は公海で、国旗を掲げての通過は国際法上問題はない。だからといって、日本のこの静かな反応、否、むしろ、無反応というべき現実は何なのだろうか。とりわけ現地沖縄の状況には理解しがたいものがある。

沖縄のメディアがいま、熱心に報じているのは今月25日に予定されている普天間飛行場の県外移転を求める県民決起大会に向けての準備活動である。米軍基地はともかくも県外に移すべきだとのさまざまなインタビュー記事や論説などを掲載する一方で、中国海軍がこれまでにない大規模艦隊を組んで沖縄の鼻先を、堂々と通っていったことを脅威ととらえ、その意味や意図について警鐘を鳴らす報道はほとんどない。どの国が日本と価値観を共有し、どの国がまったく共有していないのか、どの国が日本の同盟国で、どの国が脅威なのかを識別しようとしないのである。むしろ、正しく識別し認識することを、沖縄のメディアは妨げている。

中国艦隊は沖縄本島の先を通過する前、ロシアから購入したソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦など五隻を使って東シナ海の中部海域で艦載ヘリの飛行訓練などを実施した。完全な対戦型の訓練である。国際法上問題なしとはいえ、日本近海での軍事活動に海上自衛隊は護衛艦2隻とP3Cを派遣し、監視体制を敷いた。当然の反応である。

ところが、中国海軍のヘリが思いがけない行動に出た。低空飛行で海自の護衛艦に異常接近したのだ。その距離、わずか60メートル、高さは30メートルで、護衛艦のマスト近くに迫った。政府は、これを危険であるとして中国政府に事実関係の確認を申し入れた。

なんと侮られていることか。それにしても、この侮りに直面してもなお、日本国民は怒りもしない。前述のように現場海域となった沖縄では、普天間から米軍を追い払い、日米安保条約反対運動に血道を上げることはあっても、中国への警戒感を高めることはない。

そんな日本の現状に中国はさぞかし満足しているだろう。日米安保条約が揺らげば、中国は東シナ海のガス田開発に踏み切ると考えるのが妥当だが、沖縄の人びとも、そして多くの日本人も、そのような危惧を抱く様子はないのである。

今回の中国艦隊の航行と、これまでの航行との最大の相違はその規模と編成にある。規模の相違は軍事力の相違である。中国海軍は2008年11月、09年6月、今年3月に、4~6隻の編成で今回と同じ海域を通過した。今回は10隻で、完全な艦隊としての航行である。艦隊には補給艦も含まれている。

これまで中国海軍は洋上補給をする能力はないといわれてきた。だが、今回洋上補給をしている様子が確認されている。洋上補給が可能になったいま、中国艦隊は長期にわたって、外洋にとどまることが出来るわけだ。

中国が海洋進出を目指し始めたのは1970年代だ。当時の中国は貧しくまともな艦船の保有は望むべくもなかった。そこで彼らは前代未聞の大規模ODAを日本から獲得し、軍用にもなるインフラを整備した。経済力をつけるに従い、すさまじい軍拡を進め、世界第二位の軍事大国となった。かたや日本は防衛予算を削り続けた。民主党は事業仕分けで本来増額すべき防衛予算をさらに削り、自衛隊員数も削った。

このままでは確実に、日本は中国への従属を迫られる状況に追い込まれる。いま一度、立ち止まって、日本の国防計画を考え直すべきだ。

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「 米国の医療保険制度改革と中国の影響力増大の懸念 」

『週刊ダイヤモンド』   2010年4月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 832


米下院は3月21日の日曜日深夜の本会議で、オバマ大統領の悲願である医療保険制度改革法案を成立させた。過去100年間、セオドア・ルーズベルト大統領以来、誰も成し遂げ得なかった改革を実現させたことで、オバマ大統領は歴史に名を刻んだといえる。

大変革だけに現実は厳しさを伴うだろう。それにしても、オバマ改革は米国をどのような方向に変えていくのか、米国の対外政策に、どのような長期的影響を与えるのか、尽きない関心を抱かせられる。

1年半前、オバマ氏は国論を統一して超党派で医療保険改革を成し遂げると公約したが、現実は正反対だった。共和党議員全員が反対したのみならず、民主党からも30人以上の反対者が出て、議会には深い亀裂が生じた。

世論も賛成41%、反対54%(ラスムセン全米世論調査)で、反対が賛成を13ポイント上回って二分された。

メディアも同様だ。「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙は3月22日付の社説をこう締めくくった──わが社は同法案に激しく反対してきた。われわれは他国の政府管掌保険を検証し、それが高い税負担、経済の低成長および医療サービスの質の低下を生じさせていることを認識するからだ。(オバマ大統領は)政治的に最初の国民の審判を11月(の中間選挙のとき)に受けるだろう。

他方、「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)紙は、改革絶賛の社説を掲げた──法案可決は歴史的成果で、時の経過とともに医療保険は劇的に変わる。新医療保険は現行の社会保険制度やメディケア(高齢者向けの公的保険)に比肩する重要性を帯びる制度となる。

インドネシアへの外遊予定を取りやめ、大統領自ら議員らの説得に当たって成立させた「オバマ・ケア」は、米国の医療をどのように変えるのか。

1961年以来、国民皆保険が当たり前になっている日本人には驚きだが、米国の総人口約3億人のうち、医療保険未加入者は5,500万人に上る。オバマ・ケアで2019年までに3,200万人が保険に加入するが、2,300万人は取り残される。うち三分の一が不法移民とその残留者だ。改革に必要なコストは10年間で9,400億ドル(約85兆円)。財源はどこにあるのか。

オバマ・ケアを支持する「NYT」紙などリベラル系のメディアには楽観的見通しが並ぶ。たとえば、「メディケアの支出削減、ムダの排除、民間の高額保険加入世帯への課税、富裕層の投資や資金運用利益への課税によって、85兆円が捻出できるだけでなく余剰が出る」という具合である。

対して「WSJ」紙はこの種の楽観論を否定し、紙面で、一般世帯への負担は、年額695ドル(約63,000円)もしくは年収の2・5%の課税となる、保険業界など産業界への負担が10年間で1,080億ドル(約9兆7,200億円)に上るなどと具体的に指摘するが、「ムダを削って捻出する」という楽観論者の主張は突き崩せていない。鳩山民主党が、総選挙のキャンペーンで、ムダを省いて子ども手当などの財源を確保すると公約したのに対し、自民党が反証し得なかったのと似た構図でもあろう。

日本からの視点として問題になることの一つは、弱者救済という、どう見ても政治的に正しく、否定しがたい政策の、米国経済にもたらす影響である。米国はすでに国内経済立て直しのために中国による国債購入に深く依存する。そのために米国はアジア外交で中国に遠慮せざるを得ず、負の影響を受けている。医療保険改革でそのような傾向がさらに強まり、米国の中国への気兼ねが強まれば、日本周辺、西太平洋、インド洋での負の影響はより深刻化するだろう。医療保険改革さえ、西太平洋やインド洋の安全保障に結び付けて考えざるをえないほど、中国の脅威が高まっているということだ。


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「 ミサイル迎撃能力を持った中国 米国介入の阻止で領域拡大を狙う 」

『週刊ダイヤモンド』   2010年3月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 828





英国の有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)が、中国が1月11日に行った弾道ミサイル迎撃システムの「技術実験」に成功したとの分析を発表した。これによって中国は、米露と並んでミサイル迎撃能力を持つ国に仲間入りしたことになる。

中国のミサイル開発は1970年代から始まる。21世紀の大国となるには宇宙と海洋における軍事的優越性の確立が欠かせないとの考えからだ。

宇宙も海洋も多くの未知の可能性を含んだ領域であり、それに関する研究も開発も、大いに結構だ。だが、中国の迎撃ミサイル技術の確立は人類にとって何を意味することになるのか。答えを得るために、中国の宇宙や海洋に対する考え方を見てみよう。

彼らの海洋に対する考え方はすでに明らかだ。東シナ海は沖縄トラフまですべて中国の海だと主張する。中国の大陸棚の延長なのだから当然だという理屈だ。しかし、日本を含む国際社会全体は海上の境界線は海底の地形のいかんにかかわらず、中間線を基本とすると考える。中国の考え方は、国際社会のそれとは異質なのだ。

宇宙に関しても中国は特異な考え方を表明してきた。米国議会の常設政策諮問機関である「米中経済安保調査委員会」の報告書を見てみよう。

ちなみに、同委員会は、民主、共和両党が選んだ専門家で構成される超党派の組織だ。米中の経済関係が米国の国家安全保障に及ぼす影響の調査を目的とする。その研究への評価はきわめて高い。2008年の同委員会の報告書は次のように分析している。

「多くの中国人学者たちが、中国の統治する空間は領土上空に始まり、宇宙に向かって無制限に延びている、という主張をしている。中国当局は、自国の主権が宇宙にも及ぶことを明記した国内法をまだ制定はしていない。しかし、人民解放軍の著名な戦略家の蔡風珍将軍は、『一定地域の地上、上空、宇宙は切り離し不可能の統合体である。これらは現代の情報化戦争の戦略的な司令高度なのだ』と主張している」

国際社会には、宇宙上空のどの高さまでが、その国の領空なのかという規定はないが、一定の高度以上の空間は人類共有の空間だという考え方は受け入れられている。だからこそ、国際宇宙ステーションの建設をはじめ、多くの宇宙衛星の打ち上げが可能だ。

ところが、中国は、地上とその上空、宇宙は切り離すことの出来ない統合体だとしたうえで、「情報化戦争の戦略的司令高度だ」と主張するわけだ。海洋権益の貪欲な追求と同様に、宇宙権益についても貪欲かつ独善的な主張を展開しているのだ。

中国はこのような意図を具現化する力をつけつつある。ミサイル迎撃実験での成功もその一つだ。前述の委員会は、中国の宇宙に寄せる意図が、他の国々とは異なり濃い軍事的色彩を帯びていると分析する。

「(中国は)宇宙での軍事行動につながる兵器類の大規模な開発計画を進めている。衛星通信妨害装置、全地球測位システム(GPS)妨害装置、衛星攻撃ミサイル、レーザー兵器など、宇宙用兵器の開発や配備を野心的に実行している」

中国人民解放軍の基本目標は、「自国の主権の強化」である。そのことは中国の「国防白書」2006年版にも明記されている。彼らの主権は軍事力によって強化され、まず、アジアで確立される。

その際の中国の最大関心事は米国の介入を阻止することである。ミサイル迎撃実験の目標も同様であろう。

米国がその海域で力を失い、あるいは撤退したとき、中国は南シナ海の西沙諸島、さらに南沙諸島を取った。東シナ海、尖閣諸島、沖縄で同じ運命をたどらないためにも、鳩山政権は普天間問題を解決し、日米同盟を強化しなければならない。

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櫻井よしこ Yoshiko Sakurai

職歴

1971~74
クリスチャンサイエンスモニター紙
東京支局勤務
1975~77
アジア新聞財団
DEPTHNEWS  記者
1978~82
アジア新聞財団
DEPTHNEWS  東京支局長
1980~96
TVニュースキャスター
1980~現在
ジャーナリスト

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