2008年05月

「カツオ、スルメイカ、桃豚…… 食料自給率を高める地産地消」

『週刊ダイヤモンド』   2008年5月31日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 741



中国の毒入り餃子事件で、輸入食品に頼る日本の脆弱性があらためて注目された。その際いちばん多かった国民の反応は、日本の食料自給率を上げなければならないというものだった。

日本の自給率はいまや39%。牛や豚、鶏などの飼料の自給率に至ってはわずかに10%だ。日本は儚いほどに脆弱な国になってしまっているのだ。

5月20日に発表された「水産白書」で、政府は海産物の地産地消を呼びかけた。日本周辺で多く捕獲される旬の魚を、「毎月ひと皿」多く食べ、魚介類の自給率を現在の50%台から60%台に高めようというのだ。白書のお薦めは春はカツオ、夏はスルメイカ、秋はサンマ、冬はブリだそうだ。

私は魚が好きで生きのいい魚を扱うお店に出合うと、本当にうれしくなる。カツオは刺し身によし、たたきによし、芯に火が通らないように、強火で一気に皮を焼き、熱々のところにタップリの薬味と醤油をかけて食すもよし。月にひと皿などと言わず、日本の海の幸なら、何皿でも味わいたい。

通常、政府の白書ほどつまらないものはないが、この水産白書が提唱する地産地消には大賛成だ。その点で、四月初旬、興味深い取材をした。

秋田県十和田湖畔の小坂町でSPF豚の生産で日本一の成果を上げているポークランド社である。SPF豚とは、特定の病気をいっさい持たない豚のことだ。現在30ヘクタールの土地で約60,000頭を飼育、ほかに母豚が約5,000頭いる。

豚舎は、小坂町町長の川口博氏の自宅のすぐ近くにあった。

「ポークランド社の人たちの話を聞いたとき、真っ先に心配したのが匂いでした。住民は皆、それをいやがります。けれど、生ゴミも糞尿も処理して再利用する、決していやな匂いは出さない、人間にも豚にも、環境にも悪いことはしないと言うのです。それなら、私が率先してわが家のすぐ裏手の山々を切り開けばよいと考えたのです。これで住民も受け入れてくれました」

川口氏は町長就任以前、牧畜の体験があり、ポークランド社の企画が優れた内容であったことに、いち早く気づいていた。結果は大成功で、町民皆に喜ばれる豚舎となった。確かに、万単位の豚たちが飼育されているにもかかわらず、いやな匂いはない。
ここで飼われている豚のブランド名は桃豚である。幸せを色で表現すれば桃色、清潔で幸せな環境で育つから、桃豚に命名したそうだ。

いっさいの病原菌に晒さずに育てるため衛生管理は厳しい。豚舎一帯に入るクルマも人間も、そのたびに消毒を繰り返す。その代わり、桃豚たちにはいっさい、抗生物質を投与しない。子豚が生まれると二四時間以内にICタグを付け、サーバでICタグを読み込みながら履歴を管理していく。

桃豚の糞は堆肥にして農家に還元し、尿は浄化してミネラルを加え、ポークランド社の若い社員らが“魔法の水”と呼ぶ“健康によい”水をつくる。これを100倍に薄めて桃豚に与えることで彼らはより健康になるという。

そして私は驚いた。事務所で出されたお茶で喉を潤していると、それも魔法の水で淹れられていたのだ。少しびっくりした私の顔を見て、若い現場責任者が言った。「僕ら皆、それを使っています。お茶、コーヒー、煮炊きも含めてすべて。僕らの健康がなによりの証しです」。

ポークランド社の母豚たちは年に2.5回のお産をする。一度に平均13頭を産む。子豚は21日間母乳で育ち、約60日間肥育豚舎で過ごし、170日前後で110キログラムになって出荷される。良質の、健康によい豚肉がこうして生産されている。国際比較をしても、価格、質の両面で、牛肉よりはるかに競争力は高い。ならば私たちは、自給率向上のためにも、地産地消でもっと日本産の豚肉を食べるのがよいのではないかと、心から思うのだ。

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「“都市鉱山”で日本は資源大国だ」

『週刊新潮』’08年5月29日号
日本ルネッサンス 第314回


中国四川省大地震の影響が日本経済に及びつつある。元々はチベット人の国だった今回の震源地帯は豊かな資源を埋蔵している。そこで産出される希少金属(レアメタル)や、被災地復旧に必要となる鉄鋼材の供給が逼迫し、価格をつり上げそうなのである。

急成長を遂げる中国は希少金属のみならず世界中の資源を暴食してきた。それもひとつの大きな要因となり、各種資源の国際価格が高騰してきたのは周知のとおりだ。鉄鉱石は4月の段階で前年度比65%値上がりし、原油価格はいまや、予想もつかなかった1バレル120ドル台に達した。

加えて今回の地震に見られるように、自然災害がさらなる価格高騰を誘う。今年の春節(中国のお正月)の大雪の時にも、希少金属のビスマスや希土類(レアアース)の価格が上昇。主産地中国からの供給が不安定になるとの読みに市場が反応したのだ。

自国の利益を優先して資源の輸出規制に走る国々も少なくない。たとえばコンゴ民主共和国である。希少金属のコバルトで産出量世界一を誇る同国は、今年3月以降、それまで外資に開放していた鉱山開発の契約を、全面的に見直し、コンゴへの貢献度を基準に開発権を与えることになった。コバルトの価格は5年前の5倍を超え、コンゴ政府は強気である。

アフリカ外交に力を注いできた中国はこの機会を逃さず、道路、鉄道、発電所、学校、病院などのインフラ建設のためにコンゴに30億ドル(3,000億円)の投資を決定、非常に有利な立場でコンゴの鉱山開発に食い込んだ。

ちなみに、アフリカ諸国のインフラ建設に中国が出すのは資金と技術だけではない。必ず、労働力も送り込む。派遣される労働者の中には、多くの囚人も混じっていると言われる。彼らの大半は建設作業が終わっても帰国せずに、現地に住み続けるのだ。アフリカ諸国の政府は、中国資金で基盤整備を進めながらも、他方で、望んでもいない中国人移民を大量に押しつけられるわけだ。


資源の輸入依存から脱却


世界中の資源を漁りながら、中国は自国の資源の輸出には慎重である。希少金属についても、国内需要の増加を理由に輸出を抑制し始めた。

もろに被害を受けるのが日本である。資源も食糧も圧倒的に輸入に頼る日本にとっては、他国の経済成長も天災も、文字どおり他人事ではない。だが、他国の事情に振り回され、その度に泣きを見るような状況を許し続けてよいはずがない。全ての分野での自給率を上げていく手を考えるのは当然だ。そして、国内を見渡せば、日本が極めて明るい希望を持てる国だと実感出来るのだ。

日本国の政治力は、残念ながらとても弱い。資源確保にも、政治の果たした役割よりは、民間企業の努力の跡が目立つ。例えば、トヨタ自動車の奥田碩相談役の呼びかけで資源戦略研究会が作られ、06年6月には「非鉄金属資源の安定供給確保に向けた戦略」が報告書としてまとめられた。同会には資源エネルギー庁幹部も参加、昨年11月、甘利明経済産業大臣が南アフリカを訪れ、希少金属開発の協力に漕ぎつけたのも、トヨタ自動車の現地での実績が評価されたからだという。

海外での資源調達も重要だが、宝の山である日本の「都市鉱山」の有効活用にさらに力を入れることで夢は大きく膨らんでいく。
都市鉱山とは、携帯電話や家電製品、コンピュータの基板などリサイクルに回される全ての廃棄物のことだ。これらには微量ながら40乃至50種類の希少金属が使われている。都市鉱山は、例えば、野菜のミックス・ジュースだと思えばよい。それを分解して野菜毎の味と成分を取り出すことを思えば、都市鉱山から種類毎に希少金属を取り出すことの難しさも想像出来る。数十種類の希少金属をきちんと回収出来る優れた技術は、日本などの非鉄金属メーカーにほぼ限られる。同分野における技術は、まさに日本が世界一なのである。


技術立国の復権を目指せ


その世界一の技術を持つ企業のひとつ、秋田県小坂町の小坂製錬を訪れた。4月初旬、残雪の小坂町で社長の山田政雄氏が語った。

「わが社のこの工場で、日本の金の約10%、銀の30%強を産出しています。3月までは自然鉱石も原料にしていましたが、4月1日から、原材料の殆どを携帯電話や家電製品などの使用済み原料、つまり都市鉱山に絞りました」

小坂製錬では現在、17種類の希少金属を取り出している。そのひとつのプラチナの世界産出量は年間約150トン。仮にグラム当たり1万円として1兆5,000億円市場だ。゛小坂鉱山″での産出は、約1,500億円分、世界産出量の約10%である。

「1,500億円の内、7乃至8割は原料費として出費済みです。残りの金額で工場を稼働させ人件費を払い、数%が手元に残ります」と、山田氏。

都市鉱山に含まれる希少金属は天然原料に較べて含有率が高い。たとえば金の場合、自然鉱石1トン中に数十グラムあれば含有量は多い方だといわれる。他方、携帯電話の場合、1トン中の金は300グラム、自然鉱石の実に10倍近い。都市鉱山が如何に貴重か、実感出来る数値だ。

希少金属への世界の需要は高まる一方だが、前述のように産出国の輸出規制もあり、国際価格は高騰を続けてきた。一例がルテニウムだ。大容量ハードディスクの成膜用材料となるルテニウムの国際価格は、2007年2月までのわずか1年間で、それまでのなんと9倍に跳ね上がった。そのときに底力を見せたのが、日本の優れた技術だった。ルテニウムの加工最大手のフルヤ金属が今年1月、茨城県土浦の新工場を稼働させ、同社のルテニウム精製能力を、一挙に、年間20トンに引き上げた。これは世界需要の約半分である。結果として、ルテニウムの国際価格は現在半値以下で落ちついている(『日経』4月30日、朝刊)。
決して大きいとは言えない日本の企業が、世界市場を大きく動かした一例である。

小坂製錬の工場では、毎日、大きな金の延べ棒が産出される。警備員がしっかり監視するなかで、触ってみた。持ち上げようとするととても重い。13キロの重量で価格は4,000万円。こんな延べ棒が2日で3本、生まれてくるという。

金だけではない。銀、インジウム、ガリウム、さらにはビスマス、銅、ニッケル、ロジウム、ネオジウム、アンチモン……。聞き慣れない種類の貴重な資源が抽出されてくる。

世界に誇るこうした技術をさらに磨けば、日本は資源のない国から、世界有数の資源大国に変身出来る。政治の役割りは、日本の未来に技術立国の大きな夢を掲げ、こうした産業が成長し易い制度を作ることだ。

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「中国四川省の大震災に祈る一刻も早い救援の実現」

『週刊ダイヤモンド』   2008年5月24日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 740

5月12日午後2時28分、中国四川省で起きた大地震の犠牲のなんとすさまじいことか。1995年の阪神淡路大震災の現場で見た悲劇が鮮明によみがえる。中国の犠牲者に、心から同情し、一刻も早く救援の手が届くよう祈るものだ。

発生から2日、人類がこれまでに体験した地震のなかでも、最大規模の四川大地震は、現時点で予想を許さない壊滅的な被害を生み出しつつある。今、最も重要なのは、食料、飲料水、医薬品などの物資を届け、中国人民解放軍を中心にしながらも、災害救助隊や災害救助犬などの国際社会の援助隊を現地に送り込むことだ。

阪神淡路大震災のとき、時の首相、村山富市氏は二日間、地震対策に乗り出すことなく、東京での日程をこなした。発生当日には財界人との会食にも臨んだ。財界人がさすがに苦り切って声を上げた。「総理、こんな所で私どもと食事をしていてよいのですか」。

呆けたような村山氏は、対策の遅れを指摘され、こうも語った。「なにしろ初めての体験じゃから」。

日本での初動の遅れは、村山氏の能力の絶対的な欠如ゆえだった。中国の場合は、共産党政権の生き残りをすべてに優先するがゆえではないか。四川大地震発生直後に、日本政府は救助を申し入れた。医療隊、救援隊とヘリコプタ、救援物資などの準備も整えた。米国、EU、他の多くの国々も同様だ。しかし、中国政府はそれらをことごとく断った。丸一日が過ぎた13日にようやく、資金と物資は受け取ると表明した。救援隊や医療隊などの“人間”は要らないという。

温家宝首相はいち早く現地入りし、中国中央テレビは24時間、地震関連ニュースを報じ、温首相の“活躍”を大々的に報じ続ける。そして幾万人もの消息がつかめていない被災地にラジオ放送が流れ、被災者らにこう呼びかける。「災難は決していいことではないが、ここが『中華民族の力』の見せどころなのです…」(「産経新聞」野口東秀記者、5月14日付)。

チベット問題、ウイグル問題、五輪聖火リレーへの抗議。世界が明確に認識し始めた過酷な異民族支配と人権弾圧。中国の威信の低下と共産党政権の求心力の低下を、大地震を利用して一気に挽回しようとの意図が見える。

だが、中国共産党の目論見どおりには事は進まない。13日夜のCNNは、視察先の瓦礫の山での首相の姿を伝えていた。被災者に囲まれた首相に幼な児を抱えた母親が訴えた。「この子に食べ物を恵んでやってください」。首相は随行員に命じた。「この子に食べ物を持ってきてやりなさい」。しかし、与える食べ物はないようだ。首相は幼な児の頭を撫でて言った。「もうすぐ食べ物も到着するから待っていなさい」。

明らかに救援物資も救援隊も、米国や日本、欧州諸国が危機に際して備えている全天候型の救援用ヘリコプタなどの装備も不足しているのだ。台湾や日本を攻撃できる核ミサイルを1,000基以上配備してはいても、中国は地震時などに人間を助ける近代的装備は欠いているのである。そんな批判はこの際、どの国も口にはしない。被災者を思い、無償で提供したいだけだ。それを断るのは究極の人命軽視だ。四川省の震源地がもともとチベット人の故国であり、弾圧の実情を外国人に知られたくないためでもあろう。

北京五輪で世界に力を誇ろうとする中国共産党政権に、チベット人はこれまで命懸けで抵抗してきた。今、人類史で最大規模の地震がかつてのチベット人の国で起きた。多くのチベット人も犠牲になっている。

「チベット人の魂が、天をも動かし、命を懸けて中国の弾圧を白日の下に晒そうとしていると思えてなりません」
中国の“少数民族”の一人が涙を浮かべながら語った。その言葉が心に深く響くのである。

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「異形の大国“中国”が企てる“少数民族”大抹殺」

『週刊新潮』’08年5月22日号
【特別座談会】 日本ルネッサンス・拡大版 第313回


櫻井:
先週、行われた福田首相と胡錦濤国家主席の首脳会談は、日本にとって、特に見るべき成果はあがりませんでした。チベット問題が影響し、福田首相が北京五輪開会式の参加を明言しなかったのは良かったと思います。さらによかったのは、朝食会に出席した安倍晋三・前首相の一言です。チベット問題に加え、やはり中国の少数民族であるウイグル人の人権問題を話題にしました。中国で弾圧を受けている民族はチベットだけではないのです。そこで、今回は、チベット、ウイグル、内モンゴル出身のお三方にお集まりいただきました。

ウイグル(エリク・タリーム氏=仮名):
勇気を出してくれた安倍さんに私は、ウイグル人として永遠に感謝します。安倍さんが胡主席に話したのは、東大大学院に留学していたウイグル人のトフティ氏が中国で逮捕された事件です。10年前のことでした。彼はウイグルの歴史を調べていて、中国国内で公開されている資料をコピーしていただけなのに、突然、分離主義者だとして逮捕され、懲役11年の刑に処せられた。新聞報道では、胡主席が安倍さんに゛その件を知りません″と答えたそうですが、それは嘘です。救出しろとの声が、東京の中国大使館に何本も届いていますからね。日本の新聞は、安倍さんがこのことを言い出して、その場の雰囲気が気まずくなったと書いていましたが、本当に気まずかったのは、胡主席の方でしょう。

櫻井:
チベット問題を振られると考えていた胡主席にとって、きっと想定外の一言でしょう。でも、中国の人権侵害はチベット、ウイグルに限ったことではありません。例えば日本でモンゴルというと、横綱・朝青龍の母国のモンゴル国をイメージします。しかし、このモンゴルとは別に、中国の北方には、内モンゴル自治区という地域があります。ここに暮らすモンゴル人たちもこれまで激しい弾圧を受けてきましたね。

内モンゴル(リ・ガ・スチント氏):
その通りです。モンゴルはチベットやウイグルで起きているような抵抗運動も、いまはあまりなく、比較するともっとも中国の侵略が進んでいる地域となってしまいました。モンゴル人の暮らす国土は草原で、高度もウイグルやチベットに比べて低いため、漢民族は入り込みやすかった。また、人口密度が低く、侵略のニュースが中々、モンゴル人に伝わらなかった。今では、内モンゴルの人口の70~80%を漢民族が占め、モンゴル人はわずか20%程度です。

チベット(ペマ・ギャルポ氏):
内モンゴルを中国が早く押えることができたのは、モンゴル国と中国、ソ連以外、周りをどこの外国とも接していなかったからです。例えば、ウイグルの北側には同じトルコ系の住民が暮らす中央アジアの国々がありますし、チベットはインドやネパールと国境を接し、激しい抵抗運動も起こりました。そのために120万のチベット人が犠牲になったのですが……。


[不可解な飛行機墜落]



櫻井:
残念ですが、私たち日本人は、これらの国々が辿った歴史を知らなすぎます。お国がどうして中国に組み込まれてしまったのか。父祖の土地は如何にして、漢民族に奪われたのか。まず、その歴史を教えて頂きたいと思います。

ウイグル:
もともと中央アジア一帯は、トルコ系部族が暮らす土地でした。しかしスターリンの政策によって、ウズベク、キルギスなどと、民族ごとのアイデンティティーを与えられて、ソ連に加盟する共和国が幾つも誕生したのです。1930年代、チュルク族の住む東トルキスタン、つまり、今のウイグルは、中国国民党の軍閥に押えられていて、やがて独立運動が始まりました。この国のエリートは当時、モスクワに留学し、ソ連共産党に学んだ共産党員でした。彼らはこの独立戦争に参加して、軍閥を追いだし、一時期、東トルキスタン共和国が出来たのです。しかし、ソ連にとって、連邦に加盟していない独立国家は脅威です。そのため、軍事委員会など国の要職を、モスクワで学んだ共産党員が占めるように工作活動が行われたのです。

櫻井:
東トルキスタンはソ連共産党、つまりコミンテルンの影響下にあったわけですね。

ウイグル:
はい。その後、中国国内の内戦で、共産党軍が国民党軍に勝ち、ほぼ全土を押えた40年代の後半、スターリンは東トルキスタン指導者層に対して、゛これから中国は社会主義陣営の一員になります。中国共産党は東トルキスタンに高度な自治を与えるので、一緒になって、社会主義国家を作りなさい″という指示を与えたんです。同指示に、これまでモスクワに従っていた東トルキスタン共和国の指導層が、大反発しました。゛東トルキスタンは歴史的に中国の一部ではない。我々の戦いは中国から独立する戦いだった″と、首を縦に振らなかったのです。ソ連側と激しい論戦をした後、東トルキスタンの指導層5人は、ソ連領内から北京に飛行機で向かいました。そして事故が起き、全員死亡とされました。飛行機が本当に墜ちたのか、5人はKGB刑務所で殺されたのか。今でもわかりません。

櫻井:
ソ連共産党と中国共産党が結託していたわけですね。この後、すぐに毛沢東が新しいリーダーを指名しましたね。

ウイグル:
そうです。その証拠の一つが、1949年2月、ソ連共産党のミコヤンが毛沢東と面会した際の記録です。ミコヤンは明確に、゛東トルキスタンは独立させない。ソ連は中国の領土の保全を保障します″と、言っているのです。毛沢東はこれを聞いて喜んだという電報を、ミコヤンがスターリン宛に送っています。もともとトルコ系住民が住んでいた中央アジアの西をソ連が獲り、東側を中国が奪って、歴史を改竄したのです。


[偽の判子で協定]



内モンゴル
:共産主義と資本主義の戦いの中に、国が巻き込まれたという点では、ウイグルの歴史は内モンゴルと非常によく似ています。モンゴルはもともと一つの国でした。それが1915年にモンゴルとロシア、中国が交わした条約によって、内モンゴルと外モンゴルに分割されたのです。内モンゴルでは、独立運動の指導者たちが日本と手を結び、臨時政府を樹立しましたが、日本の敗戦で孤立。この頃、共産主義に憧れ、中国共産党の本部があった延安で共産主義を学んだウランフーという人物がいました。彼は貧しい人を集めて騎馬隊を作り、中国共産党の指揮下に入った。そして1947年、モンゴルで中国国内の自治区となるか、独立するかを決める選挙が行われたのです。この選挙で、ウランフーは自分の軍事力を最大限利用し、結果、内モンゴルは中国の自治区となってしまったのです。

櫻井:
そのウランフーの選挙での動きが原因だったのですか。

内モンゴル:
そうです。ここから、内モンゴルの悲劇が始まるのです。中国共産党にとっての功労者だったウランフーにしてもそうでした。彼は、文革の犠牲者でもあった。ウランフーは、最後には全国人民代表大会の常務副委員長まで務めましたが、60年代の半ば、民族主義者と批判されて、10年間ほど監禁されました。晩年、゛自分はモンゴルに悪いことをしてしまった″と、後悔していたそうです。

櫻井:
なるほど……。では、ペマさん、チベットはどういう風に中国に騙されたのですか。

チベット:
1907年の英露協商で、チベットの宗主権は清にあることが確認され、1910年には清の進駐軍がチベットに入りました。しかし、1911年、辛亥革命が起こり、その混乱に乗じてチベットは中国人の駐チベット大臣を追い出すことに成功したのです。チベットには条約を結んでいたイギリスを支持する「英国派」と「中国派」が生まれ、国内では内戦が続きました。しかし、中華人民共和国が成立した翌年の1950年、毛沢東は「チベットを帝国主義から解放する!」という大義名分の下、4万人の人民解放軍を派遣して、チベットを占領しました。実は、その時、チベットにいた西洋人はわずか6人ですよ。たったその6人のために4万の軍を送り込んだのです。そして、1951年、悪名高い「17ヶ条協定」が結ばれました。

櫻井:
アポという僧が北京に行き、偽の判子を作らされて毛沢東と結んだ協定でしたね。

チベット:
毛沢東は、「チベットの文化を尊重する」「チベットには一切手を加えない」と確約しましたが、すべて言葉だけ、完全に裏切られました。そして、チベットに対する激しい弾圧が始まったのです。

櫻井:
お国の悲劇の裏にコミンテルンの暗い影と、大国の御都合主義があったことがよくわかります。


「火を舐めろ!」



櫻井:
弾圧について語って下さい。チベットでは活仏転生を中国共産党の許可制にしたと聴きましたが……。

チベット:
そうです。中国人は最初、信仰の自由は認めると言って、チベットにやってきた。ところが、仏教よりも共産主義を学べといって、お寺を破壊しました。座禅は健康上良くない、社会秩序を乱すとか、理不尽な理由をつけて僧を弾圧、抹殺しました。

内モンゴル:
内モンゴルでは先ほど話したように、周辺に外国の存在がなかったため、早い段階から弾圧が行われていたにも拘らず、その情報は中々、外に伝わりませんでした。特に文化大革命(1966年~1977年)のときは、内モンゴル人民党という地下組織に関係しているという濡れ衣を着せ、中国人がモンゴル人を捕まえて拷問するのが日常茶飯でした。私は子供の頃、見せしめになったお婆さんが、胸に看板をぶら下げられ、火のついたストーブの前に立たされ、真っ赤な火を舐めろと言われ、無残に火傷し、倒れてしまうまで拷問されていたのを見たことがあります。馬車のむちで体を打たれ続けた人もいた。閉じ込められて食事を与えられず、飢えて自分の排泄物を食べさせられた人もいました。

ウイグル:
ウイグルでも同じです。釘を打った板で叩いたり、極寒の中で水を掛けて立たせたり……。

内モンゴル:
文革のときは中国全土で同じことが行われていました。しかし、われわれ異民族の地域では、人種差別から拷問が行われていたのです。

ウイグル:
ウイグルでは1950年代、知識人、財界人、牧場経営者などの資産家ら、影響力を持つ人が次々と銃殺されました。これは、ウイグル人の共産主義者が同じウイグル人の国民に行った弾圧です。しかし、60年代に入ると、今度は中国共産党が足場を固め、ウイグル人への弾圧を始めました。民族分離主義者のレッテルを貼って、銃殺した。60年代後半までに、ソ連留学
派の親ソ・ウイグル人エリートが一掃され、70年代には、ウイグル人の知識層が反動的知識人と呼ばれて、刑務所に連行され、強制労働を科せられました。今でもウイグル人が3人集まれば政治的な集会とみなされ、密告され逮捕されています。

チベット:
こちらでは5人で逮捕ですね。

ウイグル:
捜索令状なしに、警察は24時間、好きな時間に家に踏み込み、家宅捜索ができます。帰ったら、家が警察に荒らされていたなんてことも、珍しくない。

櫻井:
軍は今でも多く駐留しているのですか。

チベット:
鄧小平の時代、400万人いた人民解放軍を100万人削減したと中国は発表しました。しかし、削減したはずの兵士は、草原部隊や武装警察と呼ばれる警察と軍の中間のような組織に改組されました。これらの組織は少数民族を、軍と同じく弾圧します。例えばチベットでは27万人の軍と23万人の武装警察がいると見られています。

ウイグル:
しかも中国は国外にまで少数民族弾圧の手を伸ばしています。その良い例が2001年にできた上海協力機構という組織で、中国は、中央アジアの各国、例えばキルギスタンやカザフスタンと我々が結びつくことを極端に警戒していました。双方が協力したら、厄介だと思っていたからです。そのため中国は、中央アジア各国と話をつけて、経済援助する代わりに、東トルキスタンの支援組織を全て非合法化するように働きかけた。結果、中国の望みどおり、全ての東トルキスタン支援組織は非合法とされ、組織の最強のリーダーだった重要人物、5人が暗殺されました。


[狡猾な情報戦略]



櫻井:
内モンゴルもウイグル、チベットも、独自の言語は厳しく制限されています。女性は、漢民族との結婚を奨励されると聞きます。ペマさん、文化的な弾圧はどうでしょうか。

チベット:
中国の狡猾さは情報戦略にも現れています。彼らは、まず言葉をその地域に入れてくる。例えば、チベットでは最初、「テンダ アメリカ」という言葉が入ってきました。訳すと「仏の敵、米国」ということになります。彼らはこの言葉をキャンペーンして情報操作を行うのです。特定の新聞記者に便宜を図り、必ず協力者を作る。だから、50年代、朝日新聞の記者は、さもチベットが豊かになったかのような錯覚を与える「チベットの都 太陽の都」という記事を書きました。限られた招待者を連れて行き、見せたい場所に連れて行くのが彼らの流儀です。中国共産党は一つの村や町全体を劇場のように演出してしまう。それでみんな騙される。中国の情報操作は本当に恐ろしいと感じます。

櫻井:
インテルCEOのC・バレット氏もシーグラムのE・ブロンフマン会長も、メディア王のマードック氏も同じような体験をしたと報じられています。

チベット:
外国人がその村に行くと、食べ物は豊富、子供たちは幸せそうに遊んでいて非常に友好的で活気ある町に見えるのです。ところが、それが全て演出。そういう宣伝工作が非常に上手い。

ウイグル:
我々のことも、中国は過激なイスラムのテロリスト呼ばわりをしています。でも、私たちが望むのは穏健なイスラム国家で、政教分離のトルコ型政体を目指しているのです。

チベット:
その一方で、海外在住の反中国勢力に対しては、きめ細かな攻撃をする。大使館の人間が資料を整えて、「ダライ・ラマ一派が自分たちの利益のために話している」と信じ込ませるような宣伝工作をします。嘘でも100回繰り返し話して、ついに本当の話にしてしまう。これが彼らのやり方です。

ウイグル:
人を貶める情報を平気で流しますから、それが怖い。もし、僕が実名でしゃべったら、他のウイグル人を使って、僕の悪口をあちらこちらで一杯言わせるんです。侮辱して、それでも効果がないと最後には殺されます。

チベット:
こんな中国の実態を、日本が世界に暴くチャンスではないでしょうか。みんなで結束して運動をしていかねばなりません。

櫻井:
日本の国益上も皆さんの悲劇は見すごせません。皆さんは、日本はこれらの問題にどのように対処すべきだと考えていますか。

チベット:
日本政府と日本国民には、まず、事実を知ってもらいたい。対中国政策を作る方たちにもまず、現状を勉強していただきたいのです。日本の担当者は今、チベットで何が起きているのかという問題に正面から向き合ってくれていないと思います。しかし、日本の安全保障を考えるとき、今日集まった我々の祖国は、中国の周囲にある地政学的に非常に重要な国々でしょ。ですから日本の国益を守るためにも真剣に考えていただきたいと思います。

ウイグル:
現在も進行中の問題を理解してほしいと思うのは我々、ウイグルも同じです。ウイグルは本当に歴史的に中国の領土だったのか、どうか。中国の植民地にされていることを知ってほしい。我々は侵略されているのです。中国は植民国家です。この事実を識った上で、日本政府は植民地に関する国際条約に則って外交的な対応をしてもらいたいのです。

櫻井:
本当にそうですね。第二次大戦後、武力を用いて不法に国土を拡大したのは中国だけですからね。

ウイグル:
二つ目に、安倍前首相が胡主席に話してくれたウイグル人の人権問題の件です。前述のトフティさんは、何一つ政治活動もしていないのに、でっち上げの罪で逮捕され、11年の刑を受けました。彼は東大の留学生ですから、日本政府の目の前で起きた事件です。それなのに、文部省も外務省も抗議の声一つ上げてくれなかった。日本はアジアで一番の民主国家、最初に豊かになった経済大国なのに、目の前で起きた人権侵害にすら口を閉じました。これはあまりにも無責任ではないでしょうか。

内モンゴル:
日本は共産圏や独裁国家から迫害された亡命者や難民に対しての人道的な義務を果たしてくれていません。義務を果たすというのは、口で言うだけではもちろんなく、経済的な支援をすることだけでもなく、保護するということです。相手国に対してハッキリとしたメッセージを発することです。日本は中国に対し、ちゃんとメッセージを送っていないように思えます。逆に中国は大国として、要求を突きつけます。日本は中国の抱える問題を研究するチームを作り、周辺の民族問題で、どうかはっきり発言してほしい。

チベット
:もう一つ付け加えれば、財界にも注文をつけたいです。政治家は財界の顔色を窺います。しかし、財界のしていることは近視眼的で、中国の植民地支配の手助けをしているように我々の眼には映ります。


[ビール会社の中国軍援助]


櫻井:
具体的には?

ウイグル:
たとえば、日本の大手ビール会社の一つは中国の生産建設兵団からホップを輸入してます。

櫻井:
生産建設兵団とは……。

ウイグル:
ウイグル人を弾圧するためにできた常駐の半軍事的な組織です。先程触れましたが、削減されたはずの兵力で作っており、呼び名は違っても、同じような軍事的組織は他の自治区にもあります。ここからホップを輸入することは、日本のお金を中国に渡して、ウイグル人らの弾圧に手を貸しているのと同じです。たぶん、このビール会社の担当者はそこまではわかっていないと思いますが……。

櫻井:
どのくらいの規模の兵団ですか。

ウイグル:
ウイグルだけで250万人といわれています。軍の農場で、建設兵団がホップを作り、それを日本企業が買い、代金は中国の軍事費の一部になる。日本のビール会社が中国軍を支えているのです。本来なら軍事費は税金から出るでしょ。でも中国は軍事組織が自分で商売をして稼ぐのです。アメリカが、中国の軍事費は発表される数字の3倍以上だと見ているのはこういう理由です。

内モンゴル:
財界が利益のためにどんな相手とでも商売するのが悔しいです。
ウイグル 昔、アメリカの資本家がソ連と貿易すると言い出したとき、レーニンが、「資本家は自分が首をつって入る穴を掘っている」といった。日本の財界はこれと同じ。判っていないです。

櫻井:
もし、日本の国土が大陸と陸続きだったり、もう少し日本海が狭かったら、日本も少数民族にされていたに違いありません。皆さんのために発言することが即、日本の国益につながるということなのです。

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「中国共産党が歪曲発信してきたウイグル族弾圧の事実」

『週刊ダイヤモンド』   2008年5月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 739


情報操作に成功すれば、戦いは半分以上勝ったも同然だ。中国は国内の異民族支配でも情報操作を徹底してきた。

異民族を外部から遮断し、閉ざされた空間で弾圧と融和策を繰り返し、彼らの消滅を図る。外部世界には偽りの情報を発信する。世界はその情報を多少は疑いながらも関心を抱かない。かくして中国共産党の情報操作は効果を発揮するのだ。では、中国国内の異民族の実態はどこにあるのか。東トルキスタン(ウイグル)亡命政府の首相ラクマット・ダミアン氏に聞いた。

「私たちは今、中国共産党政府から、テロリストで国家分裂主義者として断罪されています。そして国際社会には真実は知らされません。歴史を遡ると、ウイグル人がその時々の局面でじつにさまざまなレッテルを貼られ、虐殺されてきたことがわかります」

氏は、毛沢東らは中華人民共和国建国以前から、ウイグル族を「反革命分子」として敵視し、「地主」「牧場主」などと非難し、多数を殺したと語る。

「地主といっても、ウイグル族の多くが地主です。つまり、中国共産党は普通のウイグル族を次々と殺したのです。次に彼らが用意した虐殺の理由は『民族主義者』でした。漢民族でないことを理由とする弾圧で、彼らに恭順の意を表さないと言って私たちの仲間を殺したのです」

文化、文明、価値観を漢民族のそれに合わせ、漢民族の一部となって溶け込んで消えてしまうまで、中国共産党はウイグル族への弾圧をやめないと、ダミアン氏は断言する。

「次の理由は『修正主義者』でした。中ソ対立の時代、中国がソ連を非難したのと同じ理由です。あたかも東トルキスタンが中ソ対立でソ連側に立ったかのように論難し弾圧したのです」

「そして現在、われわれはテロリストだそうです。アルカイダとつながる過激なイスラム原理主義者で国家分裂を企んでいると非難します。しかし、漢民族の主張こそ共産党原理主義です。彼らが私たちにしてきたことは、殺戮と搾取以外の何物でもありません」

ウイグル族は1933年に東トルキスタンイスラム共和国を、44年に東トルキスタン共和国を建設した。49年に中華人民共和国を建設した毛沢東はウイグル族を弱体化するべくソ連と謀った。3万の東トルキスタン軍の主たる指導者を、中ソ両国で次々と殺害したのだ。こんな殺害法もあったと、ダミアン氏は語る。

「中華人民共和国の建国を祝う式典に軍の最高指導者ら五人が招かれました。5人はウルムチからアルマト経由でウラル山脈を越え、北京に行くつもりで、ソ連の用意した飛行機に乗りました。しかし、誰も北京には着かず、全員が忽然と消えた。5人は中ソ両国に謀られて殺されたのです。その直後、毛沢東は東トルキスタン政府の首相を指名し、3万の軍隊は陰湿な方法で解体、殲滅されました」

55年に東トルキスタンは、中国共産党によって新疆ウイグル自治区とされた。

「途端に漢民族の大移住が始まりました。50年に30万人だった漢民族は99年には、彼らの統計で約690万人、23倍に増えました。これでも過小評価です。私たちの統計ではウイグル自治区の人口は漢民族2,000万人、ウイグル族1,500万人。まさに漢民族に席巻されているのです」

ウイグル族への弾圧の過激化は漢民族の大量流入と比例する。まず影響力の強い知識人らが逮捕され、語るのも憚られる拷問が日常化した。知識人らは周辺の中央アジア諸国に逃れ、その数は100万人を下らないとされる。

ダミアン氏らの訴えは、世界に大発信される中国共産党の歪曲情報によって掻き消されがちだ。しかし、押しつぶされがちな彼らの声をこそ、今、福田康夫首相をはじめとする日本の私たちは聞かなければならない。

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「ウィグル弾圧も止めない中国」

『週刊新潮』’08年5月15日号
日本ルネッサンス 第312回


福田康夫首相は胡錦涛主席とピンポン球を打ち合うことで日中の絆が深まり、問題も友好裡に解決されると考えたのだろうか。だが、国際社会が重大な関心を寄せるチベット等、異民族弾圧について、表面的ではない真剣な話し合いも出来ないのでは、他の如何なる問題も解決されるはずがない。異民族弾圧の実態が如何に深刻か、胡主席来日前に日本を訪れた東トルキスタン(ウィグル族)亡命政府首相のラクマット・ダミアン氏の話を聞いた。

氏は、1947年、アルタイ山脈の集落で生まれた。2本の大きな川が流れ、そのまん中に草原が広がる美しい自然のなかで、氏は恵まれて育った。北京大学で数学を学び、日本の九州大学で教育学の修士号を取得、豪州のアデレイド大学でも修士号を取った。ウィグル族のエリートとして数十年をすごし、1988年、古里のアルタイに戻ったとき、胸がキリで刺されるような痛みにうずいたという。

「豊かな川の一本は完全に干あがり、もう一本は汚れきっていました。川岸沿いに漢人が家を建て、汚物を垂れ流しているのです。漢人たちは古里を破壊し、汚し尽していました」

中国の異民族支配への氏の憤りは、1997年、決定的になる。

「イリで発生した抵抗運動を、人民解放軍が徹底的に弾圧し、多くの人が無惨に殺されたのです」と、氏。

新疆ウィグル自治区の首都、ウルムチから西へ約700キロ、カザフスタンの国境近くにイリ地区がある。そこで97年2月5日、中国共産党支配に抵抗し、真の自治と宗教の自由を求めて、ウィグル族の老若男女が平和的なデモをした。武装した中国人民解放軍はこのとき、1,000人以上を拘束したという。

東トルキスタンの2月は極寒の季節だ。摂氏で零下30度にもなる。その寒さのなか、中国共産党は捕えたウィグル人を全裸で戸外に立たせ、頭から水をかけて立たせ続けた。女性も子どもも含まれていた。少なくとも200人が一晩で凍死したとダミアン氏は涙を浮かべて語る。

「女性や子ども、同胞たちをここまで弾圧する中国共産党は絶対に許せないと強く思いました。この事件が私の亡命の直接のきっかけとなりました」


朝日が報じたウィグル騒乱

同弾圧から6年以上がすぎた2003年8月1日、『朝日新聞』はイリ事件を「ウイグル族過激派が『イスラム王国樹立』を叫んで騒乱状態となり、死者7人、けが人200人余が出た」と報じた。

ダミアン氏が反論した。
「全て中国共産党の発表を鵜呑みにした報道です。死者7名など、そんな生易しいものではありません。しかも、現場で死ななかった人々は、その後、激しい拷問で命を落としているのです。私たちは誰がどのようにして殺されたか、固有名詞で詳しく語ることが出来ます。中国当局の発表など信じないで下さい」

チベットでいま進行中のことは、東トルキスタンで過去約50年間行われてきたことだ。だが、東トルキスタンへの弾圧は、チベットへのそれよりも尚、過酷だと氏は強調する。

「チベットへの鉄道の開通は2年前ですが、東トルキスタンは40年以上も前からです。鉄道は人民解放軍と漢民族、彼らのための大量の武器を運びました。結果、ウィグル族の人口約1,500万人に対し、漢民族は約2,000万人になりました。人口構成に関しても中国当局の発表は歪曲されています。中国全土の6分の1を占めるウィグル族の国土には天然ガスや石油、金、稀少金属など、豊富な資源が埋蔵されています。漢民族は我々の資源を盗み続ける一方で、我々の古里でこれまでに46回、核実験を行いました。ウィグル族の国土を利用し尽すのです」

漢民族は国土と資源にとどまらず、民族の心と文明も奪い去る。
「中国共産党政府は、外部世界に向かって、中央民族学院などを指して、少数民族の若者たちに高度の教育を施している、差別もせずあたたかく育てていると宣伝します。しかし、実態を知れば背筋が寒くなります」

中国共産党は東トルキスタンなど、辺境には、ほとんど予算を注ぎ込まない。インフラ整備も、教育も医療もなしだ。だが、子どもたちの一部は就学年齢に達すると、順次、親元から離して集団で生活させる。貧しさゆえに子どもの教育が出来ない親たちは、中国政府のこの措置を喜ぶという。

親元から離された子どもたちは集団生活で徹底的に中国語を学び、毛沢東主義や社会主義を学ばせられる。頭のよい子は中学、高校、大学進学も夢ではない。しかし、上級学校進学の最重要の基準は、成績よりも、中国共産党への従順さである。

中国による他民族消滅策
こうして親元を離れて暮らすうちに子どもたちは自らの民族の言語、文化伝統を忘れ、中国共産党の色に染まり、中華文明に染まる。何年か後、親に再会しても言葉が通じない。おまけに子どもたちの心は、すっかり中国人(漢民族)になっているというわけだ。

また中国では少数民族の子どもたちの人身売買は日常茶飯である。低賃金労働者として闇で取引されるのだ。4月30日の共同電によると、広東省東莞市で10歳未満の子どもたちを含む一群の少年少女が一日5元(約74円)で働かされていた。少女には性的暴行も行われていた。それでも警察の調べに、12、13歳の少女らが「家に帰りたくない」「貧しくて両親は私を必要としていない」と泣いて訴えたという。

「貧しいから国が教育してやるといっては、異民族の子どもたちを中国人に仕立てあげていくのです。また、異民族の女性を、強制的に漢民族に妻合わせるのです」とダミアン氏。

中国の人口構成は一人っ子政策の結果、大きく歪んでいる。一人っ子なら男の子がよいと親たちは考え、堕胎や産み分けを実行する。そして、女児100人に対し男児117人が生まれるようになった。2020年には結婚相手のいない適齢期の男子は4,000万人にのぼると言われている。

「そのため中国共産党は15歳から22歳の結婚適齢期のウィグルの女性ばかりを北京や上海、天津、青島などの都市に送り出しています。計画は06年から5年間で40万人、逃げ帰ると罪に問われます。彼女らはまず、劣悪な環境で安価に働かされます。その後は漢人の男性との結婚が待っています。中国共産党の異民族支配は、漢民族のための安価な労働力と結婚相手の双方を供給する構造です。漢人にとって一石二鳥の政策は、明らかにウィグル族の消滅の上に描かれているのです」

中国共産党の常軌を逸した企みに目をつぶり、パンダやピンポン球で喜ぶ日本であってはならない。首相は勇気を振るって道義をこそ説け。

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「理念と意思を持った国家を前に持たない国家は譲歩を迫られる」

『週刊ダイヤモンド』   2008年5月3・10日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 738

統治の基本を「実利主義」に置いて、はたして国家は成り立つのか。これこそが、韓国の李明博大統領の直面する課題である。
4月21日に来日した李大統領は、好印象を残した。大阪生まれ、祖国韓国に戻ってからの氏の苦労と努力、そして成功の物語は、どこかテレビドラマ「おしん」の人生に似ている。その軌跡は、日本人の胸にも響いてくる。

日本における貧しさと差別の記憶も残しているであろう李大統領だが、福田康夫首相との合同記者会見で歴史問題を問われて答えた。「質問が出なければよかったと思う」と。「過去を忘れることはできないが、過去にとらわれて未来に支障が出てはならない」「(歴史についての)政治家の発言にいちいち反応する必要はない」とも語った。

大統領の未来志向を歓迎すると同時に、問わなければならないのは、今激変しつつあるアジア情勢のなかで、何を基本に日韓関係を発展させていこうと大統領が考えているのかである。

現代建設で経営者としての能力を存分に発揮した氏は、見事な手腕でソウル市長の責任を果たし、今、実利主義を掲げる。

しかし、韓国、そして日本が直面する問題は、経済だけではない。北緯三八度線の向こうの北朝鮮、その背後で軍事力を増大させる中国。ロシアと連携し、米国をも抑制しようかという勢力が生まれつつあるのがアジアの現状だ。その状況下で、政治的信条や価値観、また、軍事力において、韓国の国家基盤をどう支えていくのかについてこそ、大統領は語らなければならない。

問われているのは、同盟国、米国との絆や、価値観を同じくする日本との絆をどこまで深めていけるかである。李大統領の現在の親日路線は揺るぎないものなのかという問いでもある。

早稲田大学客員研究員の洪辭虫≠ヘ、李大統領の立ち位置は盧泰愚氏と金泳三氏の中間だと解説する。

軍人出身の盧泰愚元大統領は、保守的価値観に立ち、韓国の最も身近な脅威であった北朝鮮に確固たる信念で対峙すると期待された。ところが、氏は対北朝鮮融和策、「北方外交」を打ち出し、譲歩策に走った。対照的に日本には、歴史問題で豊臣秀吉の朝鮮出兵にさかのぼって批判を展開した。

金泳三氏は名門の家に育ち当初から政治的将来が期待され、保守の大統領として日米両国と良好な関係を築くと思われていた。だが、たちまち左派勢力に感化され、当初の親日路線から厳しい反日路線へと方向転換した。

そのような両大統領との共通点が李大統領にはあると、洪氏は言っているわけだ。共通点の第一は、国家戦略、外交戦略における経験不足から側近への依存が強いことだろう。大統領は経済においては第一人者であっても、準備不足の外交、安全保障では側近の意見が重視される。

青瓦台の側近、つまり官僚群は、盧泰愚、金泳三、金大中、盧武鉉と続いた歴代政権下の20年間に、知的ではあるがリベラルな人材の一群となった。彼らの政策は、今、韓国が必要とする保守の理念に基づいた政策よりは、はるかにリベラルだというわけだ。彼らの影響を受けたとしても、実利主義の李大統領が金泳三氏のような反日姿勢に転ずるとは思えないものの、価値観を守り抜くことの重要性を存分に認識しているとは思えないのだ。

皮肉なことに、北朝鮮を見れば国家というものが経済によってのみ成り立つものではないことが明確に見えてくる。どのような国家を構築したいと考えるか、どのような理念を守りたいと考えるかによって、国家は支えられるのである。理念と意思を持った国家の前に、それを持たない国家は譲歩を迫られていく。眼前に反面教師としての異形の国を抱える韓国であればこそ、李大統領は実利主義以上に保守の理念を掲げなければならないだろう。

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「首相に任せられるか、中国外交」

『週刊新潮』’08年5月8日号
日本ルネッサンス 第311回


外交は勝れて国益のためにある。個人の名誉や趣味のためではない。5月6日、中国の胡錦濤国家主席を迎える福田康夫首相は、その点を履き違えているのではないか。

日中首脳会談では日本にとっての重要問題が、中国にとっての重要問題とともに取り上げられなければならない。日本の国益に関わる両国間の懸案事項はざっと考えただけでも非常に多い。

尖閣諸島の領有権と東シナ海のガス田開発は最も切迫した問題であろう。すでに15年間も続いている徹底した反日思想を植えつける歴史教育は、両国関係に巣くう最も深い病巣で、日本としては見逃せない問題だ。日本の運命に大きく関わってくる台湾問題も避けて通れない。台湾問題と密接に重なるチベット問題も同様だ。日本国民の生命、健康を脅かした毒入り餃子事件についての中国側の責任逃れも放置出来ない。環境問題に関しては中国政府の努力を要請しなければならない。中国の軍事力増強はとりわけ厳しく問わなければならない。

で、福田首相は、一体こうした問題の何を、胡主席と話し合うのか。東シナ海のガス田開発については、胡主席の来日に先立って訪日した楊潔邂至O相がこう語っている。

「日中双方は協議を継続することで一致した。できるだけ早く、互いに利益のある解決策にたどり着けるよう努力する」(『朝日新聞』4月20日朝刊)

つまり、首脳会談を開いても問題は解決されないのだ。それを承知で臨むのは、会談ではそれを論じない、取り上げないということだ。したがって福田首相が東シナ海問題の早期解決を望むなどと発言しても、それはアリバイ工作だということだ。


親子二代で中国に仕える

尖閣諸島と東シナ海問題は、歴史的に見て、福田首相にはとりわけ重い責任がある。話は遡るが、現首相の父、赳夫氏が首相だった1978年、日中両国は平和友好条約を結んだ。それを機に、前例のない巨額のODA(政府開発援助)が日本から中国に流れ込んだ。そのときの中国にとって、日本の資金や技術援助は死活的に必要だった。与える側として、圧倒的に有利な立場に立っていた日本は、その好機を尖閣諸島と東シナ海問題の解決のために活用すべきだった。しかし、赳夫首相はそれをせず、国益を無視して平和友好条約を結んだ。同条約を機に中国に与えられたODAは、中国軍の強化、近代化に大きく貢献し、いまや、日本を脅かすまでになった。東シナ海では中国海軍の軍艦が日本を睥睨し、迂闊に尖閣諸島に近づいたり、当然の権利としての東シナ海開発を進めることさえ、難しくなった。

現首相が東シナ海問題の決着を、父同様、先延ばしにして、中国が喉から手が出るほど欲している環境技術などを安易に渡すとしたら、親子二代にわたって日本の国益を損い、国民を裏切ることになる。そのことを承知で、首相は東シナ海問題を事実上、放置するのか。

次にいま、全世界の注目を集めるチベット問題である。首相は4月2日夜、官邸で記者団に対し、「チベット問題は中国の内政問題」だと断ったうえで、「人権にかかわるようなことがあれば心配、懸念を表明せざるを得ない」と述べた。

国際社会では、チベット問題は決して中国の国内問題ではないとの批判的見方が主流だ。EU議会は、北京五輪開会式への参加を見合わせるよう加盟国首脳に求める決議をし、独英両国首脳をはじめ、各国指導者層に同様の流れがある。国際社会は直接間接的に、中国のチベット弾圧に抗議しているのであり、対して福田首相の発言は際立って中国政府寄りだ。流石に、首相の突出発言に対し自民党外交関係合同部会にみられるように、党内からも異論が出た。

そうしたなか、4月18日、首相は楊外相と会談し、チベット問題は中国の国内問題とする見解を繰り返す同外相に、同問題はすでに「国際的な問題となっている」、「現実を直視する必要がある」と、発言するに至った。たしかに半歩前進だが、余りに感覚が鈍くはないか。その日午前には、日本での聖火リレーの出発点となるはずだった長野市の善光寺が辞退を表明した。仏教徒のチベット人への弾圧を続ける中国政府主催の北京五輪に、同じ仏教徒として、恰も問題が存在しないかの如く参加することは出来ない、という抗議の表現である。善光寺をはじめ、国民の多くが、中国のチベット弾圧に深い疑問を抱いていることを首相は知るべきだ。にもかかわらず、日中首脳会談ではチベット問題を取り上げる予定は、現時点ではないそうだ。


喉から手の出る「共同宣言」

尖閣、東シナ海、チベットを措いて、何のための首脳会談か。中国側が最も熱心に望んでいるのが台湾問題での日本の譲歩だ。中国はすでに、米国のブッシュ政権から、台湾の独立に反対という言葉を引き出している。日本にも同じことを、出来ればさらに踏み込んだ発言をさせたいと中国は考えている。

2004年、中国はロシアとの国境問題を解決した。ロシア、中央アジア諸国と共に上海協力機構を構成し、07年には、アフガニスタン、インド、パキスタン、イランなどまで招いて合同軍事演習を実現させた。背後を固めた中国は、南進して台湾支配を確立する準備を整えたのだ。台湾についての、米国及び日本への牽制はそのためだ。米国の言質をすでに取り、南進の準備が整いつつあるいまが、日本の言質を取る絶好の時機なのだ。

幸いにも日本側が台湾問題で譲ることはない。だが、それでも中国は自らが最重要と考える台湾問題を首脳会談の議題に盛り込んできた。彼らは成功するまで、繰り返し、日本に迫るだろう。これが国益を賭けた外交というものだ。翻って福田政権は、東シナ海もチベットも、おまけに毒餃子事件も議題にしないのだ。それでも日本国政府か。

こんな中身のない首脳会談は無意味であろう。共同宣言を出す必要もないだろう。だが、福田首相の直接指示によって共同宣言は出されることになった。首相の念頭にあるのは、自分の業績なのである。

これまで日中間で合意された文書は三つある。1972年、田中角栄首相の日中共同声明、次は前述の78年、福田赳夫首相の日中平和友好条約。そして98年、小渕恵三首相の日中共同宣言だ。今年は現首相の父の結んだ平和友好条約から30年の節目に当たる。

日本史上はじめて父と子で首相となった福田首相の、いわば第四の文書を発表することで、父の業績に自らの業績を重ね、日中の礎となりたいとの個人的な想いが透けてみえる。個人的な想いで外交を弄ぶことこそ許し難い。福田首相の過度な親中外交を強く懸念するゆえんである。

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プロフィール

櫻井よしこ Yoshiko Sakurai

職歴

1971~74
クリスチャンサイエンスモニター紙
東京支局勤務
1975~77
アジア新聞財団
DEPTHNEWS  記者
1978~82
アジア新聞財団
DEPTHNEWS  東京支局長
1980~96
TVニュースキャスター
1980~現在
ジャーナリスト

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