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2024.12.12 (木)

「 台湾で進む中国の三戦 」

『週刊新潮』 2024年12月12日号
日本ルネッサンス 第1126回

「台湾有事は日本有事」・・。安倍晋三総理によるこの鮮烈な問題提起は今や日本国の常識となっている。今、私たちは台湾有事は必ず起きるとの前提で台湾問題を多角的に考えなければならない。

わが国での議論は軍事的側面に重点が置かれがちだが、中国の台湾政策には実は軍事的要素の分析だけでは読み解けない重要な変化が生じている。軍事力でいつでも攻められる準備を怠らない一方で、中国が三戦(世論戦、心理戦、法律戦)に、以前にも増して力を入れ始めているからだ。変化は2022年8月のナンシー・ペロシ元米下院議長の訪台の頃から顕在化したと思われる。

中国が世論戦で目指すのは、主に三点だ。⓵有事の時、米軍は助けに来てくれない、⓶台湾軍は中国人民解放軍(PLA)に勝てない、⓷頼清徳総統はあてにならない。以上を台湾人の心に刻み込み、いざという時に、台湾人が心理的に抵抗できない状況に追い込もうという考えなのだ。そのために彼らはあらゆる情報戦を仕掛けている。

だが、情報戦の効果はまだらである。台湾国防部(省)が行った今年10月の調査では、仮に中国が台湾に侵攻した場合、「米国は台湾に武器や軍事物資を提供する」と答えた人は76.3%に上る。「米国は防衛協力のため台湾に派兵する」は52.6%だった。中国は、米国に対する信頼を揺るがすには至っていないということか。

他方、11月に行われた民間シンクタンク、台湾民意基金会の調査では、中国侵攻時、米国が派兵するとは「信じない」が57.2%で過去最高を示した。背景に中国の情報戦もあるだろうが、より大きな要素として米国がウクライナ支援を限定的にとどめてきたことの影響が指摘されている。

そうした中、自分の生活が守られるのなら、台湾の地位にはあまり拘らないと考える若い世代が増加中という兆候もある。その一例として、10月10日の双十節(中華民国建国の祝日)以降の状況がある。その日、頼総統が「台湾と中華人民共和国は互いに隷属しない。中華人民共和国に台湾を代表する権利はない」と演説した。

緊迫感が殆んどない

この件りは広く報道され、頼氏が中国に向けて強いメッセージを発信したかのような印象を与えた。しかし、頼氏の演説内容を今年5月の総統就任演説と較べてみれば、双十節での演説ははるかに穏やかだったのだ。総統就任時の演説では中国共産党が台湾を狙って行う軍事活動、戦時と平時の中間のグレーゾーン状況での台湾への圧力、あからさまな浸透工作などについて詳しく触れたが、それが双十節演説では全くなかった。

だが、中国共産党は直ちに、強く、反応した。同月14日未明、PLAの東部戦区が「台湾独立を図る行為への強力な威嚇」だとして、かつてない大規模な軍事演習、「連合利剣―2024B」を実施したのは周知のとおりだ。つまり、頼氏の演説の内容にかかわらず、連合利剣で力を誇示する方針はもともと決まっていたのだ。

PLAは頼氏の総統就任直後にも「連合利剣―2024A」を行っているが、その時は台湾包囲に2日かかった。それが10月には陸海空三軍に加えて海警、ロケット軍(ミサイル軍)も、空母「遼寧」も参加して、24時間で「完全に台湾を包囲した」と、PLAは発表した。

日本ではこれは大きなニュースとして新聞、テレビで解説された。戦闘機125機が投入され、内111機が台湾海峡の中間線を越えて台湾の防空識別圏(ADIZ)に侵入したなどと詳報された一方で、PLAが発表した一連の統合演習に関する情報への疑問も提起された。本当に1日だけで統合演習が完結したのか、実際に海上封鎖ができたのか。PLAの発表を鵜呑みにはできないなど、議論は深掘りされた。

だが、台湾在住の専門家と語ってみると様子が異なる。中国共産党が武力で台湾を統一しうるという緊迫感が殆んどない。むしろPLAが軍事力で攻めてくるような事態は起きないという受け止め方が大勢なのだ。

一般国民もPLAによる10月の大規模演習を余り気にかけていないように思える。連合利剣演習で台湾が包囲されたと報じられた日、台湾メディアが伝えたトップニュースはアイドルのスキャンダル(愛人問題)だった。連合利剣の演習はニュース番組の中で4番目に報じられていた。中国の軍事動向に敏感なのは台湾人よりもむしろ日本人だと、台湾の専門家は語る。

甘い誘い

もうひとつ注目すべき中国の動きが法律戦である。彼らはいま外交のさまざまな場面で50年以上前の国連における「アルバニア決議」を持ち出し始めている。1971年に採択された同決議は「中華人民共和国の一切の権利を回復し、中華人民共和国の代表が国連における唯一の合法的代表であることを承認する」という内容を含む。

中国はこの決議こそ、国際社会が「ひとつの中国」を認めたものだと主張する。しかし、アルバニア決議のどこにも、「台湾は中国の一部」とか、「中国はひとつ」とは書かれていない。同決議が明確にしたのは、国連で中国を代表するのは中華人民共和国であり、蒋介石の代表は直ちに国連から追放するという点である。つまり、国連での中国の代表権について書いているだけなのだ。

これは頼総統が双十節で語ったことと符合する。「中華民国(台湾)と中華人民共和国は互いに隷属しない」のであり、「中華人民共和国に台湾を代表する権利はない」のである。頼氏の演説は国連決議に沿ったものであり、中国に挑戦状をつきつけるようなものではないということだ。

中国は常に歴史修正を試みる。たとえば台湾に対して「92年コンセンサス(合意)」があったと主張して止まない。これは92年10月に台湾の海峡交流基金会と中国の海峡両岸関係協会が、中台は「ひとつの中国」の原則に合意したというものだ。

しかし、そのことを記した合意文書は存在しない。私自身、李登輝総統に同件について当時質問したが、「その合意について総統である私は知らない。総統である私の知らない合意が存在するはずはない」と明確だった。それでも中国は92年合意があったと主張し続け、中国に吸収合併されることを望んでいる国民党の馬英九元総統などは中国に同調する。中国の国民党を取り込む手法はソフトだ。今年4月10日、習近平国家主席は馬氏と北京で会い、同じ中華民族としてどんなことでも語り合えると告げた。この甘い誘いに国民党は乗っている。

台湾攻略戦における中国の狡猾な変化を躱すのは容易ではない。強大な軍事力を最終手段として磨きながら、ソフトな政策を繰り出す。台湾はそのような中国の攻勢に耐えられるか。同じ問いは日本に対しても向けられている。

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