「 イラン攻撃、米国とイスラエルの覚悟 」
『週刊新潮』 2025年6月26日号
日本ルネッサンス 第1151回
6月13日、イスラエルが複数のイラン核施設に攻撃を加え、世界を震撼させた。誰しもイスラエル・イランの戦いが全面的な中東戦争の引き金になる危険性に身構えたはずだ。
わが国は石破茂首相、林芳正官房長官、岩屋毅外相、中谷元・防衛相、加藤勝信財務相が同日夕方に会合を開いた。うち四氏が防衛大臣経験者である彼らが20分間の会議で導き出した結論は、⓵情報収集、⓶万全な在留邦人保護、⓷事態の沈静化とイラン核問題の平和的解決に向けた関係各国との連携、だった。
自民党内でも安全保障問題に詳しいと言われている彼らの思考の、何と弛緩していることか。イスラエル・イランの戦いは直ちにホルムズ海峡の緊張を高める。原油の90%以上を中東に頼るわが国への影響は甚大かつ深刻だ。現実に原油価格はその日の内に値上がりした。
加えて、両国の紛争が全面戦争になるとしたら、当然、米国はイスラエル支援で軍を送るだろう。ヘグセス国防長官はインド・太平洋こそが米国の優先地域だと言ったが、日本周辺の米軍が中東に赴くかもしれないのだ。手薄になったこの状況を中国は絶好の機会と見て台湾に行動を起こすかもしれない。今こそ最悪の事態を想定してわが国は準備を加速すべきだが、その種の危機感は石破氏らからは感じとれない。
イスラエル攻撃の直前、国際原子力機関(IAEA)はイランが核不拡散条約(NPT)の査察に応じず規律を守っていないとする包括的報告書を公表した。同報告書はイランの濃縮ウランが最大60%の高濃度に達し、保有量も今年2月時点から50%増えて408.6キログラムになったと指摘した。ちなみにこれは90%に濃縮率を上げれば核兵器10発以上を製造するのに十分な量である。報告書はまた、IAEAが査察を要請するとイランは当該建物を壊し証拠を隠滅した、査察で行われる抜き打ち質問でさえ、イランは事前に入手していたと告発した。
気になる発言
米国の意志は明確だ。リベラルな「ニューヨーク・タイムズ」紙でさえ一面でブレット・ステファン氏の寄稿を紹介した。氏はイスラエル攻撃開始数時間以内に書いたという同記事の中で、戦争の顛末は不明だが、と前置きして、イスラエルによる攻撃を真正面から評価している。
米国の論調は、イランがウラン濃縮を進めてきた結果、核製造に非常に近づいていること、イスラエルを地上から消し去ると豪語したイランの核保有はイスラエルの安全保障を限りなく脅かすこと、イランの核保有を機にサウジアラビア、トルコ、エジプトなどは必ず核武装に走ること、その結果、核が急速に世界に拡散されることなどを挙げてイスラエルの軍事攻撃を正当化するものだ。
「ウォールストリート・ジャーナル」(WSJ)紙は6月15日、イスラエルの攻撃を当然とし、イランの核施設は全滅させるべしとの考えを社説に掲げた。今回攻撃したナタンズ及びイスファハンの施設の破壊だけでは不十分で、フォルドーの施設も破壊しなければならないと主張した。
フォルドーのウラン濃縮施設は深い山を掘り進めた場所に設置されており、イスラエル軍の力だけでは目的は達成できない。米軍保有のバンカーバスターのような地下深くに到達して破壊する武器と、それを運ぶ爆撃機が必要だと社説は指摘する。トランプ大統領は、しかし、話し合いが大事だと語っており、軍事的な協力には消極的だ。WSJはこのようなトランプ氏に「中立の米国が戦争を長引かせる」と警告した。
国際社会で戦争や紛争が勃発すると、世界はまず米国の動きに注目する。そして米国頼みになる。しかし、ウクライナ戦争のように、又は今回のイスラエル・イラン戦争のように、トランプ氏の米国はもはや明確な立場でいずれかの側を勝たせるわけではない。米国の方針次第で大きく影響を受ける私たちがトランプ氏の米国の意志を正しくとらえなければならないゆえんである。米国に本当に頼れるか、その能力も正しく測っておかなければならない。
能力に関して気になる発言がある。6月10日、米海軍の2026年度予算に関する上院公聴会におけるロジャー・ウィッカー上院議員の発言である。
同氏は26年度予算要求では海軍艦艇の建造費として208億億ドル(約3兆円)しか計上されておらず、前年度の370億ドル(約5兆3300億円)から大幅な減額だと、ざっと以下のように語った。
「これまでは年に2隻の駆逐艦を建造する予算を要求し、次の年は3隻分を要求してきた。2隻、3隻、2隻、3隻の要求だ。26年度予算では27年の3隻の建造費を要求しなければならないはずだが、その要求がないではないか」
わが身に迫る危機
もっと驚くことも語っている。中国の軍事的脅威に対処するため、米国は英国と共に豪州の軍事力強化を目指して3か国で「AUKUS」軍事同盟を結成した。最大の柱は米英が協力して豪州に原子力潜水艦ヴァージニア級5隻を供給することで、一番艦は32年の売却予定となっている。
建前では米国は毎年2隻、ステルス性の高い潜水艦を建造することになっているが、実際には近年、この目標は達成されていない。豪州に約束した原子力潜水艦の建造も覚束ない状況なのだ。そうした中で、ウィッカー氏が「26年度予算要求からヴァージニア級潜水艦の調達が外されている」と指摘したのだ。
折しもトランプ政権はAUKUS協定がトランプ氏の考える安全保障政策の優先度に適っているか、再検討中だと伝えられる。豪州は米国の潜水艦産業に30億ドルを投資すべくすでに準備中である。ヴァージニア級潜水艦建造の予算が要求されていないとの指摘は、たとえ後に修正される可能性があるとしても、豪州にとって衝撃ではないだろうか。
ヘグセス氏は北大西洋条約機構(NATO)加盟国にも豪州にもわが国にも、軍事費の増額を求めている。にもかかわらず、ウィッカー氏の指摘にあるように肝心の米国が不確かなのだ。
世界は文字通り混沌の真っ只中だ。米国は今も尚、世界最強の国であるために、どの国も米国との絆が安全保障上、最重要だと認識している。中露の力ずくの手法に屈しないために、米国が無茶な要求や非論理的なやり方で迫ってきても、米国との絆は一層深めざるを得ない。しかしその中で確実に、多くの国は各々の地域での連携を深め、或いは自国の力の強化に努め始めている。
中国の脅威ゆえに米国との絆を深めつつ、他方で米国への依存度を低下させるために強い国になろうとしているのだ。日本の私たちこそこの危機をわが身に迫る危機として受けとめ、憲法改正や大幅な自衛力の強化を急がなければならない。
