「 世紀の「クモの巣」作戦に日本こそ学べ 」
『週刊新潮』 2025年6月19日号
日本ルネッサンス 第1150回
6月1日、世界を驚愕させたウクライナの「クモの巣」作戦が実行された。わが国では余り報じられていないが、「クモの巣」戦法は戦争の在り方を大きく変えることになる。元陸上幕僚長で、シンクタンク「国家基本問題研究所」企画委員の岩田清文氏が強調する。
「117機の小型ドローンで強力なロシアの戦略爆撃機や早期警戒管制機などを破壊しました。ロシアの戦力は大幅に殺(そ)がれたはずです」
作戦は1年半かけて練り上げたものでアメリカへの事前通告はなかったそうだ。秘密作戦の最大の課題は航続距離の短いドローンをロシア国内の奥深く、ロシアが虎の子の核搭載可能な戦略爆撃機を駐機している基地近くまで運び込むことだった。
ウクライナ大統領のゼレンスキー氏が「完全独自オペレーションだ」と誇った作戦の全容はまだ分からないが、ウクライナの工作員はなんとロシア連邦保安局の建物の近くに作戦本部を置いていた。その上で戦略爆撃機Tu-95やTu-22を駐機させているロシアの基地5か所を特定した。最終的に攻撃したのは4か所だったが、まず小型の4翼ドローンの部品をロシアに運び込み、組み立てた後、木製コンテナに隠して各基地近くにトラックで輸送した。
攻撃時、コンテナの上部が開き、ドローンが飛び出した。ドローンは遠隔で操作したが、信号を失った場合、ドローンは自律飛行で標的に向かった。
ドローンはロシア機の翼の付け根を狙って爆弾を積んだまま体当たりした。航空機は翼の中に燃料を貯蔵しているために、ドローン攻撃を受けたロシア機は炎上し、原形をとどめない程に破壊されたわけだ。
ゼレンスキー氏は合計41機、ロシア戦略爆撃機の34%を破壊した、と発表した。英国のシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)によると、この攻撃の前、ロシアは戦略爆撃機Tu-22を54機、Tu-95を58機、計112機を有していた。その内の41機が破壊されたというのだ。
「闘志のたぎる国」
ロシアにとって耐え難い損害でしょう。彼らは1990年代にTu-22とTu-95の生産を終了していますから、もはや補充できません」
こう指摘した岩田氏は、もうひとつの痛手はロシアが早期警戒管制機(AWACS)を何機か失ったことだと言う。AWACSは飛来する敵の爆撃機などをいち早く見つけて味方機に知らせる機能を果たす。
「ロシアは10機ほど保有していましたが、2024年にウクライナ軍が2機撃墜しました。今回、数は特定できていませんが何機か破壊されています。仮に2機やられたとして残りは6機程。ローテーションを考えると、ロシア軍がウクライナ国境の全てを毎日、AWACSで見張ることは不可能になります」
21世紀の戦争は宇宙から始まる。宇宙情報をいち早くキャッチするAWACSを殺がれたロシアはその分戦力が落ちるということだ。
クモの巣作戦の成功は即、国際政治に変化をもたらし始めている。ウォールストリートジャーナル紙(WSJ)は6月2日の社説で「副大統領のJ・D・バンス氏はウクライナはロシアに勝てていないと言い、それを米国の対ウ支援取り止めの理由としがちだ。しかしウクライナには戦う意志もロシアによる征服を撃退する鋭気もある」と書いた。
クモの巣作戦には優れたインテリジェンス情報が不可欠だったと指摘した上で、WSJ社説は「ロシアの助力はあったのか」と問うた。
意味深な問いではないか。ロシアの助力があったか否かは不明だが、ロシア国内の奥深い地域にある4か所の基地攻撃には、複数国の協力があったと考えてもおかしくない。基地はフィンランドとの国境に近い西部から、モンゴル国境に近い東部に分散している。広いロシア国土を東へ、または西へ、トラックで小型ドローンを運ぶ作業の困難さを考えれば、周辺国の協力があってこそ作戦は成功したとも推測される。
岩田氏の指摘だ。
「国際社会の空気は大きく変わりました。こんなに闘志のたぎる国、ここまでやれる国、ウクライナとは敵対したくないと考える国はふえ、味方が増すはずです。現にNATOの士気は上がっています」
北大西洋条約機構(NATO)本部で6月4日に対ウ軍事支援を巡る会議が開かれたが、ヘグセス米国防長官は欠席した。
米国の姿勢とは対照的に他のNATO諸国は前向きだ。ニューヨークタイムズ紙は6月7~8日の紙面で、NATO諸国はもはや資金は最重要の課題ではないと考えている、と報じた。彼らの対ウ援助額はすでに米国を上回っており、今年分として260億ドル(約3兆7千億円)を了承済みだ。凍結中のロシア資産からもっと出すことも可能だという方針も打ち出した。強気なのだ。
「中国の貨物船に…」
NATOが強気な理由には、今回威力を発揮したドローンの使用で、戦費が非常に安くなったこともある。欧州諸国は彼らが団結すれば戦費も賄えると判断したのだ。
ロシアは今年5月までの戦いで日々1000人の死傷者を出している。この夏までには100万人の死傷者を出すと見られている。それでもロシアは同じ戦法で兵を出し続け、死傷者をふやし続けるだろう。そのようにしてもプーチン大統領の勝利は難しいのではないか。
世紀のドローン作戦から私たちは真剣に学ばなければならない。WSJ社説は6月4日、イランや中国がドローン攻撃を仕掛けてきたら、米軍のB-2爆撃機や空母はひとたまりもなく破壊されると、米国の防空機能に警告を鳴らした。米国はこれまで本土から遠く離れた場所で戦争をしてきたが、これからは米本土が戦場になる、その危険性に備えてトランプ氏提唱の「黄金のドーム」を早く完成させよというのだ。だがこの種の議論をいち早くすべきなのは米国ではなく、実は日本なのだ。岩田氏が強調した。
「私が習近平国家主席なら、クモの巣作戦を見て、すぐに考えますね。中国の貨物船に多数のドローンを乗せて東京湾に入れる。ロシアと違って日本は狭いですから東京湾からならドローンの航続距離で思う存分、攻撃できます。在日米軍基地、自衛隊基地、電気・通信設備の本拠地、皇居さえも狙えます」
怖ろしい話だが、十分にあり得る脅威だ。防空体制を整えると共に、わが国こそドローン開発に全力を注がなければならない。開戦当時、ウクライナはわが国同様、「平和憲法」の国だった。それがドローン製造開始から2年で、世紀のドローン作戦を成功させる力を備えるまでになった。わが国はドローンだけでなく軍事全般で周回遅れだが、予算と人材を投入し、必死になればウクライナ同様の技術を構築できる。日常生活に有事が溢れる時代に生きていることの危険を認識し、ドローン生産大作戦を進めるときだろう。
