「 小泉氏で米価全体はどれ程下がる? 」
『週刊新潮』 2025年6月5日号
日本ルネッサンス 第1148回
5月21日の「コメ担当大臣」就任は小泉進次郎氏にとってこの1年の内に挑戦する3番目の大きな課題になった。最初の課題は⓵昨年9月の自民党総裁選挙出馬、⓶が同年10月の石破茂自民党総裁下での選挙対策委員長である。
⓵では候補者9人の討論で氏の政策論の空虚さが白日の下に晒され急速に支持を落とした。⓶では政治資金問題に関して非公認候補者数を二桁にしなければ世論を説得できないなどとポピュリズムに走った。自民党の歴史的惨敗を決定づけた氏の判断は選対委員長失格を世に晒した。
そして今回だ。氏は新農林水産大臣として、目下の課題を6月初旬までに備蓄米の店頭価格を5キロ2000円台に下げる、その先に、輸出できるところまで生産量をふやすという年来の目標を掲げる。両方共、政治の固い決意があれば実現可能である。問題は、解は分かっているのに誰もそれを実行できてこなかった点だ。小泉氏に問うのは政治的にそれだけ重い課題に本気で挑戦する気はあるかということだ。
たとえば6月初旬まで、つまり小泉発言から遅くとも3週間以内に、現行の半値以下でコメを売る方策として、石破氏も小泉氏も政府が価格を低く設定して業者に卸す随意契約を採用すると言う。だがそれでは随意契約で安価なコメを仕入れた業者の範囲内でしか安いコメは行き渡らず、全国で一斉に2000円台になるのは難しい。
真の解決には安いコメを大量に市場に行き渡らせなければならない。そのためにはコメ輸入の拡大を実現し、現在1キロ当たり341円(60キロで2万460円)の関税を当面ゼロにすることが合理的である。
特効薬の関税撤廃と輸入拡大に踏み込むには覚悟がいる。なぜならこの方法はわが国のコメ農政の大転換とコメの自由化につながるからだ。だが、この道こそ、小泉氏の掲げる生産量の拡大という第2の目標を満たす道である。コメの生産量を一定量以下にとどめている事実上の減反政策をやめて、50年間続いてきたわが国農政の根本を変えることは農村、JA全農、農林水産族相手の死闘と言ってよい戦いになるはずだ。
「お父さんの水準」
大事なことは世論の風が小泉氏に吹いている点だ。今や多くの人がコメを作らせないために補助金を払うのはおかしい、政府の援助はコメを生産する農家にのみ払い減反政策など一日も早く止めるべきだと考えている。小泉氏にとってこの風を受けて米価を下げ、減反完全中止を実現することが、次に進む可能性を大にしてくれる。
選挙制度が小選挙区制に移行して以来、全体の票の2%を占める農業票が以前にも増して強い力を持つ。2%がどちらに流れるかによって勝敗が決まる。農水族はこれまで2%に気をつかってきた。しかし、いま、残りの98%、つまり消費者の動向にこそ配慮せざるを得ない状況が生まれている。
目前に迫る参院選挙での1人区は32である。2016年と19年の参院選挙は、東北6県に新潟、長野の8県で自民党は各々、1勝7敗、2勝6敗と惨敗した。当時は2%の農業票が反自民に回った。今回、政治家は2%か98%かの選択に直面する。
わが国の農業政策の第一人者、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、山下一仁氏が語る。
「郵政民営化で烈しく戦った小泉純一郎さんは狂気の人でした。ただ単なる狂人ではなく若い時から郵政問題に考えを巡らしていた。また大蔵省(財務省)ががっちり支え、理論武装させていた。進次郎さんはお父さんの水準に達していない。筋金はまだ覚束ないと感じます」
進次郎氏は丁度10年前の2015年から2年間、自民党の農林部会長を務めた。自ら望んでポストを得たというより、安倍晋三総理が与えた新しい役割だった。当時、安倍総理はTPP加盟に当たって国内の農業生産者の反対に直面していた。そんな時、改革志向の進次郎氏を党農林部会長に任命し、農水族の西川公也氏を「教育係」(山下氏)としてつけた。
西川氏は「コテコテの農水族」だったが、日本の農業は力をつけて海外輸出への道を拓かなければ生き残れないと理解して、TPP容認・推進へと舵を切った。西川氏の補佐を受け小泉氏は2年間、部会長を務めた。しかし、結果は惨敗だった。
自民党元政調会長の萩生田光一氏が語る。
「当時のことは自民党議員はみな覚えています。彼(小泉氏)は健闘したけれど、悉く守旧派に潰された。しかし、将来に向けての道筋はつけたと思います。つまり農業改革の必要性と生産性拡大を強調しました。但し、それを農家の自助努力でやらせるとなった。それでは結局、誰もやれないわけです」
萩生田氏は先輩議員としてこう評価するが、別の言い方をすれば、小泉氏は2年間、改革を唱えたが全て口先だけで終わったということだ。
日本経済を弱体化
萩生田氏が擁護した。
「それでも私は今回、パンドラの箱を開けたと見ています。世論が(小泉氏に)ついてくる可能性があります。減反政策などに国民一般が余り関心を持たなかった10年前との大きな違いです。これから彼は農水族と戦うわけですが、農水族もかつての方が現在よりはるかに強かったと思います」
氏は現在の農水族の幹部として森山裕幹事長、江藤拓前農林水産大臣、宮下一郎衆院議員らを挙げ、語った。
「農協が相手ですから、参院選前の今、政治家は票を心配します。小泉氏の農協相手の戦いに党内から異論も出てくる。でもこれは彼にとっては巡り合わせです。頑張ると思います」
前述したように去年の総選挙で小泉氏は萩生田氏を含めて二桁の候補者に公認を与えなかった張本人の一人だ。選挙を振りかえるとき、「地獄を見た」と萩生田氏は吐露するが、それでも、小泉氏への配慮を見せる。
確かに小泉氏の掲げる農業改革の方向性は是である。国益に適う。だから成功を願っている。しかし、これまで氏が手がけた改革や新しい方針はおよそいつも根本的に間違っていた。
たとえば氏のエネルギー計画だ。自然再生エネルギーを重視してCO2削減に血道を上げる。ガソリン車を否定し、電気自動車を推進する。結果は地元・神奈川の日産が電気自動車に集中した末、追浜工場をはじめ世界7工場を閉鎖し2万人規模の人員削減を実施することに象徴される。電気自動車の普及はグリーンエコノミーに重きを置く人々の幻想だ。その幻想を主導し日本経済を弱体化させたのが小泉氏らだ。
ここに掲げたのは氏の失敗例の内のたったひとつだ。日本を支える産業を悉く弱体化させ続けて今日に至る小泉氏を全面的に信ずることなどできないのは自明の理だ。だからこそ、氏の目指すコメ産業再生の基本理念がたとえ正しくとも、この上なく厳しく監視しながら見ていく必要がある。
