「 百田新党の衝撃は自民党への警告だ 」
『週刊新潮』 2023年11月2日号
日本ルネッサンス 第1071回
「日本保守党はネットの世界で空中戦をやっているだけかと見られていました。しかし、(10月18日の)名古屋駅ゲートタワー前広場での街頭演説に見たこともないくらい大勢の人たちが集った。一般の人たちが私たちの発信に注目してくれている。私たちへの期待はネットの世界だけじゃなかったと実感しています」
10月20日、「言論テレビ」で日本保守党代表の百田尚樹氏が語った。百田氏らは21日には東京・秋葉原、新橋駅前で街頭演説を行ったが、名古屋同様、多くの人々が詰めかけた。
同党事務総長の有本香氏も語る。
「9月1日に初めてX(旧ツイッター)でアカウントを開設、フォロワーの人たちが色々言って下さる。とりわけ多いのが、初めて支持できる政党が現れた、何年も選挙に行っていなかったけれど、久々に行きたくなったというコメントでした」
いわゆる政治離れ、政治に期待しないという気持ちが表れているのが投票率だと両氏は指摘する。過日、東京・立川市選挙区での都議会議員補選は投票率27%。立候補者は3人、都民ファーストと立憲民主党の候補が当選し自民党は91票差で泣いた。
自民党候補の落選には、色々理由があるだろうが、百田氏は自民党支持者が投票に行かなかったからではないかと見る。政治、或いは自民党に期待していないことが無関心につながり、それでもその中で自民党政治が続いてきたことの深刻さを痛感するというのだ。
百田氏が堪忍袋の緒を切らして新党結成に踏み出したきっかけはLGBT理解増進法の成立だった。氏は法案成立を推進した自民党の古屋圭司氏を名指しで批判し、法そのものが「ふざけている」と断じた。
「この法の中心概念はジェンダー・アイデンティティという言葉です。全くの新語。どう訳していいかわからない」
この怒りは実は私も共有する。ジェンダー・アイデンティティを日本語で「性自認」と表現すると、そこからまた別の解釈が生まれて議論があらぬ方向に行きかねないという懸念により、仕方なしにこのカタカナ言葉に落ち着いたというのが経緯だ。
岸田首相と対談
適切な日本語、つまり母国語に訳せない言葉をわが国の法律に書き込んだこと自体がまずおかしい。日本語で表現できないということは、その言葉の意味をきちんと定義できない、つまり理解できていないのだ。それを法の中心概念に据えてしまったのである。
このような法を作ったことの余波が早くも生じている。性同一性障害の女性が、生殖腺の機能をなくす手術を男性に性別変更するための条件のひとつとする現行法は憲法13条違反だと訴えていたケースで、10月11日、静岡家庭裁判所浜松支部で原告の求めどおり、憲法違反の判断が示された。判断理由のひとつに岸田文雄首相がこだわったLGBT理解増進法が挙げられていた。同法はすでに、司法に影響を及ぼしているのである。
「それだけではありません。あの法律には3か所、LGBTについて児童に教育するという旨の記述があります」と、有本氏。
実はこの点は自民党側も問題視し、家庭の同意なしには児童にそういった教育はできないように修正された。それでも不十分だと有本氏らは言う。日本保守党は同法の改正を公約に掲げ、党として十分な力を持った暁には、児童に教育するという箇所を削除し、ジェンダー・アイデンティティという分かりにくい言葉を再度、議論の場に引きずり出したいと語る。
過日、私は岸田氏と対談する機会を得て、LGBT法が日本に必要な理由を未だに理解できない、なぜ立法したのかと尋ねた。岸田氏は多様性が重要だと答えた。多くの日本人はLGBTに関して日本が欧米諸国よりもその種の多様性には寛容であり、LGBT理解増進法は必要がないということを肌感覚で知っている。にもかかわらず、岸田氏は欧米にもないLGBTに特化した法を作った。そのことへの国民の深い懸念と反発の強さを首相は恐らく感じとっていないのである。
今週水曜日、10月25日には最高裁判所がトランスジェンダー問題で、性別変更に性転換手術を要件とする現行法は違憲だとする判断を示す可能性がある。その場合、LGBT法が影響を与えた可能性は否定できないのであり、改めて岸田氏の責任を問いたくなるのは私だけではあるまい。
ところで、日本保守党に河村たかし名古屋市長が合流していたのは意外だった。言論テレビで『月刊Hanada』編集長の花田紀凱氏が言った。
「記者会見で、誰が並んでいるのかと思ったら河村さんだった。ちょっと違和感があった」
河村氏と百田氏らの間には少なからぬ価値観の差があるように見える。リベラルな河村氏はかつて国旗国歌法に反対した。環境主義的な河村氏は原発にも反対である。
党員はすでに5万人
「僕が国旗と君が代に反対するのはおかしいと、懇々と言うたら、河村さんは黙っていた」と百田氏。河村氏はこれから国旗と君が代を大事にするのかと問うたら、「当然ですね」と百田氏は楽観的だった。
エネルギー政策で日本保守党は、原発は絶対に再稼働すべきだが、新規の建設については党としてさらに考えていくとの立場だそうだ。河村氏も今では再稼働に反対しておらず、再生エネルギーにどんどん傾斜していくことの欺瞞性については問題意識を共有しているとのことだった。
河村氏について、2か月近いやり取りの中でわかったことは見かけと違って緻密でしつこいことだったと言うのは有本氏だ。河村氏との組合せに多くの人が驚いたことを、大いに喜んでいたのが百田氏だ。「エンターテインメントでも政治でも、ショックを与えることは非常に重要な要素です」と、ご機嫌だった。
個性の強い三氏が目指すのは誇りある活力に溢れた日本だ。その日本の行く道を決める政治は、日本を愛し、誇りに思い、利他の精神で全力で事に当たる人々が担うのがよいのである。現在のように政治を家業ととらえて二世、三世が政界で幅を利かせるのはおかしい。世襲の政治家たちが余りに多く、新たな有為の人材が政治を志しても中々チャンスがないのは、日本の為にならない。だから日本保守党は政治家の家業化をなくすと公約した。
百田氏らはすぐに議席を取ることよりも党員を増やすことを優先する。党員はすでに5万人を超えた。これら同じ価値観の人々と、風をおこし、世論を変え、政治を動かしていく。公約ではその先に、憲法9条2項の、「国の交戦権は、これを認めない」の削除もある。
日本保守党への支持は一定のペースで伸びていくのではなく、ある時点で急上昇すると予測するのは、饒舌な百田氏だ。この百田新党を、自民党は軽く見てはならないだろう。