「 岸田首相はウクライナ危機に学べ 」
『週刊新潮』 2022年3月17日号
日本ルネッサンス 第991回
プーチン露大統領はウクライナ侵略に関して「目的達成まで攻撃はやめない」と宣言した。「我々は核大国だ」と発言し、プーチン氏のロシアは核の使用も人道に対する罪も厭わないと世界に伝えた。冷戦終焉から約30年、私たちは核を持った狂気の独裁者の恫喝に直面している。
ウクライナ問題は常に日本にひきつけて考えることが大事だ。日・ウ間には多くの共通項があり、後述するように中露両国は実に似た者同士だからだ。
プーチン氏の前に立ちはだかったウクライナ大統領、ゼレンスキー氏は、リーダーのもつべき覚悟を行動で示した。国と運命を共にする姿を通して、彼は一国の指導者へと、確かな変身を遂げた。その中で、しかし、彼はウクライナの国家としての欠陥に苦しんでいる。ソ連が崩壊し、ウクライナが独立したとき、米英露を信じ、当時保有していた核兵器全てを、戦闘機など主要装備と共にロシアに渡した。6割ほど完成していた空母は中国に売却した。
「冷戦終結は平和の訪れだ。軍事力はそれほど必要ないと、ウクライナ人は考えたのです」と日本在住のウクライナ人国際政治学者、グレンコ・アンドリー氏は説明した(「言論テレビ」3月4日)。
平和の時代を確信する余り、軍事大国であり、独裁政治を続けるロシアに隣接しながら、防備を固めず、同盟国も得ずに今日まできたのは、気の毒だが、ウクライナの間違いだ。それでもいま、彼らは気がついているが、岸田文雄首相は気がついていない。大きな違いだ。
プーチン氏はロシア人とウクライナ人は同じ民族だ、両者が融合すればよいと主張する。ロシアがウクライナを呑みこめばよいという意味だが、そのとき当然ウクライナ国も民族も滅ぶ。中国がウイグル人らに中華民族への同化を要求しているのと同じである。
不介入主義
そんな結果は断じて受け入れないという、ゼレンスキー氏とウクライナ国民の命がけの姿が世界の同情と協力を集める。それでも世界はウクライナへの直接軍事介入には踏み切らない。NATO(北大西洋条約機構)はウクライナ上空を飛行禁止空域にもしない。ただ米国を筆頭に旧東欧諸国は武器の供与を急ぐ。エストニアのアマリ基地からは冷戦の産物、旧ソ連時代のウクライナ製で世界最大の輸送機アントノフが銃や爆弾を満載してウクライナに飛んだ。その後アントノフは格納庫ごと破壊された。
戦争開始から1週間、米国とNATOから1万7000基の対戦車砲・ミサイルがポーランド、ルーマニア経由でウクライナに届いた。米サイバー部隊はすでにロシア軍の通信システム破壊に乗り出している。
米国はまた、ポーランドに、彼らの古いミグ-29をウクライナに供与するよう働きかけている。旧ソ連製のミグ-29はウクライナ兵も操縦できるからだ。かわりに米国はポーランドに米国製F-16の提供をもちかけた。ポーランド政府は同計画の存在を否定したが、ブリンケン米国務長官は「非常に前向きに進んでいる」と語っている。交渉は進行中と考えてよいだろう。
しかし、ここにも非情な現実が垣間見える。米国が提示したF-16は台湾に供与予定の分だ。中国に狙われている台湾防御はどうなる。一方、ポーランド政府はロシアの報復を恐れている。非常に複雑な状況下で、各国はプーチン氏に攻撃の口実を与えないよう慎重に支援を続けるが、結局、この戦争を自力で戦い抜かなければならないウクライナの宿命は不変である。
ウクライナなど潰せると考えるプーチン氏は3月6日、「作戦は順調に推移している」とトルコのエルドアン大統領に語った。弱肉強食の原理に立つ点においてはプーチン氏と習近平中国国家主席は同類だ。日本はその二つの国の脅威に直面する、世界で唯一の国ではないか。だからこそ、日本はウクライナよりも安全保障感覚を研ぎ澄ますべきなのだ。
しかし岸田文雄首相は、7日、「非核三原則は国是」と国会で語った。「憲法の平和主義」に浸り、国際社会の現実から目をそらし、ウクライナ支援も最小限だ。岸田政権が1億ドルと防弾チョッキを申し出たのに対し、アンドリー氏は訴えた。
「武器を下さいとは日本に言わない。けれど、車輌をはじめウクライナ人を助ける手立てを、至急供給してほしい」
憲法の平和主義、そこから生まれる不介入主義を盾に、岸田首相は殺されていくウクライナ人にこれ以上何もしないでいるつもりか。
似た者同士
再度強調したい。ウクライナ危機は間違いなく台湾と日本の危機だ。その理由はプーチン、習近平の両首脳は似た者同士だからだと先述した。米紙「ニューヨーク・タイムズ」は、米国政府が行ったプーチン阻止のための中国説得の努力を複数回にわたって報じた。バイデン大統領以下、政府要人らが12回にわたって要請し、最後にはインテリジェンス情報を中国側に提供して、ロシアの軍事侵攻を警告した。NYTはこうした米国政府の姿勢を「中国に懇願した」と報じた。
それでも中国は米国の要請を拒否し、逆にロシア支持と対米非難を強め、2月23日には米国を「ウクライナを巡る緊張を激化させた犯罪者(culprit)」と呼んだ。
プーチン氏と習氏は核で世界を脅す戦略においても、まるで双子だ。中国は核弾頭と核攻撃用の発射装置の増産、設置を急速に進めている。あと8年で核弾頭は1000発になる。そうした中で、中国は「核の先制不使用」戦略も変えた。2013年の国防白書から、「核の先制不使用」の記述が消え、核の先制不使用を担保するために核弾頭とミサイルを別々に保管していたのを、15年以降は変更した。
中国人民解放軍は、敵国が核攻撃を決断したと察知した時点で先制核攻撃に踏み切る「警報即発射」の考え方を採用し、訓練を繰り返す。必要なら先に核攻撃するという考え方において中露は同じ地平に立つ。
13年3月、習氏は国家主席としての初の外遊でロシアを訪れ、プーチン氏にこう語った。
「我々は常に心を開いた仲であり、性格も似ていると感じている。二人は親友だ」
以来両者はこの10年間で37回会談した。北京五輪開幕に先立っての首脳会談では「中露の友情は無限」と謳い上げた。
中露は団結して米国に対峙する構えだ。私たち・西側・世界への挑戦だ。その最前線の厳しい局面にある日本にとって、ウクライナを助けることは日本を守ることにつながるのである。「非核三原則は国是」と言っている場合ではない。ウクライナ支援に知恵を絞れ。日本は日本が守るという原則に立て。