「 日本の強み、不可欠性と産業政策 」
『週刊新潮』 2026年1月1・8日合併号
日本ルネッサンス 第1178回
2026年をわが国は大いなるチャンスの年にしたい。後述するように、国際社会における戦後秩序の書き換えは来年、さらに加速し、諸国は乱気流の中でせめぎ合うことだろう。
中国共産党を率いる習近平国家主席は華夷秩序に基づいた中華世界の構築に全力を挙げ、米国はトランプ大統領の下でアメリカ第一主義貫徹を目指して走り続けるだろう。そうした環境の下でわが国は自らの国柄に磨きをかけ、自立性と不可欠性を高めていくのがよい。
さまざまな思惑を腹におさめて、トランプ氏は明らかな対中接近策に移行中で、氏の戦略が諸国に産業政策の根本的見直しを迫っている。
一例が最先端の半導体をめぐる米中の動きだ。半導体で世界のトップを行くエヌビディアには中国が切望するAI半導体の主力品、ブラックウェルがある。それより一世代前の先端品がH200だ。12月8日、H200の対中輸出をトランプ氏が認めると表明した。
だが米国内には反対論も強く民主、共和両党が輸出阻止のための規制緩和禁止法案を4日、共同提出した。当初、エヌビディアの半導体チップの対中輸出に反対だったトランプ氏を説得したのはエヌビディアの最高経営責任者、ジェンスン・ファン氏である。ファン氏の主張の要点は以下のとおりだ。
エヌビディアのAIチップを中国に輸出することは中国のAI開発者の対米依存を強める。他方米国が輸出規制を続ければ、中国企業は全て自分で製造しようとする。
すると何が起きるか。中国はすでにファーウェイの安価な半導体でディープシークを作った。世界は中国のスピードに、何よりもその製造コストの低さに驚いた。いまやどの国も価格競争では中国に勝てない。世界は中国の安値攻勢に屈服するしかない。
同じことが今回も必ず起きるとファン氏は語っている。中国は更に進化したAIを世界中に輸出し始めるだろう。エヌビディア半導体の対中輸出を止め続ければ敗北するのも、取り残されるのも米国だ、とファン氏は説き続ける。
中国の本性
明らかにトランプ氏はファン氏の主張を受け入れたのである。だから輸出許可に傾いた。トランプ氏の決定には民主党のみならず、共和党内からも、中国の競争力を強化することになるとして反対論が上がっている。反対論者の多くは、中国がAI分野で米国に急速に追いつくことによって安全保障上のリスクが生じることを強く懸念しているのだが、トランプ氏の危機感は薄い。
だが、かわりにトランプ氏らしい仕掛けは見てとれる。それはエヌビディアのAI半導体チップの対中輸出を米国政府の歳入に結びつけたことだ。エヌビディアはH200の対中輸出売上の15%を米国政府に上納するとされている。
トランプ氏の頭の中では中国による中長期的な脅威よりも、眼前の利益が大きな意味を持っているかのようだ。なぜ、そうなるのか。2001年にクリントン政権が中国をWTO(世界貿易機関)に招き入れたことの顛末をおさえておきたい。当時、中国政府を代表して米国に喰い込んだのが首相の朱鎔基氏だった。氏の精神は「韜光養晦(とうこうようかい)」である。中国は米国と対立しない、中国は脆弱で米国を凌駕することなどあり得ないと繰り返し、おまけに、米国の貿易赤字は中国ではなく、日本の所為(せい)だと日米分断を試みた。
そして米国は説得された。中国が米国を脅かすことはなく、むしろ、やがて豊かになれば、中国は米国のような国になりたいと願うはずだと、米国人は幻想を抱き、中国の本性を見ることができなかった。中国はWTOに入り、結果は御覧のとおりだ。WTO加盟で豊かになった中国は米国にとって替って新たな世界秩序をつくろうとしている。
半導体問題に戻れば、そもそも米国の力を借りなくとも、中国がやがて米国に追いつくことは可能であろう。彼らはあらゆる手段を用いるのであり、知的財産の窃盗は彼らの得意とするところだ。知財窃盗は研究開発よりはるかに安価に結果を生み出す。そうした国に技術を輸出することで、中国の対米依存を強めるという戦術が機能すると見るのは楽観的すぎると、私は考えるが、トランプ氏はファン氏の戦術に取り込まれつつある。
そして今、中国はまさに最先端半導体に近づきつつある。彼らがそれを手に入れたとしたら、「中国は技術的、軍事的優位性を加速させ、米国の安全保障を損なうリスクが生ずる」と民主党上院議員、エリザベス・ウォーレン氏は警告した。彼女の警告は恐らく正しい。
この危うい状況の下で、前述したようにトランプ氏はエヌビディアに対中輸出の15%を上納させる条件で輸出規制を緩和した。右の手法を米紙『ウォールストリート・ジャーナル』(WSJ)は国家資本主義だと指摘する。
人間中心の価値観、国柄
WSJの言うトランプ氏の国家資本主義とは何か。資本は企業を動かす。米国経済であるから、当然株式会社が存在し、企業の独立性は保たれ、競争原理も基本的に守られる。それでもトランプ氏は明確な方向性を示して政治的にその向きに企業を動かす、という意味だろう。
トランプ政権の下で政府と特別な関係をもち、膨大な利益を得ている企業として、エヌビディアに加えて製薬企業のファイザーなどの事例をWSJは指摘しているが、まるで中国政府傘下の国有企業の印象だ。平たく言えば国家主導の産業政策が米中双方で進行中なのである。
このような時代をわが国も国家として生き抜いていかなければならない。その為に二つのことを急ぐべきだ。第一は経済、産業政策の再構築だ。自由経済を基調としつつも、政府が明確な産業政策を打ち出すことが求められる。業界をまとめ、各々の産業が強い力を発揮できるように、政策調整し、資本面で助けることだ。高市政権は17分野を優先する計画だが、分野毎にどこを強味にするのがよいか、精緻な戦略が必要だ。
もう一点は不可欠性を強めることだ。わが国をなくてはならない国として確立することである。とりわけ米国との関係において、わが国は単に米国に提供し協力するだけの存在であってはならない。米国がわが国にとって不可欠の国であるように、わが国の対米不可欠性を明確に打ち立てなければ国益は守れない。
わが国には米国にはない優れた技術が多数ある。造船、ステルス性の防衛技術、半導体AIの技術も同様だ。得意分野を最大化し産業を強化し、豊かな経済力で国民の暮らしを安定したものとする。
さらに、米中双方が自国第一主義、華夷秩序確立の自己中心的主張を高く掲げる今、わが国には古来、民を大事にする人間中心の価値観、国柄がある。その素晴らしい特性を世界に訴え、誇りを持ち、新しい年を果敢に乗り越えるのが日本国の道だ。












