「 憲法改正のために自公枢軸体制を見直せ 」
『週刊新潮』 2019年8月1日号
日本ルネッサンス 第862回
日本周辺のあちこちに国際政治上の重要事態が発生し、日本はその危機のひとつひとつに対処することが求められている。脅威はヒタヒタと押し寄せている。にも拘わらず、7月21日の参議院議員選挙は、なんと緊張感を欠いていたことか。
北朝鮮の核・ミサイル問題、隙あらばと中国が狙う尖閣諸島と台湾、わが国の石油タンカーも攻撃されたホルムズ海峡の緊迫、米国は有志連合に日本の参加を打診し、おまけにトランプ米大統領は日米安保条約への疑問を口にする。どれをとっても戦後日本がひたってきた「守られた平和」を脅かす。
誰が日本を守るのか。この根本的な問いについて、本当はいま、日本人全員が考えるときなのだ。参院選の公約の柱に、安倍晋三自民党総裁が憲法改正を掲げたのは当然のことだった。首相の問題提起はこの危機的状況の下では、むしろ、もっと強調されてもよかった。
現実には、しかし、友党の公明党代表、山口那津男氏は「憲法改正の熟度は浅い」と述べて、水を差し続けた。国民は憲法改正を最重要の課題とは考えていないというのだ。国民が考えていないからといって、危機的状況に目を瞑って問題提起しないのであれば、政治家の存在意義など無い。「小さな声に耳を傾ける」と山口氏は選挙中に強調したが、仮に憲法改正論議が熟しておらず、小さな声にとどまっているのなら、「小さな声」に耳を傾けるという公約こそ果たしてほしい。
与党に大きな問題があるのと同様、野党の状況も酷いものだ。全国の1人区で統一候補を立てた立憲民主、国民民主、社民、共産の各党は憲法改正に関して関心の度合いも姿勢も全く異なる。9条擁護の旗を掲げる共産党や社民党から、安倍内閣の下での憲法改正には応じないという立憲民主、議論はすべきだという国民民主まで、この大事な点について、彼らはバラバラだ。
節操のない政治家の姿
国家や政治の根幹にかかわる憲法についてこんなにまとまりきれていない野党の統一候補になった政治家は、いざというときどの政党の政策を掲げるのだろうか。
私たちはこれまでに余りにも多くの節操のない政治家の姿を見てきた。たとえば立憲民主の枝野幸男代表である。集団的自衛権を認め、憲法改正私案まで月刊『文藝春秋』で発表したかと思えば、いつの間にか正反対の主張に大転換する。平成27年の平和安全法制に反対していたのが、平和安全法制を認めるという条件をつけた小池百合子氏に拒絶され、平和安全法制廃止を主張し続ける。
このような変節は国内の観念論の世界では罷り通っても、国際社会の現実の前では通用しない。天安門事件やベルリンの壁の崩壊から始まった平成時代は米国一強の下で世界秩序が保たれ、それゆえに観念論の中で現実に目を瞑り、空想をたくましくして自己満足することも見逃された時代だった。だが、令和のいま、米国は「世界の警察」の役割を返上し、各国に自らの問題は自らが解決すべしと言い始めた。
それだけではない。先述のように、日本の平和の後ろ盾となってきた米国から、トランプ大統領の日米安保条約に関する率直な疑問が伝わってきた。日米安保条約が如何に不公平であるかを、トランプ氏は、6月24日から29日までの1週間足らずの間に、3度も語ったのだ。その中で安保条約破棄についてさえも言及したという。
さらに、中東のホルムズ海峡の航行の安全、オイルタンカーを守るための有志連合結成を米国は呼びかけている。参院選挙が終わった7月22日現在、国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョン・ボルトン氏が日本を訪問し、米国の考え方などを日本側に伝えたはずだ。
今回の有志連合はかつてイラクを爆撃し攻撃した有志連合とは根本的に異なる。海洋の安全と自国のタンカーを守るためだ。日本は石油の約87%を中東に依存しており、その多くがホルムズ海峡を通って運ばれる。日本のタンカー、乗組員を守り、日本経済を守るのは日本国政府の責任である。責任を果たすべく、自衛隊派遣の法整備などを急ぐべきだ。それはできないので他の国々に守ってほしい、とは到底言えない。
このような現実を見れば、いま日本人全員で日本の安全保障の在り方と憲法について考えなければならないはずだ。安倍首相の憲法改正重視は、日本国の安寧と国民の生活を守るためでしかない。にも拘わらず、公明党は乗ってこない。
公明党を動かす鍵
如何にして日本を守るのか。憲法改正と改革をどう進めるのか。安倍自民党は戦略の変更を迫られている。どの新聞も大きく見出しに取ったように自民党は57議席を獲得、14議席の公明党と合わせて与党は71議席を獲得した。非改選と合わせて両党で141、日本維新の会の16を足しても157議席である。全体の245議席の3分の2は164だ。とすれば、少なくとも7議席不足だ。
自民、公明、維新が一致協力して憲法改正に取り組むと仮定しても、数が足りない。それなのに、その苦しい中で公明党の山口氏はどう見ても憲法改正に後ろ向きだ。こうした状況について、「産経新聞」の前政治部長の石橋文登氏が語る。
「改憲勢力イコール自民、公明、維新という数式にもはや縛られるべきではないのです。共産、立憲民主、社民を外してその他の野党との協力態勢で改憲勢力を形成する戦略に切り替えるときです。その方が自公で3分の2を確保するよりも、改憲実現の可能性はあると思います」
自民の113に国民民主の21、維新の16、それに与党系無所属の3を足すと153議席である。国民民主の全員が自民党と協力することはあり得ないために、これは楽観的すぎる数字だ。それでも、このように自民党が軸足を公明党以外に移すことが大事なのだ。公明党だけが組む相手ではないことを、実際の行動で示すことが、結果として公明党を動かす鍵となるだろう。
安倍首相は選挙戦の後、各社のインタビューに応じ、「2020年には憲法改正を成し遂げたい」と答えた。このいつもの決意表明に、日本テレビ解説委員長の粕谷賢之氏が、20年に改正憲法を施行したいという意味かと追加質問した。総理は、「そうです」と回答した。
「産経新聞」政治部長の佐々木美恵氏は22日1面の記事で、21日夕、首相が東京・富ケ谷の私邸で麻生太郎副総理と会談し、「憲法改正をやるつもりだ」と語ったこと、「今後の1年が勝負の年になる」との認識を共有したことを報じている。
国際情勢の厳しさをよくよく実感しているからこその首相の決意であろう。その決意を私は大切に思う。