「 緊迫した状況が生まれている北朝鮮情勢 日米主導の制裁をこのまま続けるべきだ 」
『週刊ダイヤモンド』 2019年4月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1274
2月末のベトナム・ハノイでの米朝首脳会談決裂後、金正恩朝鮮労働党委員長の足下が不穏である。
朝鮮問題の専門家、西岡力氏が3月22日にインターネットの「言論テレビ」で、北朝鮮の平壌を出発した保衛部の幹部5人、部長3人と課長2人が姿を消したと報じた。彼らは3月19日に平壌を出発し、中国との国境に近い新義州で昼食をとり、中朝国境の川、豆満江にかかる橋を渡り中国・丹東に向かった。そこで中国に派遣されている保衛部員らと落ち合い北京に向かうはずだったが、忽然と消えた。
保衛部はナチスの秘密国家警察、ゲシュタポと似た組織で政治警察部隊のことだ。
北朝鮮は直ちに追っ手を出した。保衛部は信用できないとして、軍の工作部隊である偵察総局の精鋭20人を中国に送り込んだ。元韓国公使で「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が指摘した。
「幹部の集団逃走は保衛部解体につながる程の衝撃でしょう。5人は家族を置き去りにして逃げている。家族は間違いなく収容所送りでしょうから、余程切迫した状況だったはずです」
正恩氏は祖父も父もしなかった苛烈な粛清に走っている。叔父の張成沢氏の処刑、母違いの兄、金正男氏の暗殺、自分を守る役割で自分に最も近い保衛司令部、さらに党の組織指導部までをも粛清し始めている。
組織指導部とは正恩氏自身が作った党の中の党だ。重要政策の決定から幹部の人事権、正恩氏に上げる情報の取捨選択まで行う。
5人の逃走から8日、北朝鮮は中国当局にも捜索を依頼し、偵察総局の面々も、ホテルや食堂、民家まで徹底的に捜索しているが、杳として行方が知れない。ここまでは事実で、これから先は西岡、洪両氏の推測である。
3月1日に北朝鮮臨時政府を作ったと「自由朝鮮」と名乗る勢力が宣言した。彼らは2月22日にスペイン・マドリッドの北朝鮮大使館を襲い、コンピュータを持ち去った。米紙「ワシントン・ポスト」が一部始終を詳しく報道した。自由朝鮮は暗殺された正男氏の長男のハンソル氏をマカオから脱出させて保護している勢力だが、マカオ脱出は中国当局の協力なしには不可能だったとされている。
とすれば、保衛部幹部5人が逮捕されていないこととも、中国当局は関係があるのか。洪氏は次のように憂う。
「仮に自由朝鮮がハンソル氏を担いで臨時政府樹立を画策しているのなら、失敗すると思います。それは王朝四代目になり、中国の傀儡ですから」
西岡氏の感想だ。
「もしも自由朝鮮の犯行だとすると、彼らはかなりの組織力を持っている。襲撃事件を起こした、それを米国紙に書かせた、マカオからハンソル氏を救出した。脱北者だけではできないでしょう。米中共に正恩氏の核保有を望んでいないことを考えると、一連の事件に何らかの工作がされた可能性はあると思います」
正恩氏はハノイから戻って、すぐに初級宣伝活動家大会を開き、以下の3方針を打ち出した。(1)米国とは長期戦になる、(2)自給自足を強めよ、(3)指導者(自身)の神格化をするな。
ハノイに出かける前は、党幹部らを前に、対米交渉は順調だ、もうすぐ(日本から)大金をとれる、もう少しの我慢だと言っていたのとは正反対だ。金一家は常に自分たちを神のように崇めよと命じてきた。それがいま、人民は首領を神格化せずに、つまり、首領にたよらず食べていけと言っている。
北朝鮮の国民は1990年代に金正日氏の悪政で300万人が餓死した。彼らは、「今回は黙って死ねない」と誓っている(「自由北朝鮮放送」代表、キム・ソンジン氏)。何があってもおかしくない緊迫した状況が生まれている。日米主導の制裁が功を奏している。