「 法を無視する「力治」思想の国家に対し日本は力なき国である限り苦しい立場だ 」
『週刊ダイヤモンド』 2018年1月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1264
1月14日、河野太郎外相とロシアのラブロフ外相が、安倍・プーチン会談の前座としてモスクワで会った。ラブロフ氏の表情は硬く、視線は険しく、まるで領土返還への日本の期待を憎んでいるかのようだった。
ラブロフ氏は2004年の外相就任以来、河野氏を含め日本の外相11人と協議してきたベテランである。片や河野氏は祖父の一郎が日ソ交渉に携わり、当時の日本の国力の貧弱さ、ソ連に抑留されていた幾万の日本軍兵士の身柄返還のこともあり、ソ連側に事実上屈服した。
「産経新聞」は、今回ラブロフ氏が国境画定問題に入る前に、歴史的経緯や国際法の解釈などあらゆる角度から攻めてきたとして、「日本の北方領土という呼称は受け入れ難い。日本の国内法に北方領土という呼称が規定されている問題をどう解釈していく考えか」と質したと報じた。
安倍晋三首相が1月4日の年頭記者会見で、北方領土交渉に関連して「ロシア人の住民に帰属が変わることを納得、理解してもらうことも必要だ」と述べた件では、駐ロシア日本大使を呼びつけて「日本のシナリオを押しつけようとするもの」だと非難した。
この一方的主張や姿勢こそ日本側は受け入れ難いが、こんな厳しい雰囲気が全てなら、安倍首相とロシアのプーチン大統領が24回も会うことはなかったのではないか。表に出ない部分でより深い相互理解が生まれ、それゆえに交渉は継続されてきたと考えられる。
1月9日に在日米軍司令官、マルティネス氏が「現時点で米軍が(北方領土に)基地を置く計画はない」と発言した。司令官一人の判断でできる発言ではなく、国防総省、ホワイトハウスの了承があったと考えるのが普通だ。つまり、北方領土への米軍の展開に対するロシア側の根強い不安を解消するために、安倍首相がトランプ米大統領にあらかじめ説明し、要請した結果ではないのか。だとすれば、両首脳の話し合いはそこまでは進んでいると見てよいということか。
ロシアは「力治国家」だ。法や道義よりも力を優先させる国、という意味だ。力治国家の実態をわが国はまさに北方領土の不幸な体験で承知しているが、国際社会も同じように実感したのはクリミア半島奪取の時であろう。
小野寺五典前防衛相が1月11日、「プライムニュース」で、ロシアがウクライナからクリミアをどのようにして奪ったかについて、ざっと以下のように語っていた。
14年3月、ウクライナ全土で突然携帯電話がつながらなくなった。次にGPSが狂った。その直後にSNS及びラジオで偽情報が流され始めた。軍を含めてウクライナ全体が右往左往している内に、クリミア半島に知らない集団が入ってきた。気がつくとそれはロシア軍で、あっという間に占領されてしまった。ウクライナ軍は出来得る限りのドローンを飛ばしたが、どんどん落とされた。ドローン積載の爆弾も信管を電磁波で破壊され、どれも全て不発弾になって落とされた、と。
実は小野寺氏は、ロシアが従来のミサイルや砲を前面に出す方法から、サイバー攻撃などを先行させる方法に戦い方を変えたので日本も対応しなければならないという文脈で右のように語ったのだが、このような攻め方はすでにロシアがグルジア(現在はジョージア)に侵攻した08年に実証済みだった。サイバー攻撃で相手の機能を全滅させたうえでロシア軍はグルジアに侵攻し、力任せに奪った。理屈は如何様にもつけられる。
法を無視する力治の思想はロシアだけではない。中国、北朝鮮、韓国も同じだ。領土も拉致も、日本が力なき国にとどまる限り、交渉では非常に苦しい立場にある。日本人はそうしたことを覚悟しなければならない。