「 ユネスコ制度改革への日本の働きかけ 方法正しくても実を結ぶかは不透明だ 」
『週刊ダイヤモンド』 2017年7月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1189
「朝日新聞」が6月24日、「ユネスコ『世界の記憶』 『政治案件』一部除外へ」という記事を報じた。
ユネスコ「世界遺産」の登録小委員会が、拓殖大学客員教授の藤岡信勝氏らが申請した「中国大陸における通州事件とチベット人虐殺」に関する申請は「『世界の記憶』の基準に合致しない」旨、通知してきたという。他方、日中韓の団体が申請した「慰安婦の証言」については、申請者に加わった「女たちの戦争と平和資料館」などに除外の通知は来ていないという。
強い政治的意図が込められた「南京大虐殺の記録」を中国が申請し、日本の反対にもかかわらず、記憶遺産(現・世界の記憶)に登録されたのは2年前だった。
当事国の日本には、中国側の登録内容、その正しさを証明する根拠など、今日に至るまで説明がない。こんな制度は不当だとして、日本政府はユネスコの制度改革を申し入れた。
具体的には、記憶遺産の登録に関しては以下の3点を軸に関係諸国が調整するというものだ。(1)共同申請とする、(2)異なる見解がある場合、当事国間での合意形成を目指す、(3)合意が困難な場合、対話を継続し、登録時期を最大で4年間見送る、である。
これらはいま、ユネスコ制度改革に関する専門家委員会が議論中だ。議論がまだ決着していない中で藤岡氏らの申請に、いわば黄色信号がついたことになる。
麗澤大学客員教授の高橋史朗氏が指摘した。
「中国や韓国が日本のNGOと共同申請した案件は政治的色彩なしとして許容され、藤岡さんたちの申請に注文がつけられるなら、ユネスコは二重基準です」
藤岡氏も語った。
「4月10日にユネスコ側から、特定の政治的主張であれば基準に合致しないとの通知がありましたが、私たちは20世紀の中国大陸における人権問題として登録しようとしています。期限の5月8日までに説明し回答しましたが、まだ返事はありません」
藤岡氏らが取り上げた通州事件とは、昭和12(1937)年に中国河北省通州で発生した日本人257人の虐殺事件である。同事件を機に日本の国民感情が燃え上がり、日中戦争への気運が高まった。
『慟哭の通州 昭和十二年夏の虐殺事件』(飛鳥新社)の著者、加藤康男氏は現場を取材して、南京や盧溝橋など対日歴史戦の遺跡を保存し利用する中国が、通州事件の痕跡だけは完膚なきまでに消し去り続けている事実を指摘し、中国は自国に不都合な歴史をなかったことにしたいと結論づけている。
チベット人など少数民族への弾圧、虐殺に関する物証も、たとえば彼らの家族の歴史の記録を残させないなど、全て消し去りたいのが中国政府だ。チベット人の側から見れば、そうした苦難を生きのびてきた記録こそ、民族の歴史で、人権擁護の観点から、全人類が共有すべき情報だと、なる。
仮りにこのような事実の登録が許されないとしたら、南京事件登録で見られたように、ユネスコは中韓両国の働きかけを受けた、特定国への不条理で政治的な攻撃の場であり続けることになる。そのようなユネスコでよいはずがない。
日本国の課題も明らかだ。2年前に「南京大虐殺」を登録された時点で、次は中韓両国が他のアジア諸国などと図って日本を貶める慰安婦問題登録を仕掛けてくることは明らかだった。
彼らが申請する具体的案件は予想がつかないうえに、ひとつひとつへの反証情報を揃えることは時間的に難しいとの見通しの中で、不公正な審理を防ぐためにユネスコの制度改革に力を注ぐという、日本政府の基本方針が決まった。
私もそれが正しい方法だと思うが、現状を見れば2年間の日本の働きかけが実を結ぶのか、不透明だ。この間の外務省の努力を厳しく検証すべきだ。