「 能天気な国会、これで日本を守れるか 」
『週刊新潮』 2017年3月30日号
日本ルネッサンス 第746回
国会の議論を聞いていると、日本の選良たちには周辺の危機が見えないのかと疑う。朝鮮半島は南北共に尋常ならざる状況にあり、アメリカは北朝鮮政策の根本的見直しを宣言した。切迫したこの危機への対応能力は日本にあるのか。
アメリカのドナルド・トランプ大統領のアジア政策はまだはっきり見えてこないが、国務長官のレックス・ティラーソン氏が語った北朝鮮政策は衝撃的だった。
3月15日に来日した氏は、岸田文雄外相に続いて安倍晋三首相とも会談し、「(北朝鮮の非核化に向けた)米政府の20年間にわたる努力は失敗だった」と断じた。歴代政権の北朝鮮政策を全否定し、異なるアプローチを取るという宣言は劇的な変化につながるはずだが、日本の反応は余りに鈍い。
日本訪問の後に韓国を訪れたティラーソン氏はさらに一歩踏み込んだ。韓国と北朝鮮の軍事境界線、非武装地帯(DMZ)を視察し、記者会見で「(オバマ前大統領の)戦略的忍耐の政策は終わった」と宣言した。
北朝鮮との対話を続けるために、オバマ大統領は中国に頼り続けた。そうすることで平和的手段で北朝鮮の核開発を止めさせられると期待したのであろうが、中国が本気で北朝鮮の核開発を止めようとしたとは思えない。結果、アメリカの北朝鮮政策は悉く失敗して今日に至る。
こうした事態への不満をティラーソン氏は「戦略的忍耐は終わった」と表現し、「北朝鮮が米韓を脅かす行動を取るなら適切な反応をする」と述べて、軍事的手段を取る可能性を示唆した。
中国に対する警告ともとれる発言に、翌日ティラーソン氏を北京に迎えた王毅外相は、「頭を冷やし賢い対応をすることが大事だ」と応じた。
ティラーソン氏は高高度防衛ミサイル(THAAD)の韓国への配備を中国側に説明したというが、中国が反対しても、韓国で政変が起きつつあっても、速やかに配備を進めるアメリカの決意が見えてくる。
国民の命を軽視
「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)紙は早速、対北朝鮮先制攻撃の3パターンを示して分析した。➀ミサイル発射阻止の一撃、➁兵器工場への攻撃、➂アメリカが主導する圧倒的勝利の戦争、だそうだ。
➀は、北朝鮮が移動式ミサイル発射の技術を手にしたいま、技術的に困難だ。3月6日の4発の弾道ミサイル発射は北朝鮮のミサイル技術の進歩を示している。4発をほぼ同時に、日本海の同じ場所に撃ち込んでみせた彼らの技術を過小評価してはならない。また発射台が足場の悪い畑の中に立てられていたこと、発射の時間帯が早朝だったことも注目すべきだ。
このことは、彼らが偵察衛星が探知できない夜間に燃料をミサイルに注入し、どこからでも発射する能力を手にしたことを意味すると、国家基本問題研究所の太田文雄氏は指摘する。
彼らはすでにノドンミサイルを200基、改良型スカッドミサイルを300基、ミサイルに搭載可能な小型の核弾頭も20個保有すると見られる。
さらに懸念すべきは、北朝鮮が保有する2500~5000トンに上るといわれる猛毒のVXガスである。金正恩氏は兄の正男氏をVXガスで、極めて多数の人々が行き交う国際空港で殺害させた。このような人物ならばミサイルに化学兵器を積み込ませることも考えられる。
移動式発射能力を手にした北朝鮮のミサイルを先制攻撃で潰すのは困難だということはすでに指摘したが、ミサイルが発射された場合、それらすべてをミサイル防衛網で撃ち落とせる保証もない。また、撃ち落とすとしても、化学兵器が積まれていて、空中で撃破されれば、幾十万、幾百万人の命が危険に晒される。こうした恐怖のシナリオを、つい、考えてしまう。
➁の兵器工場への攻撃は、サイバーアタックなどとの組み合わせで行われるというが、北朝鮮のサイバー攻撃能力も侮れない。彼らは直ちに反撃を開始するであろうし、全面戦争に発展しかねない。
➂は、イラク戦争のように、アメリカが圧倒的な軍事力で北朝鮮を攻めるというものだが、イラクと北朝鮮の明確な違いは、北朝鮮が核兵器を持ってしまった点にある。北朝鮮の核を、一発でも韓国、日本、或いはアメリカに撃ち込まれたらどうなるのかを考えれば、これまた容易に対北攻撃には踏み切れないだろう。
かつて、石原慎太郎氏は、アメリカは中国との戦争に絶対に勝てまいと明言した。中国は国民の命を軽視し、アメリカはそうではないからだ。北朝鮮も同様であろう。となれば、アメリカの取り得る選択は限られている。
狙いは日本
危機に直面して国家と国民を守る力としての軍事力も、憲法も法律も、日本とは比較にならない程整備されているアメリカでは、政治家もメディアも、北朝鮮の核・ミサイルの脅威に真剣に向き合おうとしている。前述のNYTの記事に見られるように、非現実的な手段も含めて議論されている。
他方、日本は国民や国家を守る力が不十分でありながら、国会もメディアも、そうした危機に真剣に向き合おうとはしていない。
北朝鮮は以前は核の先制不使用を宣言していた。自分たちが核を持つのは、アメリカによる核攻撃を抑止する第2攻撃能力を持つためだという構えだった。
しかし、それがいまや質的変化を遂げている。ミサイル発射時に発表されたのは、在日米軍基地の攻撃を任務とする「戦略軍火星砲兵部隊」が発射作業を手掛けたということだった。彼らはこれを「訓練」として行ったと発表した。狙いは日本なのである。
防衛大学校教授の倉田秀也氏は、金正恩氏が「超精密化・知能化されたロケットを絶えず開発し、質量的に強化する」と述べたことの重要性を指摘(「産経新聞」3月17日)したが、北朝鮮の核・ミサイルの現状は、核先制不使用の枠を超えており、最小限の抑止という目的からもすでに外れている。北朝鮮の核・ミサイル技術は急速に改善され、進歩し、新たな脅威を、他ならぬ日本の私たちに突きつけている。
中国も以前は核の先制不使用を掲げていた。だが2013年の国防白書からその文言が削られて今日に至る。中国は、核心的利益を守るためには軍事力の行使も厭わないことを明確にしている。わが国の尖閣諸島は、まさに中国の主張する核心的利益ではないか。中国、北朝鮮の脅威は高まる一方である。厳しい現実を、どう乗り越えるのか、このことをこそ、国会は最優先で議論せよ。