「 高速道路、相変らずの騙しの術 」
『週刊新潮』'08年2月28日号
日本ルネッサンス 第302回
道路問題についての国会論戦が面白い。2月15日、衆議院予算委員会で民主党の馬淵澄夫議員に質問された冬柴鐵三国土交通大臣が、「私は、人間限界がありますよ」「能力が追いつかないですよ」などと悲鳴に近い答弁を繰り返した。
馬淵氏をはじめ、笠浩史氏ら民主党議員の質疑から、10年間で59兆円を費やす「道路の中期計画」に関して重大なことが判明しつつある。
昨年11月に国土交通省が素案を策定した同計画は、10年間で59兆円、9,342キロの高速道路を完成、さらに1万4,000キロを目指すものだ。
9,342キロまであと1,300キロの高速道路に、建設費だけで12兆円、保全、管理費を入れるとさらに膨らむ額を新たに借り入れ、その後もさらに数十兆円の借金を重ねていくことになっている。高速道路の借金はいまざっと40兆円、果たして返済出来るのか。
それにしても、なぜ、借金を重ねつつ、高速道路を作り続けるのか。たしかに必要な道路もあるだろうが、そのための借金に加えて、59兆円もの税金の投入は妥当なのか。
どこに何キロの道路が必要かを定める道路計画は、道路交通センサスを用いた最新の交通需要推計に基づいて策定される。現在の「中期計画」は99年の交通量調査に基づいて策定されているが、実はもっと新しい、05年の調査資料が存在する。
05年の新資料は、99年のそれとは対照的に、日本の交通量の明確な減少傾向を示していた。99年と05年の資料に基づく計画では、2030年で8.7%、2050年では15.6%もの差が生ずる。
馬淵議員は2月12日の予算委員会で、冬柴国交相に、なぜ新しい調査資料を道路計画に反映させないのかと問うた。そこで判明したのは、冬柴氏が民主党に質問されるまで、この新しい資料の存在について知らなかったことだ。右肩下がりの交通量予測に基づけば、従来の道路需要予測は当然、下方修正されなければならない。工事量の減少を嫌った道路官僚らが、新しい資料を隠したのは明らかだろう。
冬柴答弁に隠れたトリック
3日後の2月15日の予算委員会では、さらに巧妙なトリックが指摘された。40兆円の有利子負債を抱え、故意に古い交通量予測に基づいた道路建設計画を策定し、借金を増やし道路を作り続け、果たして計画どおり、借金の返済は出来るのか。馬淵氏の質問に、冬柴国交相は答えた。
「(平成)18年度、(道路公団民営化で生まれた高速道路会社)6社の合計で(収入は)2兆5,243億円」で、料金収入が借金の返済額を「444億円上回っている」「決して悲観的なものではない」と。
冬柴氏は、40兆円規模の借入れの返済は順調だと強調したのだが、ここには普通の民営企業なら到底考えられない狡猾な仕掛けがあるのだ。
かつての道路公団などは現在6つの道路会社となっているが、その6社の道路資産と債務を引き受け、返済するのが日本高速道路保有・債務返済機構(以下、機構)である。高速道路を作るのは6つの道路会社だが、彼らが作った道路は、完成時点で機構が保有する。道路建設にかかわる全ての借金も、機構が引き受ける。機構が資産も債務も、経営権も全て握るわけだ。道路会社は資産もないかわりに借金を背負わない。彼らは機構から道路をリースして、運用し、料金を徴収して会社の維持管理費用を払う。各会社は利益をあげてはならないとされているため、経営努力をするインセンティブはない。
右の仕組を上下分離方式と言う。上下分離の下で、道路会社は、せっせと道路を作り続ける。採算が合わなくても、道路を完成させた途端に、道路も借金も機構が引き受けるのであるから、全く気にならない。通常の民営企業の事業なら、採算が合わない場合、金融機関は資金を貸さない。しかし、道路会社の背後には機構、つまり、国が控えている。借金を最後に引き受けるのが政府であれば、金融機関は資金を貸す。
こうしていま各地で高速道路の建設が進行中だ。その債務は道路会社の「仕掛かり資産」として処理され、機構の債務には加えられない。会社が高速道路建設を進めれば進めるほど、債務、つまり仕掛かり資産は膨れ上がる。
現在計上されている仕掛かり資産は1兆7,982億円だが、いま工事中の高速道路が完成して機構に引き渡されるまで、それらは、仕掛かり資産ではあっても、機構の債務とは見做されないのだ。
罷り通る詐欺的手法
いま、第二東名の工事が進行中だ。1キロメートル作るのに180億円、通常の3乃至4倍近くのコストがかかっている。まさに金食い虫工事だ。総延長500キロとして、大雑把に言えば全体で9兆円の工事となる。
但し、右の数字はあくまでも大雑把な目安である。道路官僚らが実に巧妙に、非常にわかりにくい方法で工事発注や会計処理を行っているため、第二東名の全容を掴むのは至難の業なのだ。
それを踏まえたうえで敢えて指摘したい点は、第二東名が完成して供用されるとき、それまで仕掛かり資産として計上されてきた金額は、機構の引受債務になるということだ。そのときまで、本当の債務は表面化せず、隠され続けるのだ。
であれば、06年度の収入実績は444億円も返済額を上回った、返済は順調だなどといって安心出来るわけではないのである。
馬淵氏は、「結局は、大規模の道路供用がなされない限り、実態の債務返済が進んでいるかどうかが全く見えない状態になってしまっている」と強調する。
道路官僚らはこの種の胡麻化しを易々とやってのける。なぜ、普通の民営企業では逆立ちしてもあり得ない、このような詐欺的手法が罷り通るのか。なぜ、経営の規律が働かないのか。理由は明らかだ。道路公団民営化のやり方が根本的に間違っていたからだ。
小泉純一郎首相の下で、7人の委員で発足した道路関係四公団民営化推進委員会は、最後には猪瀬直樹氏と大宅映子氏が残るのみとなった。当初改革の旗手と見られていた猪瀬氏は、蓋を開けてみればまさに真の民営化を潰した張本人の一人だった。その間の経緯は『権力の道化』(新潮社、現在『改革の虚像 裏切りの道路公団民営化』として文庫本化)に詳述した。いま、都副知事となっている猪瀬氏らこそが、 上下分離方式の民営化を推進し、高速道路建設を巡る絶望的ともいえる現状を作り出した元凶なのだ。
国民の期待を無残に裏切った偽りの民営化は、いま、少しずつ、しかし、確実に、明らかになりつつある。上下分離方式の民営化の失敗の実態を見据え、真の道路改革のために、再び大いに提言していきたい。