「 『小泉・安倍・福田』3内閣を斬る! 」
『週刊新潮』'08年1 月3日・10日号
[拡大版]日本ルネッサンス 第295回
【新春対談】 櫻井 よしこ vs 高杉 良
櫻井 高杉さんの新著『亡国から再生へ』を拝読して、藤原正彦さんが゛日本は教養主義、教養大国にならなきゃいけない″と書いておられたのを思い出しました。高杉さんも、本質は同じことをおっしゃっている。日本人の美徳、或る意味、比類のない長所が、教養を中心としてみんななくなってしまった。代わりに日本社会を席巻しているのがお金第一主義です。
高杉 拝金主義、市場原理主義が、人の気持ちを痛めました。ホリエモンに象徴されていると思います。
櫻井 ご著書では、小泉内閣で金融政策や民営化などを担当された竹中平蔵さんについて、かなり激しく批判しておられますね。
高杉 ゛竹中さんの分析力はすごい″という人もいますが、僕は違うと思う。ちゃんと検証すれば分かりますが、彼の発言は全部、後出しジャンケンみたいなもの。それに食言も多い。米『ニューズウィーク』誌のインタビューで喋った゛ツー・ビッグ・ツー・フェイル(大き過ぎて潰せない)の考えはとらない″だって、後に国会で゛言ってない″ってシラを切ったでしょう。
櫻井 そうでしたか。
高杉 あの食言で、昭和金融恐慌の引き金を引いた片岡蔵相が想起されると書いた新聞もありました。実際、ものすごく株価が下がりましたからね。最終的には、日経平均が7000円台にまで暴落しました。
櫻井 高杉さんの竹中批判は、事実に基づいているだけに鋭いですね。
高杉 その点は、主張がぶれていません。むしろ、僕の竹中批判に誰か反論してくれないか期待しているんですが、今のところ、本人も含めて誰も言ってきませんね。
櫻井 小泉政権の改革路線は、日本再生のために大層重要だと考えています。一例が郵政改革です。政府は、郵便貯金や簡保などの国民のお金を、かつては財政投融資という形で、国民に説明できないような使い方をしていた。国家として不誠実の極みでした。だからこそ、私は熱烈に改革を支持しました。でも、小泉郵政改革のプロセスと結果を見ると、これはもう詐欺にも等しい。改革とは似て非なるものです。その点を、いまも厳しく批判しています。
高杉 僕は郵便については、必ず失敗すると思ってます。現にそうなってる。現場は相当、荒廃してますよ。郵便事業については、やはり国がやるべきです。ゆうちょ銀行にしてもそう。メガバンクをいくら集めても敵わないすごい巨大なものができちゃって、今後、とくに地方の信金や信組が痛めつけられるでしょう。小泉改革などと持て囃されたけど、改革なんてしてないと思ってます。
櫻井 私も、小泉さんの内政を見るといいところは何もなく、改悪だと思ってます。郵政改革も、本来は郵便には民間参入の議論を尽くすべきだし、郵貯も巨大化したまま民営化するべきではなかった。結局のところ、どれも失敗。その結果何が起きたかというと、地方がどんどん力をなくし、これまでなかったような貧しさが生まれてきた。
高杉 そうなんです。
櫻井 次の安倍政権は、国会を延長して公務員制度改革を通しました。そのことで、安倍さんは中央と地方の官僚すべてを敵に回したと言われています。
高杉 そうでしたね。
櫻井 その結果、何が起きたか。私自身も少しかかわりましたが、あの薬害肝炎訴訟では、安倍さんは、これは政府、厚生行政のミスなんだから和解をしろと、塩崎官房長官に指示した。でも、塩崎さんから厚労省にメッセージを出しても、厚生官僚が頑として言うことを聞かなかったんです。
高杉 総理の言うことを聞かなかった?
櫻井 ええ、信じ難いでしょうが、事実上無視したのです。抵抗したんです。そういう点で、官僚への対し方は小泉さんと安倍さんの大きな違いですね。
<中国に媚びる福田首相>
高杉 小泉さんの次は、福田康夫さんがやるべきだったと思います。安倍さんはその後でよかった。出るタイミングを間違えました。
櫻井 いや、福田さんがやるべきだったという点は、私は強く反対します。
高杉 ほう。どうして?
櫻井 私は、小泉さんは国内政治では貢献度ゼロと思っていますが、外交の面では評価しているんです。それは、日本にとっての脅威である中国への対し方にあります。小泉さんは、靖国問題をひとつの軸として、中国に対して、言うことを聞きませんよと突っ張った。でも、福田政権になって、まったく以前の対中譲歩外交に戻って、日本の国益が何も考えられなくなっています。その点で、私は福田さんは非常に許し難い政治家だと思っているんです。
高杉 逆にね、僕は小泉さんの外交という面での評価はゼロなんです。つまり、アメリカしか見ていなかった。アメリカ化というか、アメリカのメッセージをそのまま鵜呑みに受け入れてきた結果が、今の格差社会に表れています。
櫻井 確かにね、アメリカの年次改革要求の丸呑みをはじめ、小泉さんがアメリカばかりを見ていたために、経済面で日本の惨状が生まれたことは認めます。しかし、安全保障という視点から言うと、今、中国が大変に力をつけている。軍事力を増強しているロシアも、パキスタンもインドも核を持っていて、そして北朝鮮も持っていると言われています。そうした国々に囲まれて、さて日本がどうやってこの国と国民を守っていくのかという視点で考えると、提携すべき相手は、そうした国々と対抗できるアメリカしかないんです。
高杉 ええ、それはおっしゃる通りです。ただ、経済的には結局、日本はアメリカに貢いでいるわけですよ。
櫻井 福田首相の外交の原点は、とどのつまりお父様のいわゆる福田ドクトリン、アジア外交です。全方位外交で、旧社会党みたいなものですよ。非武装中立的で。でも、そんなことが現実の国際社会で成り立つはずはないのです。確かにお父様の福田赳夫さんは、旧大蔵官僚出身として非常に優秀な方という評判で、お金の勘定や金融のことはよくわかっておられたかもしれない。しかし、それだけではないですか。金融、財政などのお金を除いたすべての要素を欠いていたのが、福田元総理だったと思います。
高杉 そりゃまた手厳しい。
櫻井 冷戦時代の70年代末、ソビエトの中距離核ミサイル「SS‐20」が、当時のヨーロッパ、西ドイツなどを睨んで数百基も配備されていた。当時、西ドイツのシュミット首相と福田総理の首脳会談の際、シュミット首相が「SS‐20のことを考えると夜も眠れない。福田総理、あなたは日本の総理としてどう思いますか」って聞いたら、福田さんは「SS‐20って何ですか」って答えたんです。
高杉 知らなかったわけ?
櫻井 そう。「SS‐20」が欧州及び米国への最大の脅威として深刻に論じられていたときに、日本の首相はその件について全く知らなかった。その時の首相秘書官が、今の康夫さんです。結局、親子2代で、ある分野についてはまったくの空白なんですね。本来、一国の総理大臣として押さえておくべき重要問題のひとつが、防衛、安全保障です。その点、今の福田政権の外交基本姿勢も、東アジア共同体構想ですね。確かにアジア外交は重要ですが、その根底にアメリカとの同盟関係があってこそ、たとえば日本は中国と伍していけるということを、福田さんは認識していない。だから、彼の外交、安全保障には非常に不安があります。
高杉 福田さんも、中国に対して媚びているというか、おもねっていると見えなくもないですからね。
櫻井 見えなくもないどころか、まったく媚びています。おもねっています。福田さんがブッシュ大統領と会った時と温家宝首相と会った時の顔は、全然違うじゃないですか。
高杉 違いますか。いや、あんまりよく見ていなかったなあ(笑)。
櫻井 ブッシュさんの時には、ものすごく緊張してる感じでしたけど、温家宝さんの時は、旧知の友に会うような、嬉しい嬉しい、嬉しくてたまらないって顔でしたもの(笑)。みっともないほどでした。
高杉 なるほどね(笑)。
<期待外れと失望感>
櫻井 靖国問題にしても、自分は国に殉じた人々の鎮魂のため、顕彰のために行くんですときちんと言える人でなければ、私は日本国を代表する立場に就く資格はないと思うんです。
高杉 僕は強制もしないけれども、やはりその人の心の問題ですよね。ただ、それを他国に干渉されるのはおかしいと思う。いや、これは別に櫻井さんにおもねっているわけではありません(笑)。
櫻井 私はよくASEAN諸国の大使ともお話ししますけど、みなさん、堂々と行きなさいと言いますね。むしろ、中国、韓国に対してもちゃんとNOと言ってほしいと。我々は中国、韓国、日本それぞれと仲良くしたいのに、日本が両国の風下に立つような環境はよくないと思うって。中国だって、本当に取材すると、中枢部の党関係の人たちは、本音では靖国なんてどうだっていいと思っているのではないですか。
高杉 そうでしょうね。
櫻井 福田さんをはじめ、現政権の中枢部はいま、媚びる人の集団です。二階俊博さん、中川秀直さん、古賀誠さん。みんな゛媚び男″ばかり。そういう人たちが政府、党の中枢を占めているわけですから、福田政権は、中国に対する゛媚び政権″でしかない。
高杉 しかし、福田さんも老練な政治家だと思いますよ。
櫻井 確かに、若い新聞記者たちとのやりとりを聞いても、すごいこともシレッと言いのけますものね。彼の事務所でも経費の領収書問題がありましたけど、福田さんは「いや、そこまではいちいち目が届きません」って、それで切り抜けたわけでしょう。
高杉 そうそう、あれが安倍さんだったら、どうなってましたかね。安倍さんも、最後に病院に入っちゃだめです。
櫻井 その安倍さんについて、高杉さんがご著書の中で、政治家としての生命は潰えたと書かれていましたね。その点についての思いは私も分かります。最初は安倍さんの言葉を額面通りに受け止めて、期待していたのです。戦後体制から脱却しなきゃいけない、戦後、アメリカから押し付けられた価値観から脱して、日本人としての価値観に基づいて判断し、行動すべきだと。でも、いざ総理大臣になられたら、それまでおっしゃっていたことと大きく違うことが多かった。どうしてだろうとずっと思っていて、最後は、期待外れと失望感が強かった。
高杉 結局、参議院選挙も負けましたが、小泉さんの負の遺産ですよ。負けたのは、すべてが安倍さんの責任じゃないと思います。
櫻井 参院選の敗北から、ねじれ現象、大連立の動きが出てきましたね。
高杉 大連立ねえ。あれは、やっぱり読売新聞の渡邉恒雄さんが少し焦ったのかな。言論の人が、それこそ閣僚の配分まで決めちゃうなんて、それはやっぱりおかしなことですよ。
櫻井 私も、渡邉さんはもはや、言論人の範疇を不公正な形で超えたと思います。例えば、中国の『北京週報』というメディアのインタビューに、こんな内容を答えています。゛首相は誰がなろうと、靖国神社には参拝しないと約束しなければならない。もしその約束をしないならば、私は読売一千数万部の力をもってそれを倒す″って。これは、メディアの私物化以外の何物でもなく、メディアの崩壊につながりかねない。そのことを、彼には恥だと思ってほしい。もし、そう感じなければ本当に救い難い。
高杉 メディアとして、本当におかしい。
櫻井 日経新聞もそう。朝日新聞もNHKもね。
高杉 おっしゃるとおりです。検証能力というのか、きちっと勉強していないというか、学んでないです。それに、批判の精神がなくなっちゃってる。
櫻井 本当に酷いことですよね。
高杉 政治家や経済人に取り入るばっかりでね。情報が欲しいから、ただ取り入るだけ。批判精神がなくちゃだめでしょう。
櫻井 とくに高杉さんがご本でも問題になさった小泉・竹中路線も、やっぱり記者が竹中理論なりを相当勉強しないと、政策批判ってできませんものね。
高杉 あの路線の批判を簡単に言えば、デフレ不況下でハードランディングをやった先進国は、日本だけだということです。デフレ対策を何もやらないで金融機関に不良債権処理をやらせたって、また不良債権が増えるだけですから。だから、まずは景気対策をきちっとやれというのが、僕の意見でした。それをやらずにハードランディングを強行したのが小泉・竹中路線です。いわば、アメリカに実験させられたようなものです。それで日本はヘトヘトに疲弊しちゃったでしょう。
<ごまかしの小泉民営化>
櫻井 さきほど小泉改革の郵政民営化失敗の話をしましたが、同じ民営化の失敗ということでは、道路改革も同じなんですよ。
高杉 そうですね。
櫻井 私は、道路公団の民営化に賛成だったんです。経営の規律を持たせるためには民間の手法を取り入れるしかない、失敗したらトップが責任をとって辞めていくというシステムにしないといけないと。
高杉 そりゃそうですよ。
櫻井 ところが、できたものは、民営化とは似ても似つかぬ、官主導の単なる官僚組織の肥大化にすぎなかったわけです。しかも、今ある高速道路の45兆円の借金も、ひとたびゼロ金利政策が転換されれば、返せるどころか膨んでいきかねない。であれば、国民に全部無料で開放した方が物流コストも下がり、全国津々浦々の地域にアクセスしやすくなり、土地も活きてきて、地方自治体の活性化にも繋がるんじゃないか。いま、そういう考えになりかかっています。
高杉 確かに、ひとつのインセンティブにはなるかもしれませんね。僕も民営化に反対ではなかったんですが、今のままでは行き詰ってしまいます。
櫻井 今のは偽物の民営化。
高杉 そうそう。
櫻井 改革のための民営化といって国民を騙したのが、小泉さん、それに猪瀬直樹さん。
高杉 呆れた人たちです。
櫻井 でも、猪瀬さん、東京都の副知事になりましたね。
高杉 あれも驚きましたね。何がって、わざわざ450万円もかけてトイレを作ったって話(笑)。普通の見識があれば、いらないと言うでしょう。あれだけで、もう人間性が分かってしまう。
櫻井 品性が顔に出るとしたら、どうでしょう。あの方はどう見ても、なにか欠けています(笑)。
高杉 ははは、顔は確かに人間性を表わしますからね(笑)。
<総選挙で政界再編か>
櫻井 ご著書では、石原慎太郎さんのことも批判してらっしゃいますね。
高杉 そうです。新銀行東京は論外です。大銀行が貸し渋りをやってるから中小企業に担保なしで貸すというコンセプトですが、資産デフレの中でやっても、不良化して焦げつくことは分かりきってる。それを法人税や都民の税金でやってるわけですからね。それと、ご子息を都の公費で海外出張させた問題ね。あれはだめです。
櫻井 なるほどね。
高杉 ただ、そしたらね、僕が住んでるマンションのバトラー(執事)で中村富三夫さんという人から、「小泉さんの方がもっと悪質じゃないですか。だって、退任間際の卒業旅行に8億円ですよ。どうしてそのことを本に書かなかったんですか」って言われました。いや、正直、失念してました。それで、今日の対談ではぜひ話さなければと思って(笑)。
櫻井 そういう意味では、国民は本当にしっかり見ているということですね。
高杉 そう、政界、官界、財界それぞれのリーダーたちは、常に国民に見られているという意識を持つべきです。リーダー失格という点では、あの村上ファンドに出資していた日銀の福井俊彦総裁も酷い。結局、あれだけ国民から批判を浴びたのに辞めず、のうのうとしている。よく出てこられますよね。
櫻井 逆に、日銀の内規を変えたんですね。
高杉 ええ。自分は総裁就任後にも出資を続けていたのに、ファンドへの出資や株式、債券などの保有や売買も禁じるような内部規定にしたんです。規定を厳しくするのは当然ですが、自分のことは棚に上げているわけですから許せませんよ。
櫻井 たとえが悪いかもしれませんが、違法に騙した後で、自分で法律を変えてしまうようなことですね。
高杉 政界、官界にこういうリーダーしかいないと、ますます難しい時代になる2008年、日本は本当にどうなっていくか心配になりますね。
櫻井 どんな立派な政策を掲げても、それを実行する人間が愚かで自分のことしか考えない人だったら意味がない。
高杉 そういう意味では、福田政権がもつかもたないかということも含めて、やはり早晩、政局は必ずあるんじゃないでしょうか。
櫻井 私は、早く総選挙になってほしいと思います。日本は自民党の福田政権のためにあるわけではないのですから。選挙で自民党が政権を失えばそれもいいと思います。その時は民主党にやらせてみて、その民主党もいま、小沢体制ではてんでばらばらですから。そこからまた分かれていくかもしれませんし……。
高杉 そう、民主党は寄り合い所帯なので、長期的にはもたないでしょうからね。
櫻井 そうなると、自民党の方も福田さんではだめだと思う人たちが……。
高杉 再編成みたいなことがないと機能しない。
櫻井 そう思います。しかも、その日は早い方がいい。福田政権のもとで何の問題も解決できていないんですから、こんなグズグズ状態でいる時間は、短ければ短いほどいいわけですから。早く福田政権が倒れるほうが日本のためだと、私は確信しています。