「 薬害肝炎、福田首相の愛の欠如 」
『週刊新潮』'07年12 月27日号
日本ルネッサンス 第294回
薬害C型肝炎にかかって苦しんでいる患者は圧倒的に女性たちが多い。出産時に非加熱フィブリノゲン製剤を止血剤として投与されたことが原因である。
同製剤の製造元は旧ミドリ十字、薬害エイズをひきおこした非加熱血液製剤の製造元である。薬害肝炎の被害者たちは、旧ミドリ十字を継承した三菱ウェルファーマ(現・田辺三菱製薬)と厚生労働省に全面解決に応ずるよう求めてきた。
一方、大阪高裁が12月13日に示した和解案は、国側の主張に基づいた内容だった。国の主張はすでに出されている東京地裁の判決に基づく。その骨子は次の3点に集約される。
①投与された製剤によって救済患者を選別する。
薬害C型肝炎は現在提訴している204人の内約8割がフィブリノゲン製剤による感染だ。しかし、薬害肝炎は非加熱第9因子製剤によっても引き起こされている。国はフィブリノゲン製剤による感染者のみを救済すると主張し、大阪高裁の和解案は国の主張を反映したものだ。他方、患者原告団は、製剤による線引きは許さない、原因がフィブリノゲンであろうと第9因子であろうと、同様に救済されるべきだと主張する。
和解案の骨子②は、投与時期によって選別する点だ。
原告団は時期は問題ではなく、受け容れ難いとする。
③は、現在提訴していないその他の患者については一括で8億円を支払う、分配は原告団に任せるというものだ。
原告側は①と②の受け容れを拒否するのであるから、③も、当然受け容れられないことになる。
原告患者と国の主張、そして裁判所提示の和解案を較べると、国の主張の責任逃れ、裁判所の国の主張への一方的といってよい偏りが目立つ。対照的に患者側の要望がきわめて自制された常識的なものであることも見てとれる。
薬害エイズと同じ構図
一例が、汚染製剤を使用させた責任を問われる時期の限定である。裁判所は国の責任を87年4月から88年6月のわずか1年3か月に限った。
87年4月はフィブリノゲンの加熱製剤が承認された時だ。88年6月は緊急安全性情報が配布された時だ。加熱製剤が出される前は、非加熱製剤でも仕方がなかった、だから責任は問えないと言いたいのであろう。しかし、それより10年前の77年12月に、米国のFDA(食品医薬品局)は非加熱フィブリノゲン製剤の有効性に疑問ありとして承認を取り消している。にもかかわらず、日本はその同じ製剤の使用を続けたのだ。薬害エイズと同じ構図である。米国で承認が取り消されたり、使用を控えるようにとの情報が出されても、日本では、そうした危険情報はかえりみられず、使い続けられるのだ。
緊急安全性情報を出した88年6月以降も責任はないとしているわけだが、全国約7,000の医療機関に納入されたフィブリノゲン製剤の在庫回収の確認措置はとっていない。一片の情報発表だけで、責任がないと主張するのが国であり、それを是認しているのが、司法なのだ。
薬害患者側は直ちにこの和解案を拒否し、改めて全員一律救済を求め、国民に訴えた。12月17日、東京有楽町マリオン前で全員一律救済への支援の署名を呼びかける原告患者の前に長蛇の列が出来た。20代30代の女性が多く並んだ。
原告弁護団鈴木利廣弁護士は、かつてないほどの高い関心と熱い支持に驚いたと語る。愛する家族をつくり、新しい生命を生み出したときに、止血剤として有効性がないとされた製剤を打たれ、薬害被害者となった母親たちに、同性の支援が集まらないはずがない。それは感情だけの支援ではなく、薬害を繰りかえし引き起こしながら、その非を頑として認めようとしない行政府への真っ当な憤りを伴った支援である。
にもかかわらず、患者の要望する全員一律救済に向けて、福田康夫首相の動きが極めて鈍い。理由は厚労省の官僚たちにある。
驚くべき厚労官僚の罪
12月17日夜、自民党参議院議員、中川正春氏のパーティーで中川秀直元幹事長が驚くべきことを語った。薬害肝炎患者の全員一律救済に踏み切れば〝10兆円かかると役人が言っている〟と発言したのだ。役人とは、無論、厚労省の役人だ。
この他にも、〝2兆円〟との情報が自民党内を駆け巡っている。党副幹事長の萩生田光一氏が語る。
「一体役人たちはどういう根拠でこのような数字を出してくるのか。その根拠も精査せずに、2兆円だ10兆円だという数字を彼らは議員たちに吹き込んで歩く。政治に責任を持とうとすればするほど、財源を心配し、患者たちの全員一律救済に消極的になるのです。しかし、どう考えても役人の言う数字はおかしい。あり得ないであろう数字に寄り切られる形で自民党が患者を救済出来ないとしたら、こんな馬鹿なことはありません」
全国の肝炎患者は350万人規模といわれる。そうした人々全員に補償をしていくことになるとでも考えているのか。だとすれば、それは意図的な歪曲である。なぜなら、原告側の要望は薬害の被害者の救済であるからだ。鈴木弁護士が強調した。
「我々が求めているのはあくまでも薬害被害者の救済です。薬害被害者であることを証明出来る人たちの救済です。企業等の調査でおよそ1万人と推測される被害者がいる一方で、今提訴出来ている人、つまり、薬害であるとの証明が出来ている人は204人にとどまっています。この裁判のあとに提訴する人も当然出てくるはずですが、その人たちは自分が薬害被害者であることを証明しなければならないのです。その難しさを考えるとき、実際に証明出来る患者は1,000人程度にとどまるのではないかとさえ考えています」
福田首相も厚労官僚もこれがどれだけ自制された主張であるかを正しく理解することだ。患者たちは何が何でも、事実も証明も抜きにして救済せよといっているのではない。フィブリノゲン製剤は約7000の医療機関に納入されたが、法で決められたカルテの保存期間は5年。70年代、80年代に投与され感染した患者のカルテは殆ど残されておらず、その分、薬害の証明は難しいのだ。だからこそ、原告患者はいまでも204人なのだ。
萩生田氏は、自民党こそが先頭に立って被害者の一律救済に一日も早く、踏み出すべきだと強調する。
沈黙を続ける福田氏も、しかし、一両日中、つまり20日までにも全員一律救済に踏み切らざるを得ないだろう。支持率急落のいま、国民のさらなる批判は避けたいからだ。それにしても、福田首相に患者を思いやって救済の先手をうつ温かい心が欠けていることを悲しむものである。