「 孤立主義・排外主義が渦巻く米国 どちらが勝っても必要な日本の自助努力 」
『週刊ダイヤモンド』 2016年6月18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1137
米大統領選でヒラリー・クリントン氏が民主党候補に指名されることが確実になった。彼女はガラスの天井を打ち破れるか。
初の女性候補として、共和党のドナルド・トランプ氏と大統領の座を争う彼女への期待も大きいが、クリントン氏にはメール問題など不確定要素があり、結果は予測しにくい。現在、世論調査は微妙な差でクリントン氏有利を伝えており、私は日本の国益上、クリントン氏に勝ってほしいと考えている。
なぜ、クリントン氏の方が米国の大統領としてトランプ氏よりも好ましいのか。少なくとも現時点では、彼女の方が外交および中国の脅威について、よりよく理解しているからだ。
米国では、正式に大統領候補になった人物には、その時点から中央情報局(CIA)が多くの情報を伝え始める。大統領就任までに重要案件について深く理解できるよう、指導者をいわば教育するわけだ。その意味で、トランプ氏がいま無知故の暴言を吐いていても、まともな方向に軌道修正されるという楽観論もある。
しかし、と私は考える。たとえトランプ氏が外交や安全保障についてこれから多くを学んだとしても、またクリントン氏が勝利したとしても、オバマ氏以降の米国外交や安全保障政策に、トランプ氏を支持した人々の熱狂が影響を及ぼさないはずはない。
米国社会の中心軸だった白人アングロサクソン系の人々がいまや少数派になろうとしている。統計上、彼らは2042年には米国総人口の半分以下に減り、ヒスパニック系、アフリカ系、アジア系の人々が過半数を占める。
そうした中で、トランプ氏を強く支持する低学歴、低所得、中年層の白人男性の、現状に対する不安や不満は根強い。彼らのグループでは、同年代のヒスパニック系やアフリカ系アメリカ人に比べて死亡率が上昇しており、理由は貧困、麻薬に由来する健康被害と顕著に多い自殺だとされている。
彼らのアメリカンドリームは失われているのだ。移民に象徴される非白人系人口増加故に自分たちの機会が奪われているという怒りが、トランプ氏の移民・難民に関する暴言を歓迎する感情的土壌となっている。
トランプ氏は4月27日に外交政策を発表、冒頭で「アメリカ第一」を掲げ、米国の同盟諸国の自主防衛努力の不足を厳しく批判した。
NATO(北大西洋条約機構)加盟28カ国中、GDP(国内総生産)の二%を軍事費に充てるという合意を守っているのはたった4カ国にすぎないというわけだ。
氏は、NATO加盟国も日本も韓国も自助努力が足りない、各自もっと負担せよ、さもなければ時代に合わない(obsolete)同盟は見直しだと声を高める。こうした主張も他国のせいで米国が犠牲を強いられていると考える人々の強い共感を呼ぶ要素だ。
著名な政治評論家、クラウトハマー氏はトランプ氏の考えを「孤立主義」だと喝破したが、米国の孤立主義を喜ぶのは中国、ロシア、イスラム国(IS)らである。とりわけ中国はそれを好機として力による膨張を拡大していくだろう。米国の孤立主義は間違いなく、米国の同盟諸国に混乱を引き起こす。誰も幸せにしない。
だが、「アメリカ第一」を標榜する人々は、孤立主義・排外主義的だとの批判や恨み言は各国の問題で、米国の問題ではないと考える。
そんな米国人が恐らく幾千万人も存在する。だからこそ、クリントン大統領が誕生しても、米国の同盟諸国、とりわけ日本は従来以上の自助努力をしなければ、日本に必須の日米同盟もうまくいかなくなると思う。
(先週の記事で「戦後歴代のどの大統領に比べても、オバマ氏の核弾頭削減数は少なかった」は、正しくは「冷戦後……」でした。訂正致します)