「 チベット弾圧しながら海外仏教徒は歓待 仏教を共産党のためだけに使う中国の狡猾 」
『週刊ダイヤモンド』 2016年1月23日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1117
チベット亡命政府首相、ロブサン・センゲ氏の話は思いがけない内容だった。チベット、つまり、中国に併合され土地も資源も奪われて今日に至るチベット自治区では、漢民族に破壊された寺院の修復が進みチベット仏教が静かに着実に復活しつつあるというのだ。センゲ氏は1月9日から13日まで、首相として2度目の訪日を果たしたが、状況の苦しさとは対照的に意気盛んだった。
「年間、2000人から3000人のチベット人が中国から私たちのいる北部インド、ダラムサラの亡命政府の下に逃れてきます。僧、尼僧、一般のチベット人など様々です。私たちは彼らを迎え、僧にはチベット仏教をより深く教え、世俗の人々にも同様にチベットの文化、伝統、価値観を教えます。彼らはダラムサラでチベット人であることの意味を深く体得すると思います。こうしてチベット人の自覚を深めた彼らがまた中国に戻っているのです」
なぜ戻るのか。逮捕されれば長い長い拷問の日々、苦しみ、最悪の場合、死が待ち受ける。センゲ氏が答えた。
「漢民族はチベット仏教の寺院の95%、6000余りを破壊し尽くしました。残された寺院は毛沢東語録の学びの場とされ、監視カメラが設置されています。漢人がチベット人の心の支えであるチベット仏教を破壊しようとしている現状に立ち向かうために、ダラムサラから中国に戻ったチベット人は寺の再建に取り組むのです」
センゲ氏はこれまでに僧、尼僧3万人、一般のチベット人も合わせると9万人が中国に戻ったと語る。だが、このことを国際社会に発信して中国共産党が知れば、ただでさえ苛酷なチベット人の状況はさらに悪化するのではないか。私の懸念に氏はこう応じた。
「すでに漢民族・共産党政権はこれ以上ないほどの非人間的な弾圧をしています。あらゆる手段で彼らは私たちを苦しめ、死に追い込んでいます。それでも私たちは平和的反撃を続けています。チベット人は絶対に諦めません」
北京五輪の開かれた2008年、チベット全土で若者たちが一斉に抗議運動に立ち上がった。それから足かけ9年、彼らはあらゆる弾圧に耐え、諦めることなく今日も闘い続けている。
「チベットの若者の精神的基盤はしっかりしています。立派な若者が多く育っています。チベット仏教の歴史は2500年、中国共産党はわずか100年です。私たちはこれからさらに2500年続き、必ず共産党に勝利します」
チベット人がチベット人として生きることのできる日が来るまでチベットを応援したいと私は切望する。その一方、中国共産党を侮ってはならないとも実感する。中国は仏教の力を十分に理解し、どの国よりも巧みに政治利用してきた。センゲ氏の警告である。
「中国は『世界仏教徒連盟』(The World Fellowship of Buddhists)を長年中国の影響力増大に利用してきました。有力な僧たちを中国に招き、歓待し、親中派に育てるのです。僧たちは母国でいざというときに影響力を発揮します。そのような国が約50もあります」
国内では仏教徒のチベット人を殺害、弾圧しながら海外の仏教徒を歓待して手なずける。道義的には最低だが、政治戦略としての効果は絶大だ。仏教国のインドや日本が仏教の力にあまり刮目しない中で、宗教を認めない共産主義中国は仏教の利用に余念がない。
センゲ氏の問題提起もあり、日印両国もようやく3年前から「国際仏教会議」を開催。仏教再興を目指し、仏教圏諸国の関係を深める試みを始めた。どちらが真の仏教信奉国か、仏教を真に人類の幸福につなげることのできるのは中国共産党か、日印両国か、私たちは明確に示さなければならない局面にある。それにしても中国の致命的欠陥は、その優れた戦略観を共産党の幸福のためだけに使うことではある。