「 中台首脳会談の開催を突然発表 後がない馬台湾総統に漂う危うさ 」
『週刊ダイヤモンド』 2015年11月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1108
「馬英九氏が何をしでかすか分からない」。台湾の李登輝元総統は9月18日、台北の自宅でこう語った。台湾安全保障協会主催の「両岸関係とアジア太平洋地域国際平和セミナー」で講演するために台湾を訪れたときのことだ。
李元総統は、あらかた国民の支持を失ったといってよい馬総統と国民党が、来年1月16日の総統選挙で台湾人の政党である民主進歩党の蔡英文氏に敗れ、政権を手放すのはほぼ確実だとみられている中、残された半年の任期中に、中国との統一に向けてとんでもないことをしでかす危険性があると懸念していた。
「何をしでかすか分からない」とは、一体どんなことが考えられるか、と尋ねると、李元総統はこう明言した。
「馬氏が中国との間で、和平協定を強引に締結するかもしれません。それをやられたら、蔡氏は身動きが取れなくなってしまうので警戒が必要です」
もともと中国人意識が強く、中台統一を目指していると思われる馬総統だからこそ、台湾を中国の一部と位置付ける合意さえしかねない。国民党が政権を失いそうな状況だからこそ、台湾人の現状維持の気持ちも無視して強引にやりかねないと李元総統は危惧するのだ。
ところが11月3日、ニュースが飛び込んできた。馬総統が中国の習近平国家主席とシンガポールで会談すると台湾総統府が発表した。翌日、中国も同様の発表をした。両首脳は互いに「自分の国が中国を代表する」という立場を貫くために、互いを「主席」「総統」という肩書ではなく「先生」(日本語の「さん」に相当)と呼び合うことにもなったという。
李元総統は、中国は蔡氏の当選と台湾の独立志向を強く恐れており、中国寄りの馬総統在任中に、台湾を縛り付ける仕組みをつくり上げたいと考えていると語ったが、その読みの正しさを今回の突然の首脳会談発表に感じてしまう。
中国は来年の台湾総統選挙に関して国民党に事実上の肩入れをするつもりであろう。台湾政治に介入する中国の試みは1996年、李元総統が総統選挙に立候補したとき強硬な形で実現した。李元総統が語る。
「中国は台湾を武力で脅せると考えていたのです。96年の総統選挙のときも、その前年の米国訪問で私が母校のコーネル大学で講演したときも、中国は軍事演習と称して台湾近海にミサイルを撃ち込みました」
だが、中国の脅しは台湾人の反感を買い、結果、李元総統への支援は逆に高まった。以来中国は台湾にソフト路線で臨み、経済でからめ捕る戦術に切り替えた。戦術は成功し、台湾の対中経済依存は危険なほど高まっている。
今回の両首脳会談は中国側の働き掛けだった。中台首脳が親しげに会談する様子を大々的に宣伝すれば、中国と良い関係を結び安定した中台関係を確立、維持できるのは、民進党ではなく国民党であると示すことになり、蔡氏有利の総統選挙の流れを逆転させ得ると、彼らは考えているのであろう。
民進党が強く反発したように、政権末期の、しかも支持率が低水準に落ちた馬総統が、首脳会談を行って台湾の運命に大きな影響を与えるような言動をしてはならないというのが大方の台湾人の気持ちであろう。首脳会談という平和攻勢であっても台湾の民意を左右しようという中国のよこしまな試みは、かつてのミサイル攻勢同様に、失敗するのではないか。だが、李元総統はこう語る。
「9月に行われた(中国の)軍事パレードを見ていると、再び中国がミサイルで威嚇する可能性も考えられます」
南シナ海での強硬姿勢を決してやめない中国である。最悪の場合、軍事力の行使も想定し、中国の暴走を許さない備えを忘れてはならない。