「 南シナ海めぐり米中が対立でも依然残る人工島基地化の恐れ 」
『週刊ダイヤモンド』 2015年11月7日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1107
アシュトン・カーター米国防長官の警告から半年、オバマ大統領がようやく決断した。
カーター長官が、南シナ海で中国が築いた人工島を認めず、島の12カイリ内に米艦船と航空機を進入させる件についての検討を命じたと、米「ウォールストリート・ジャーナル」(WSJ)紙で報じられたのが今年5月13日だ。
イージス駆逐艦「ラッセン」が遅まきながら10月26日、スプラトリー諸島のスービ礁12カイリ内を航行したが、問題はこれから先どうなるかだ。米艦は数週間以上、「航行の自由作戦」を行うと発表された。で、米艦が去った後に、何が残るのか。
南シナ海の状況変化を占うのが、中国の反応の変化である。10月9日に、英「フィナンシャル・タイムズ」(FT)紙が米高官のリークとして、ホワイトハウスが12カイリ内への米艦派遣を決定したと報じた。すると中国外務省は、「いかなる国でも、南沙の中国の領海・領空の侵犯を絶対に許さない」と強硬に反対した。
4日後の13日に、今度はWSJが「12カイリ内進入の決定は(9月25日の)米中首脳会談の前に決定していた」と報じた。中国外務省は「島や岩礁での建設は民事上のニーズに奉仕するものだ。一部に軍事施設が含まれる」と発表した。「絶対に許さない」という発言から、明らかに後退した。
さらに4日後の17日、人民解放軍制服組トップ、范長龍中央軍事委員会副主席が「中国は軍事大国ではあるが、軽率に武力に訴えることはしない」と語った。
オバマ大統領の意志が固いとみた中国が、米国との衝突回避へと素早くかじを切った。中国はいまはまだ米軍に勝利できない。勝てる見込みのない無益な衝突は「絶対に」避けるのが孫子の兵法である。現に、ラッセンを監視する中国艦は十分な距離を置いて追尾している。中国が孫子の兵法を踏まえて賢く対応するとしたら、緊張を高める無謀な軍事行動には出ないであろう。
そのときに米国側にどんな反応が生ずるだろうか。ジョン・マケイン上院議員はオバマ大統領の決断を歓迎しながらも「遅過ぎた」との声明を発表し、今後、米国は南シナ海での活動を数週間、数カ月単位で継続し、米軍の日常作戦の一部にすべきだと主張した。
オバマ政権も「数週間」巡視活動を続けるという立場だ。だが、その先は保証されていない。米国の巡視活動の長短にかかわらず、明確なのは中国の人工島がそのまま残るということだ。
人工島をどうするのか。中国から召し上げて、もともとの領有権を主張するベトナム、フィリピンなどに戻すのか。島々の領有権問題には立ち入らない米国の方針からみて、それはあり得ない。南シナ海沿岸諸国には島々にしても中国から奪い返す力はない。つまり、中国が築いた島々は、米国が監視活動に疲れて視線をそらすとき、中国の強固な海洋基地になってしまいかねない。
少しずつ、切り取る。相手が怒れば1歩後退し、油断すれば2歩も3歩も出る。相手が反撃してこないとみれば一挙に攻める。こうして膨張し続けるのが中国だ。
その中国に米国は、南シナ海に展開しながらも、配慮を欠かさない。ベトナムなどが領有権を主張する島々の領海にも艦船を入れて、中国だけが標的ではないとの姿勢を示している。
中国は米国を打ち負かす十分な力を手に入れるまでは、膨大な額の投資や買い付けを実施して、注意深く、米国を手なずけようとするだろう。しかし、中国の覇権確立という最終目標は不変であろう。
眼前の現象は紛れもなく日本の未来を脅かす2つの陣営の戦いだ。国際秩序を守る勢力vs秩序の変更を追求する勢力、日米vs中露の戦いだ。その認識が日本にはあるだろうか。