【特別対談】福田和也vs櫻井よしこ 「 『安倍総理大臣の120日間』を採点する(内政編) 」
『週刊新潮』 2007年2月8日号
日本ルネッサンス 第250回
【特別対談】福田和也vs櫻井よしこ 「 『安倍総理大臣の120日間』を採点する(内政編) 」
櫻井よしこ まず、小泉純一郎前総理と安倍総理を較べてみると、やはり安倍さんは政治家の名門に育った、守られた人だと思うんですね。小泉さんも三世議員ではあるけれど「一匹狼」で権太坊主だった(笑)。群れないし自分の考えを押し通す。それが政治の場では強さにつながった。安倍さんは、人間としては愛すべき人でしょうが、逆にそれが政治家としての弱さにつながりかねない。
幹事長人事を見ると、小泉さんが任命したのは、偉大なるイエスマンと自称する武部勤さん。一方の中川秀直さんは、安倍さんより「自分が先」の人なんですね。彼は本当のワルだと感じる。安倍さんは本当のワルを使いこなすほどのワルでは到底あり得ない。残念ながら中川氏は安倍政権の大きなマイナス要素になり続けると思います。
福田和也 岸信介の評伝を書いていることもあって、孫である安倍さんの中に「岸的なもの」がどれほどあるか、ずっと興味を持ってきました。戦後の総理のなかでも岸は傑出した人だと思います。高度成長の立役者は池田勇人ではなくて岸だったというのが定説になりつつあるし、日米安保改定、社会保険の制度化も岸内閣の仕事です。同時に反共・日米同盟堅持というポリシーをはっきり提示した。安倍さんは、岸の信条を受け継ぐ若手政治家として、登場してきました。特に日米関係、共和党右派との密接な関係は、岸の遺産ですよね。これは有名な話ですが、昭和三十二年、訪米した岸がアイゼンハワー大統領とゴルフをした時、一緒に回ったのが現大統領の祖父プレスコット・ブッシュでした。この時の写真が安倍家の暖炉に飾ってあるという。
櫻井 安倍さんがAPEC首脳会議でブッシュ大統領と初めて会談した時、その写真を贈ったんでしたね。
福田 岸は戦犯容疑で巣鴨プリズンに入っていますが、戦前から「闘う人」ですよね。第二次近衛内閣で小林一三商工大臣と喧嘩し次官を辞めさせられたが、すぐに逆襲して大臣の首を飛ばしたりしている。そういう「腹」が、安倍さんにいかほどあるのか。小泉さんは三世ではあるが、亡父の地盤を継いだ最初の選挙に落ち、福田赳夫の秘書から始めた。「他人の飯」を食っているわけですね。安倍さんは、本質的に他人の飯を食べたことがない人。祖父・父から相続した人間関係を全部捨てても我が道を行く、という迫力は見えない。冗談では、安倍さんも巣鴨プリズンに四年ぐらい入ると良くなるのに、と云っているんですが。
櫻井 岸信介に関して私が衝撃を受けたのは、安倍さんが、開戦の詔に署名した岸の責任を認めた国会答弁です。あれは天皇の決断ですから反対などできなかった。甚大な被害を出したのだから結果責任だ、という言い方ではありましたけれども、祖父の責任を認めてしまったことに非常にがっかりした。もしも、それが安倍さんの「大戦略」であって、将来日本のためになるというのなら、凄い政治家と言うべきですが。
福田 『フォーサイト』十二月号に「『豹変の名手』になった安倍首相」という記事がありました。要するに、参院選を乗り切るべく従来のタカ派のイメージと違うことを大胆にやって見せる老獪さを指摘した内容です。それも一つの見方かなという気はしたのですね。ただ、総裁就任の二日後に池田大作名誉会長と会談するという創価学会への接近もそうですが、きちんとした戦略目標があって妥協するのならいいが、今の印象だとジリジリと自分で土俵際に寄ってしまった感を持たざるを得ませんね。
櫻井 その豹変ぶりが国民にどう見えているかについて、安倍さんは読み違えていたと思うんです。支持率低下の原因は、安倍政権の「実績」よりも、むしろ「イメージ」に対する評価でしょう。なぜなら、彼が今までしてきたことを一つ一つ法案で見ると、高く評価すべきなのです。
福田 はい。成果は積み重ねています。
櫻井 教育基本法の改正をなし遂げた。防衛庁が防衛省になった。国民投票法案は今国会で成立させる構えで、年頭の会見では、岸、中曽根康弘氏らに続いて憲法改正を掲げた戦後四人目の宰相です。いずれも歴史に残る偉業です。けれども、官邸が実績をきちんと宣伝せず、むしろ首相の優柔不断な印象にばかり光が当たっている。
メディア戦略の「不在」
福田 その手法を評価はしませんが、小泉政権はマスメディアの要求に応える形で、田中真紀子さんからゆかりタン(佐藤ゆかり議員)まで、売り物を切れ間なく出してきた。テレビが、小泉時代は番組作りが楽だったと言います。小泉さんにマスメディアは乗せられ、堕落させられた。
同じことを安倍さんにはしてほしくないけれども、同時に、あまりにもメディア戦略が不在だと感じますね。「首相動静」を見ると朝毎読の論説委員と食事するのが安倍さんのメディア対応なんですが、これはナンセンス。それよりもスポーツ新聞の記者とかテレビキャスターに、いかに自分を売り込むかを考えるべきなのです。櫻井さんがおっしゃった通り、自分の業績と政治目標をアピールするスタッフを持たずに船出してしまったのはちょっと迂闊だった。
櫻井 これは広報担当補佐官の世耕弘成さんの問題にとどまらない。
福田 世耕さんも国会議員だから、自分の生き残りを優先します。やはり自前の広報が要ると思いますね。
櫻井 この前、中国残留孤児の人たちが、日本に戻る機会が遅すぎた、戻ったら戻ったで生活が成り立たないので補償してほしいと政府を訴えましたね。以前、中国残留孤児の肉親探しを取材したことがありますが、代々木オリンピックセンターで一日中、パイプ椅子に座って訪ねてくる人を待つんです。用意された食事も冷たいお弁当。戦争で家族と引き裂かれた国民に対して、これはない。ひどい扱いでした。安倍さんが戦後体制からの脱却を掲げるのであれば、今回の裁判に関しても、安倍さん自らが「みんな大事な日本国民です」とアピールし、手厚い支援体制を組ませれば、どれ程よいことか。
福田 ドミニカ移民の問題もそうですが、総理の人間性や信条をアピールするチャンスはたくさんあるはずなのに、全く利用していないですよね。奥さんと手をつなぐ映像ばかりで……まあ、仲が良いのは結構ですけれども。云ってみれば、感度の低さ。反応の鈍さ。自分は恵まれてないと感じている国民が大勢いる時に、六本木ヒルズの豪華ホテルに泊まって『犬神家の一族』を見てお正月を過ごすというのはね。
総理を「否定」する閣僚
櫻井 小泉さんだって、自信がないこともあったはずですね。郵政解散選挙に打って出た時も、当初の目標議席は現有議席を下回っていた。つまり、大勝する自信はなかったのでしょう。それでも飛び込んでみる度胸と蛮勇があった。安倍さんにはそれが感じられない。創価学会の名が出ましたが、小泉さんも明らかに池田大作氏との関係を保っていたはず。でも安倍さんの場合は、会った途端に情報が出てしまう。相手方のリークでしょうが、それを許す甘さを感じます。
福田 その差は、小泉さんが創価学会に怖がられていたということだと思うんです。安倍さんは、明らかに舐められている。総理というのは一番大きい権力を持つ人ですから、良く言えば威厳、悪く言えば恐怖とか脅迫的なオーラがあるはずなのに、中川幹事長はじめ政権内部でも感じてない気がするんですね。
櫻井 感じていたら、郵政造反組の復党は、ああいう形にはならなかったと思う。あれは安倍流ではなくて、中川秀直氏のやり方ですね。陰湿で個人的怨念にまみれ、相手に恥辱を与える。安倍内閣のイメージを悪くするのが分かっていながら止められなかった。安倍外交否定の発言を続ける久間防衛大臣にしても同じ。畏怖されないゆえんですね。
福田 岸信介もそうですが、権力の恐ろしさを担うというのは、刀を抜いて振ってみることでしょう。安倍さんは、まだそれはなさっていませんね。
櫻井 安倍さんと戦後日本のイメージが、ダブって仕方ない。アメリカに守られ、六〇年代以降の高度成長をなし遂げた日本は、国連や世界経済に貢献し技術面でも牽引車になってきた。しかし、発言する勇気がない。政治的意思を掲げることができない。そのため、功績を認めてもらえない。戦後体制からの脱却で安倍総理がしようとしていることは、かつてはなし得なかった日本の政治的意思の発揮で、きちんと評価されないのは気の毒だと思う。
福田 朝鮮有事などを任せることができる総理なのか、という視点も必要です。朝鮮半島だけでなく台湾も含め、極めて高い確率で未曾有の事態が起きる可能性がある。そのための準備を、防衛省などが進めているわけですが、安倍さんは「その時」にリーダーとして通用するのか。
櫻井 その指標の一つが、人事ですね。防衛大臣や安全保障担当の責任者をだれにするのか。これについては大いに疑問があります。安全保障面で日本に今問われているのは憲法九条改正、その前の現実的な段階としては集団的自衛権の行使があるわけです。この二つに先述のように防衛大臣が異を唱える。小泉さんだったら即、首を切ります。
福田 イラク問題もですね。
櫻井 そうです。イラクも、MD(ミサイル・ディフェンス)構想も。人間の選び方が甘かった。明らかに戦略不足だった。
福田 人事は、本当に甘い。「補佐官」制度というものが出てきた時、官僚でなく官邸中心でやる気なのか、それなら結構と、好意的に見ていたのですが、補佐官も今のところ機能していません。
櫻井 教育では首相補佐官の山谷えり子さんが頑張って、今回の教育再生会議の第一次報告は、非常に良いものになりましたね。「ゆとり教育」の見直しを、今回はっきりと打ち出したわけです。教育基本法改正と同じ方向で、教育再生会議も進んでいます。
福田 でも、安全保障担当の小池百合子補佐官は、名前だけという感じがしてしまう。安倍さんが一番やりたかった分野のはずなのに。
櫻井 日本版国家安全保障会議(NSC)を見据えた「国家安全保障に関する官邸機能強化会議」のメンバーは総勢十四名、塩川正十郎さんなどいろんな方が入っていますね。塩川さんが悪いというのでなく本当は四、五人ぐらいでがっちり固めたいところです。
福田 そういう意味では、もう一回人事をやるチャンスがあると良くなるのかなという気もするんですが、そうなると全てが参院選の話になってしまう。
櫻井 参議院選挙までは大きな軋轢を生む問題提起は控えよう、では国民の目にはマイナスに映る。じゃあ、今のあなたは偽りのあなたで、参院選後に本当のあなたになるんですか、と言われてしまいますね。
福田 何か一つだけわかりやすく筋を通すものがあればいいんですよ。小泉さんの場合、「靖国参拝」という旗を持って放さなかった。安倍さんの場合、だれにでも見える旗というものがないんですね。それがあれば、参院選のために多少妥協しても大丈夫だと思うのですが。
櫻井 でもね、この前の沖縄県知事選の直前、安倍さんが教育基本法を通しましたね。あれは、すごく良い判断だったと思うんです。周りが選挙への悪影響を懸念したのを、安倍さんがやると言ったわけでしょう。そういう本来の安倍さんのカラーを、もっとお出しになったらいい。
福田 小泉さんは、対財務省・対自民党という二正面作戦は絶対しなかった。喧嘩を知っているんですね。ところが、安倍さんは、準備ができていないのに平気で二正面作戦に突入してしまう。こういう危ないことをするのに必要なスタッフというか、守ってくれる人材がいない。本間税制調査会長の問題をみても、安倍さんが頼みとしていた官房長官ほかの人々が、思ったより役に立たなかったという印象を受けます。
ぜひスピーチライターを
櫻井 官僚の間では、安倍政権を潰そうというモチベーションが強いですね。官僚こそが一番の抵抗勢力で、安倍政権を亡きものにしようとしている、そのことを安倍さんは国民にはっきり伝えるべきだと思うんですね。私の力も足りないけれども、国民もしっかり目を開いて見てくださいと。
福田 多分、闘っているんでしょうけれども、国民からはファイティングポーズが全く見えない。特に言葉遣いが、闘う人の言葉に聞こえないのですね。
櫻井 安倍さんの話は非常に長くてわかりにくいです。例えば慰安婦問題について「狭義の強制性を裏づける証拠はなかった」と説明するのに、一行三十字ぐらいで十七行。
福田 長いですね。
櫻井 かつて中曽根総理は、浅利慶太さんからテレビでは十五秒以内で話すようにとアドバイスされ、一生懸命練習したそうです。安倍さんも一番大事なことだけを言って、後は余韻を残すくらいでいいと思うんですが、全部説明しようとする。数学でいえば代数の数学なんですね。
福田 政権発足の頃、スピーチライターを雇う話があって期待していたんです。スピーチライターの効用というのは、例の「悪の枢軸」のように分かりやすく誰の耳にも届く言葉を書くこと。安倍さんの演説は向上はしていると思うんですが、まだ小泉的「決め台詞」はないですよね。それだけでも誰か考えてあげたら。
櫻井 中身が伝わってこない横文字も多い。「ホワイトカラーエグゼンプション」なんてその最たるものですが、実はあの法案をよくよく読んでみると必ずしも悪い法案ではないんです。ところが、残業代を払わないという悪いイメージしか浮かばない。非常に説明がまずいわけです。私が総理だったら、これ是非やりましょう、なぜならばパートのお給料は高くなりますよ、残業代は払わないから夫は早く家に帰る、そのかわり千六百万人の専業主婦のうち四人に一人がパートに出れば市場に四百万人の労働力が供給され、少子高齢化や労働人口減少の弱点がカバーされ、その分、家計収入も税収も増えます、女性の能力も活用されますよと、説明しますね。安倍政権の場合、話が単線なんです。これとこれを混ぜ合わせて、こうするのはどうですかと複線にしたらいいのに。
福田 名古屋外国語大学の高瀬淳一さんは、これまで政治は利益の分配だったが、これからは不利益の分配になる、国民の負担が増える時には政治家はコミュニケーション能力を高めなければならないと論じています。安倍さんの場合、政策は立派なんだけれども、それを国民に納得させる手続というか、コミュニケーションが足りないですね。
アーミテージに学ぶこと
櫻井 昭恵夫人と安倍さんを取り巻く人たちを見ると、安倍夫妻の交遊は、社会の上のほうの恵まれた人たちが多いのかしら。安倍さんって、社会の底辺の人たちと殆んど接点がない暮らしをしてきたのかなと感じる人もいるでしょうね。
福田 例えば、先日、日本育ちのイランの子どもを送還するという話がありましたね。イランとの国交は、実はお父さんの安倍晋太郎さんが力を入れたことで、エネルギー外交のためにイラン人のノービザ入国になっていった。それで上野の山に怪しげな人々が増えちゃったわけですが。お父さんの政策で日本に住んでいる、日本語しかできない子どもを原理主義国家のイランに戻すという時に、本当は安倍さんの「出番」があると思うんですね。仲のいいアーミテージ元国務副長官はパイロットとしてベトナム戦争に行き、後にベトナム人の孤児を引き取っていますよね。
櫻井 黒人の孤児も。
福田 そうですね。別に安倍さんに養子を取れとまでは言いませんが、ヒューマンなところをきちんと見せるアメリカ人のコミットメントの仕方は見事です。
・・それでは最後に、安倍内閣の「内政」について、ズバリ採点をお願いします。
櫻井 私は今まで通してきた法案を考えて、敢えて七十点の高い点をつけます。表現は貧しいし、問題も多いけれども、政治は結果ですから、教育基本法改正、防衛庁の省への昇格などの成果を、高く評価したい。また、今年に入って、安倍さんは独自色を打ち出しつつある。
福田 僕は六十点ぐらいですかね。成果としては合格点だと思いますし、やるべきことをやっているのは確か。ただ、今の時代のリーダーとして必要なことが欠けているのは、否めないかなと思う。
(一部、敬称略)