「 「反原発」元国会事故調委員の非常識 」
『週刊新潮』 2014年8月14・21日号
日本ルネッサンス 第618回
3・11から4度目の暑い夏のいま、福島第1原子力発電所(1F)の事故原因に関して、専門家の結論は明らかだ。5月14日、政府、日本原子力学会の事故調査委員会(事故調)、日本機械学会などの代表者が参加した日本学術会議主催のシンポジウムで、元国会事故調委員の田中三彦氏を除く全員が、事故は地震による配管破断ではなく、津波によって引き起こされたと明言した。各報告書も、原子炉と主要配管はマグニチュード9の大地震に耐え、配管破断事故は起きていないと結論づけた。
田中三彦氏だけは、1Fが大地震の衝撃に耐え抜いたという事実をいまだに認めたくないせいか、「権威ある国会事故調の報告書の結論を否定するのか」との主旨の発言をした。
7月18日、原子力規制委員会の「第6回1F事故の分析に係る検討会」で中間報告書(案)が公表された。規制庁の職員による詳細な現地調査と電子記録の検証によって、地震で配管が破断したとの国会事故調の結論を否定する内容だった。
いざこざはこの検討会から起きた。ここに出席した北海道大学教授、奈良林直氏に、激しい表現で任を辞するよう求める穏やかならざる文書が、7月23日付で田中氏らから突きつけられたのだ。
右の文書は元国会事故調ワーキンググループⅠの共同議長の田中三彦、石橋克彦両氏、協力調査員の小倉志郎、伊東良徳両氏の連名で、原子力規制委員会の田中俊一委員長とこの事故分析検討会の外部専門家である奈良林氏に送りつけられた。写しが、衆議院原子力問題調査特別委員長の森英介氏と参議院原子力問題特別委員長の藤井基之氏、及び報道各社に送信された。
奈良林氏といえば、1Fの事故の経緯を最も冷静かつ科学的に分析した一人である。当初、菅民主党政権はメルトダウンを否定し続けた。それをいち早く指摘したのが奈良林氏だった。その後も氏は、反原発か原発推進かという類の不毛なイデオロギーには左右されず、一貫して科学に基づく知見、分析を発表してきた。
畳とバケツ
田中氏はその奈良林氏を解任せよという。理由は、前述した検討会での氏の発言が問題だというのだ。田中氏は、奈良林発言は「国会の信託を受けて」「(福島原発)事故の直接的原因の調査に当たった『国会事故調・ワーキンググループⅠ』の調査活動を著しく侮蔑」し、「調査結果を貶めるもの」で、「到底看過できるものではない」と書いている。
問題とされた奈良林氏の発言は、「一部国会事故調の聞き取り調査で発言を強要するようなことが行われていたと聞いている。不正にも関係するので、こういった発言の正しさ、根拠、そういったものも明らかにしてもらいたい」というものだ。
これでは部外者にはよくわからない。そこで田中氏が解説を加えている。奈良林氏が「福島第一原発1号機原子炉建屋4階の出水事象に関」して、「『畳のような形でジャっときた』という目撃者証言が、『不正に強要されたものである』と主張した」というのだ。だが、前述の奈良林発言をよく見れば、氏は事態の調査を求めているにすぎない。
なぜこの発言が問題なのか。ここで論じられている事象は、大地震発生後ではあるが、津波はまだ押し寄せていない段階のものだ。畳のような幅広さで大量の水が溢れ出てきたという発言が真実なら、この時点で配管が破断されていたことを意味し、国会事故調の報告書の主張と合致する。「畳」発言が国会事故調の結論の根拠となっているのである。しかし、右の証言をした人物は、実はこう語っていた。
「『バケツの水をひっくり返したようなもの』というのが私の感覚として一番近い。国会事故調の際に、先方から『例えば、畳のような大きさのものか』と言われたので、そのようなものかもしれないというような表現をした。国会事故調にはそう記載された」(1F事故の分析に係る検討会」第2回会合議事録20頁)
畳の幅で水が流出したのか、それともバケツの水程度の少量だったのか。両者の違いは非常に大きい。配管が破断したのか、上の階のプールの水が揺れてダクトの中を流れ落ちてきたかの違いと言ってよい。証言者は「バケツの水」が正しいと言っている。つまり、国会事故調の報告書とは反対に、地震段階では原子炉は全く損傷を受けていなかったのだ。
もし、配管が損傷を受け原子炉内の高温高圧の熱水が漏れていれば、辺り一面はもうもうたる湯気でおおわれ轟音が発生するが、そのような証言はない。実際は逆で、1号機では津波に襲われるまで非常用復水器が作動し続けて、原子炉の圧力を約15分で75気圧から46気圧まで下げ、その後70気圧まで戻している。配管破断があれば、このように運転員の操作によって圧力を下げたり上げたりできない。配管破断は起きていなかったのだ。
専門家に発言撤回を求める
奈良林発言に激しく反応し、氏の解任を要求した田中三彦氏は原発反対の立場に立つ。奈良林氏の疑問が徹底的に解明されれば、田中氏らが描いた国会事故調の、1号機はまず地震によって配管が破断された、日本の原発は危ない、というシナリオが突き崩されかねない。これは反原発派にとって到底受け入れ難いことだろう。それが、奈良林氏への激しい攻撃の理由ではないか。
それにしてもおかしいのは、国会事故調の権威を前面に押し出す解任要求文書に、委員長の黒川清氏の名前も押印もないことだ。黒川氏は、田中氏らが奈良林氏を「外部専門家としての資質を完全に欠いている」と断罪し、解任を求めたことを、果たして承知しているのだろうか。
さらに深刻なのは、事務局である原子力規制庁の行動だ。彼らは田中氏らの抗議に慌てふためき、奈良林氏に、「謝罪文を書いて発言を撤回し、それを公表するように」と要求した。
「選りに選って原子力規制庁が私にこのような要請をすること自体、原子力規制委員会の独立性を脅かすもので受け入れられません。規制委員会の独立性は尊重、保証されなければなりません」と奈良林氏は憤る。
国際社会において原子力規制機関を構成するのは文字どおり専門家である。最重要視されるのは科学的視点だ。反原発勢力に批判されて、専門家に発言撤回を求めるなどといった、日本の原子力規制庁の現状は改めるべきである。「規制庁は事業者のみならず、反対派の虜にもなってはいけない」との奈良林氏の指摘こそ正しい。
最後に、国会事故調の調査資料は国会図書館にあるが、非公開だ。1Fの事故関連資料の全公開が再発防止の力となる。国会事故調の資料公開を急ぐべきだ。