「「異質性」から生まれた世界標準になる日本のロケット 」
『週刊ダイヤモンド』 2013年11月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1008
河野臨床医学研究所北品川クリニック・予防医学センター所長の築山節氏が、プロ中のプロになるために欠かせない豊かな発想を身につけるには、「異質性」のある世界に身を置く必要があると指摘している(「構想力に科学が挑む」NIRA2013年10月)。
氏の指摘は、10年も努力を続ければその分野のプロに一応なれるが、群を抜くプロ中のプロになるには、10年の努力の先にある「果てしない成熟段階」を経なければならない、その段階で重要なのが異質性との遭遇だというものだ。同質性集団に長く身を置くと構想力や発想力が横並びになりかねないという理由である。
すぐに連想したのが、未来の宇宙技術を根幹から変革していくと思われるわが国の小型ロケット、イプシロンを開発した森田泰弘氏のことだ。
氏は宇宙航空研究開発機構のプロジェクト・マネージャーでイプシロンの生みの親である。10月18日に「言論テレビ」で話を伺ったのだが、イプシロンを生み出した技術がどれほど革命的に斬新なものかに、本当に驚いた。
従来のロケットの性能を保ちながら、打ち上げの仕組みを革命的に変えたその発想を、森田氏は「日本の革新と伝統」に基づくものだと語った。ロケット自体に点検機能を内蔵することで打ち上げコストは従来の約半分になったが、森田氏らは、いま、次の段階の革新に取り組んでいる。組み立て手順のこれまた革命的な簡素化である。
「次の目標は、第1段ロケットを発射台に立てて、打って、片づけるまでを一週間でやり遂げることです。従来はこのプロセスに40日ほどかかっていました」と森田氏。
さらにその次の目標は、第1段のロケットを立てるまでの時間短縮で、つまりロケットの飛行機化だという。
「米国のスペースシャトル(宇宙往復用の有人宇宙船)は地球に帰還してからの点検が大変で、本当の意味での再使用にはなっていなかったのです。われわれはイプシロンを、何回も使用可能で、しかも、宇宙から帰還してすぐにまた飛び立てるようにしたいと考えています」
やがて限りなく飛行機化する予定のイプシロン方式は、すでにロケットの「世界標準」になり始めたと、森田氏は笑顔を見せた。日本の技術が人類の宇宙進出のあり方を革命的に変えると断言する氏の成功の原点は、イプシロン以前に取り組んでいたM-V(ミューファイブ)ロケットが中止され、いや応なく年来の発想から脱却しなければならなかったことにある。それは築山氏の指摘する異質性の中に身を投ずるということだったのであろう。
森田氏がイプシロンを生み出したもう一つの要素として言及した「日本の伝統」についても興味深い話がある。固体燃料を用いての小型ロケットの打ち上げは糸川英夫氏のペンシルロケット打ち上げの流れをくんでいるのだが、糸川氏の著作には仏教、とりわけ般若心経がたびたび登場する。戦後、氏が東京大学教授としてロケット研究に携わっていた当時、日本人で初めてノーベル物理学賞を受けた湯川秀樹氏と交わした会話をきっかけとして、糸川氏は般若心経を読み始めた。「色即是空、空即是色」の発想が、湯川氏がノーベル賞を受賞することになる中間子理論を生み出す基本だったと知ったからだ。
般若心経という仏教の教えの神髄と、物理学、物の理(ことわり)を究める学問との間に、確かな共通性があったというのだ。そのため一時期、世界中の物理学者が仏教を学ぶために、ヒンズー教国のインド詣でをしたことなどが、氏の著述に笑い話として紹介されている。般若心経を学べば物理・科学の新しい発想にたどり着くというほど簡単なことではないのだが、日本の仏教思想が日本の科学の進歩の根底にあったというのは、実にうれしい驚きだった。