「 消費税増税は未来への責任 」
『週刊新潮』 2013年9月26日号
日本ルネッサンス 第575回
東京オリンピック招致決定は安倍晋三首相の運の強さを改めて実感させる。強運は努力と戦略の結果であり、高く評価するが、首相の取り組むべき課題は多い。
オリンピックの経済効果は、東京都が見込む3兆円から大和証券が打ち出した150兆円まで極めて幅広く予測されている。確かなことは、来年4月の消費税増税がほぼ決まりとなったことだ。9月12日、「読売新聞」がいち早く、「首相、意向固める」と報じると、その後は増税を前提とした報道一色となった。
消費税については『消費税が日本を救う』(日経プレミアシリーズ)を上梓した大和総研チーフエコノミストの熊谷亮丸氏の説明がわかり易い。
9月13日、私がキャスターを務める言論テレビ「君の一歩が朝を変える!」で、氏は増税先送りが許されないのはアベノミクスの「3本の矢」の2本までが台無しになるからだと強調した。3本の矢が①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略、であるのは言うまでもない。
「増税先送りで、まず①が台無しになります。黒田日銀総裁が大胆な金融緩和策を打てるのは財政の規律が保たれていることが前提なのです」
日本国の歳入は約40兆円、予算は90兆円を優に超える。歳入を超える借金をして予算を組んでいるのだ。借金即ち新たな国債の発行という構図の中で、政府発行の新規国債の7割を日銀が買い入れている。こうして積み上げた財政赤字は1000兆円規模である。財政赤字、社会保障費など合わせると、未来世代の負担は生涯で1億円を超えるという。
これでも、日本の財政規律は保たれていると言えるのか。そう問うと、熊谷氏は「首の皮一枚残っている状態」だと形容した。
「政府は2020年に基礎的財政収支(お金の入りと出)を黒字化する目標を国際的に宣言しています。政治が財政再建するという極めて強い意志を持っている。加えて日本には消費税増税の余地がまだ残っています」
彼我の税の在り方
消費税について世論は二分されている。複数の世論調査で、予定どおり来年4月に税率を上げるべきだという答えは、上げるべきではないという答えよりも、少ない。他方、全体の半数以上が「引き上げるべきだが、時期や上げ幅は柔軟に」という、いわば柔軟派である。
最も大きな割合を占める「柔軟派」が恐れるのは景気の腰折れであろう。だが、彼らが「引き上げるべきだが」という前提で答えているのを見れば、柔軟派を増税容認派と見ることも可能である。
増税を基本的に受け入れていると読めるこのような世論に加えて、政府に財政再建への意志があるという点で、熊谷氏は「首の皮一枚」というのだ。
一方、③の成長戦略が台無しになる理由を氏は次のように説明した。
「増税を先送りすると、新たに法案を出さなければならず、審議に恐らく3ヵ月から半年くらいかかります。結果、秋の国会は消費税国会になり、成長戦略という3本目の矢を決めるどころではなくなります」
消費税を上げるべきか否かについて開かれた有識者・専門家会議で、熊谷氏は8月27日、意見を述べた。内閣官房参与として安倍晋三首相に助言してきた浜田宏一イェール大学名誉教授らも同席した。浜田氏は3%の増税に消極的で、1年に1%ずつ上げるなどの緩やかな案を提唱している。熊谷氏は1%案を、机上では成り立つが実務では現実的ではないと語る。
「1%ずつ上げていくと、なかなか価格転嫁が出来ず、下請けがいじめられるという社会問題が発生します。結果、一つの方法として、3%上げるけれど2%は或る種のコストとして国民に返して、実質的には1%ずつに相当する緩やかな上げ方は悪いやり方ではないと思います」
3%増税して2%分を国民に返すのは矛盾だという指摘に氏はこう反論する。
「増税で税収が約8兆円上がれば、これは永続的に続く財源となります。一方、景気対策を打つにしても、基本的には1年間です。長い目で見れば財政再建が進みます」
一挙に3%の増税は他国に例がないとの批判には、彼我の税の在り方を公平に比べれば、その指摘には問題があると、氏は説明する。
「OECD諸国の消費税率は平均20%です。もともと消費税が15%以上なければEUには加盟出来ないのがルールです。すでに高い税率を実行しているEUなどは、税率を上げるにも小刻みにならざるを得ません。他方、日本は5%という低すぎるところから始めるのですから、一律には比べられません」
消費税率を上げるべきだという氏の論理は確かにわかり易い。同じ明晰さで氏は、市場関係者の8~9割が、増税しなければ日本の国債や株が売り込まれると見ていることの深刻さを強調する。いま辛うじて日本のマーケットがもっているのは、一にも二にも、国際社会が、日本政府には財政再建の意志があり、安倍自民党は物事を決められる政権だと思っているからであり、万が一、1年前から決めている増税を突然ここで反故にすれば、安倍政権も前政権と同じく、問題先送り政権なのだと見られてしまう。そのとき一挙に信頼が崩れ、日本売りが始まるというのだ。
厳しく孤独な決断
熊谷氏の主張にみられる論調が力を増し、消費税増税の流れが強まりつつあるいま、安倍首相には決断する責任だけでなく、目的達成の責任がのしかかる。たとえば消費税増税とセットでなんとしてでも真の成長戦略を成功させなければならない。
内閣官房参与を務める飯島勲氏は首相のリーダーシップが問われる局面だと強調する。安倍長期政権実現のために内閣官房参与を引き受けたという飯島氏は、小泉純一郎氏の長期政権の秘訣は小泉氏の決断力にあったと語る。小泉氏と比較して安倍氏はどうかといえば、最も難しい靖国神社参拝を例にとりながら、まだ、わからないと見ている。
「12月26日に安倍内閣が発足し、27日に、実は、総理は靖国に参拝するつもりでした。翌28日が御用納め、すぐ新年が来て仕事始めになる。諸々考えると、どんなに騒がれても27日がベストでした。靖国神社側とも打ち合わせが済んでいたのですが、取り巻きの反対で最終的になしになった。秋の国会の重要法案の多さを考えれば、秋の例大祭も難しいでしょう。決断、実行出来ない現状では、長期政権は厳しくなります」
安倍長期政権を望む人々は、消費税、靖国参拝、集団的自衛権、憲法など、厳しく孤独な決断を要する課題に取り組む首相をこそ支持しているのだと飯島氏は語る。私も実にそうだと思う。