「 五輪招致でも被災地の現実は厳しい その中で全てを前向きに捉える人々 」
『週刊ダイヤモンド』 2013年9月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1002
日本が2020年の五輪開催を勝ち取った。安倍晋三首相は五輪は「明日の未来のためのスポーツ」であり、未来を担う人間への投資だと訴えた。
私がキャスターを務めるインターネットテレビ番組、「君の一歩が朝(あした)を変える!」で、スポーツジャーナリストの二宮清純氏は最後のプレゼンテーションはいわば最終面接試験であり、ここで約100人の国際オリンピック委員会(IOC)委員の胸深くに「あふれる情熱」を届けることができるかが決め手だと語った。東京の勝利は、国ぐるみの努力で日本の情熱を表現した結果だが、このことを殊のほか喜んだのが福島の友人たちだった。
五輪招致が決まった翌日、3.11の被災地の人々約10人と東京で会った。大半が30代、40代で、育ち盛りの子どもを持つ親たちである。まとめ役の西本由美子さんはNPO法人ハッピーロードネット(HRN)の代表で、彼らにとって姉もしくは母親のような存在でもある。
「安倍首相が福島という地名を口にしたんですもの、これで復興は日本の国際公約よ!」と西本さんは明るい。
HRNの人々は福島全県に桜を植え続けているが、7年後には桜並木の下を聖火ランナーに走ってほしいと夢を膨らませる。五輪招致が新たな目標となり、困難の中にいる人たちが活動的になるのは見ていてうれしい。
それでも被災3県の現実は厳しい。例えば国が移転先の土地の確保、造成資金の全額を負担する防災集団移転促進事業は、予定より大幅に遅れ、被災者の励ましになり切れていない。同計画は政府(民主党)なりに住民のために打ち出したものだが、被災地のどこに集団移転を可能にする広い土地があるのかなども十分吟味せずに、政府が一方的に自治体に下ろしてきたと、地元の人々には不評である。
善意で計画した民主党としてはつらいものがあるだろう。西本さんが語る。
「自民党になって様子はガラリと変わるかと実は期待したのです。しかし安倍政権9カ月ですが、動きは思ったより遅いと私たちは感じ始めています」
彼女は安倍首相の五輪招致の演説に少し引っかかるところがあったとも語る。「東京には、(福島の)いかなる影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」という件(くだり)である。
「でも、これも取りようです。福島を完全に復興させるという決意だと解釈すれば、首相の誓いは私たちにとって大変力強いものになります」
被災地の人々は後ろ向きになっている余裕などない。だからこそできるだけ全てを前向きに捉える。HRNの人たちも、古里再生にはまず住民が古里に戻ることが大事であり、そのために戻ってくることのできる古里をつくろうと行動し始めた。今月、約30人がウクライナを訪れるのである。ウクライナでは、1986年4月にチェルノブイリ原発事故が発生した。ウクライナ政府はただちに原発従業員や被災者を受け入れる新しい町、スラヴチッチをつくった。小欄で紹介したこの町に、今、福島の人たちが関心を示すのは私にとっても喜びである。
同町は事故から1年8カ月で完成し、今では2万3000人が住む。町の建設、人々の暮らしの再建はいかにして可能だったのか。医療、福祉、教育、仕事はどうなっているのかなどを被災者が自らの目で見て、自分たちの町づくりに役立てようとしている。
一行を率いるのは、北海道大学教授の奈良林直氏らである。政府の動きが鈍いのであれば、民間が知恵を絞り、提言していくという心意気が視察団を支えている。福島選出の衆院議員、亀岡偉民氏も関心を示し、別行動ながら復興庁政務官として現場を視察する。私は彼らがスラヴチッチの町で学んだ成果を聞くのを楽しみにしている。