「 前を見つめる次元に立った日本 自らへの信頼が国力の基礎である 」
【1000回記念拡大版】
『週刊ダイヤモンド』 2013年9月7日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1000
自民党が政権を取り戻して半年余り、私は、「外交にも物理的原則が働く」と喝破した清澤洌の言葉をかみ締めている。外交は「厳にその国の実力の線に沿う」のであり、国の実力とはその国の総合力と同義である。客観的に測れる経済力や軍事力とともに、数量では表現できない国民の良識や気概、勇気や信念の固さを含めた日本の力を、考えるべきときだと思う。
安倍晋三首相は「日本を取り戻す」と公約したが、取り戻すべきものは精神的な勁(つよ)さであろう。その勁さは日本人がどんな人々だったのか、日本人の歩んできた歴史はどんな歴史だったのかなど、できるだけ正確な民族の記憶をよみがえらせることで生まれてくると思えてならない。
祖国と自身を基本的に信頼できるとき、日本周辺への悪意ある非難にも立ち向かうことができるだろう。例えば、韓国の司法判断である。
去る7月、日本統治時代に戦時徴用された韓国人四人が未払い賃金などの個人補償を求めた訴訟で、新日鐵住金(旧日本製鐵、本社・東京)がソウル高裁によって計4億ウォン(約3500万円)の賠償を命じられた。三菱重工業(東京)にも7月、釜山高裁が戦時徴用で賠償を命じる判決を言い渡した。
8月12日には広島・長崎で被爆した韓国人が各人1000万ウォンの損害賠償を求める裁判をソウルで起こした。直接の被告は韓国政府だが、最終の狙いは日本政府に韓国人被爆者への責任を認めさせ、謝罪と賠償を迫ることだ。
いずれも国際条約および日韓間の合意によって、解決済みの問題である。元駐日韓国公使の洪熒(ホン・ヒョン)氏も戦時賠償問題は解決済みというのが韓国政府の立場だと明言する。そうでないと言っているのは韓国の司法、裁判官だけだと述べて、韓国の司法の異常を指摘した。
韓国で進行中の異常事態が司法界に最も先鋭的に表れているのは、北朝鮮の工作による結果だといってよいだろう。金日成主席は1974年4月に対南工作担当要員らに「南朝鮮(韓国)では高等考試に合格さえすれば、行政府や司法部にいくらでも潜り込むことができる。学生運動で(韓国政府に)検閲された学生らのなかで、頭がよくて、しっかりしている子はデモに駆り出さず、高試準備をさせるようにせよ」と語っている(金東赫著『金日成の秘密教示』)。北朝鮮に心酔する韓国の学生たちは金日成の指令に従って法律を学び、韓国の司法界は北朝鮮の影響を強く受けることになったのだ。
このように韓国で次々に下される異常な司法判断の背景には北朝鮮の負の影響がある。それは韓国にとどまらず、歴史の捏造と反日の動きとなって日本をも直撃してきた。新日鐵住金などへの賠償請求も世界に広がる慰安婦問題での日本非難もその事例である。
8月に来日した米共和党のマケイン上院議員の発言も事の深刻さを表している。「尖閣は日本の領土であり、これは米国議会と政府の立場として中国にも伝える予定」とまで語る親日派の氏でさえ、慰安婦問題について「非常に残虐で極悪非道な問題だ」と述べるのだ。
99年の悪夢を覚えているだろうか。米国カリフォルニア州議会で民主党のトム・ヘイデン同州選出上院議員が民事訴訟法に「賠償・第二次大戦、奴隷的な強制労働」という条項を付け加え、対象を「ナチス政権とその同盟国」とした。ナチスドイツと日本を同じ範疇に入れたのだ。しかも「賃金の支払いをしなかった」あるいは「奴隷的労働を課した」国の関連企業は戦時賠償を払わなくてはならない、米国内での訴訟は2010年まで可能とした。
この不当なヘイデン法案が下院に提出されたとき、225人もの議員が共同提案者となった。法案は、カリフォルニア州をはじめ約10の州に広がり、三菱重工業、川崎重工業、三井物産などそうそうたる日本の企業が軒並み訴えられた。日本軍の元捕虜たちはシカゴ連邦地裁に総額1兆ドル(約100兆円)の賠償を求めて訴えた。
空恐ろしい反日機運が米国社会の底流に生まれたが、よくよく見ると、そこでは米国在住の韓国人、中国人などが米国人と連携して日本を標的にしていたのだ。
その悪夢の反日連合を打ち破ったのが、ブッシュ政権だった。03年1月、サンフランシスコ連邦高裁は戦時中の賠償問題は51年の講和条約で解決済みとして、ヘイデン法案を違憲とした。
あれから10年、韓国も中国も悪意に満ちた歴史の捏造をやめはしない。むしろ、歴史捏造はより巧妙かつ多岐にわたっている。結果、マケイン上院議員のような深く日本を理解する人々でさえも慰安婦問題の真実など知ろうとせず極悪非道だと日本を断罪する。
この厚い歴史捏造の壁が、今世紀の日本の直面する最も困難な問題だと私は感じている。この壁を越えるのに小手先の対処ではとうてい通じない。日本と日本人を信じて歴史に正対するしかない。そしていま、そのことに希望を持たせてくれる根源的変化が初めて表出した。安倍首相が8月15日に全国戦没者追悼式で行った演説である。首相は日本を信じ、未来を見つめて次のように語っている。
「御霊を悼んで平安を祈り、感謝を捧げるに、言葉は無力なれば、いまは来し方を思い、しばし瞑目し、静かに頭を垂れたいと思います」「私たちは、歴史に対して謙虚に向き合い、学ぶべき教訓を深く胸に刻みつつ、希望に満ちた、国の未来を切り開いてまいります。世界の恒久平和に、あたうる限り貢献し、万人が、心豊かに暮らせる世を実現するよう、全力を尽くしてまいります」
近隣諸国への謝罪の言葉がなかったといって右の式辞を非難した向きもあったが、実によく考えた希望ある言葉だったと私は感じた。
日本がいま、ようやく、過去ではなく前を見つめる次元に立ったのだ。前を見つめることで初めてアジアにも世界にも貢献し得ると実感し、そのことを広く内外に宣言する自信もつけた。この前向きの、自らへの信頼が日本の国力の最重要の基礎である。
自己への信頼を取り戻しつつある日本にとって、これ以上ないほど深い意味を持つ書もこの夏発表された。『「日本の朝鮮統治」を検証する』(草思社)、著者は近代日本政治史研究の泰斗でハワイ大学マノア校名誉教授のジョージ・アキタ氏とコースタル・カロライナ大学歴史学部准教授のブランドン・パーマー氏である。
両氏は「朝鮮統治における日本の帝国主義の負の側面まで良しとして正当化する意思は毛頭ない」一方で「歴史考証によって裏書きされた史実のみに基づいて論を展開」していると、日本研究の第一人者といえるジョージタウン大学教授のケビン・ドーク氏が賛辞を贈った。
朝鮮半島の人々は強い民族史観に染まった見地から日本統治を「歴史上最も冷酷な植民統治」だったと自明のことのように言い習わしてきた。だが、「朝鮮の歴史が、当時、世界の各地に存在した植民地との比較の下に検証されるなら─日本が統治下の朝鮮で行ったことは驚くほど穏健だったと言える」、日本の朝鮮統治は、「九分どおり公平almost fair」だったというのが同書の内容である。
アキタ教授ら第3国の専門家が10年を費やして完成させた研究は、日本の未来の課題を示している。それは歴史事実の掘り起こしである。歪曲と捏造と修正が加えられた歴史故に日本はぬれぎぬに苦しんできた。そうした危機にもはや私たちは恐れおののくまい。正対し、あらゆる面から歴史研究を進め解決していこう。どの国の研究者にも自由な研究の道を開き、研究の成果すべてを情報公開する姿勢を貫こう。中国や韓国と異なり、日本は事実の歪曲に加担していない。したがって歴史の事実は必ず日本の力強い味方となる。公正な研究の推進を国是とする政治の意思が、日本の未来を開くのである。現在の日本にその確固たる意思が生まれている。