「 情報公開を実質骨抜きにする司法の判断は国民の利益を損なう 」
『週刊ダイヤモンド』 2001年4月14日号
オピニオン縦横無尽 第392回
3月27日、大阪府知事の交際費や食糧費支出に関する情報公開裁判で、最高裁が唐突な判決を出した。「(資料の)一部公開は、国民の側が請求できる権利ではなく、行政側の裁量権である」というものだ。
仙台市の市民オンブズマンの情報公開要求から始まった地方自治体および中央省庁の食糧費問題が、官官接待のすさまじさを国民の前に暴き出していったことはまだ記憶に生々しい。地方自治体での不正経理の実態は、情報公開なしには知ることができなかった。
こうした成果はしかし、必ずしも地方自治体の全面的な情報公開によってもたらされたものではない。接待を受けた人物や特別手当てを不当にもらった人物、出張旅費を架空請求でだましとった人物などの個人名を黒塗りで隠した開示資料から、モザイク模様を埋めていくようにして全体の絵を浮かび上がらせていったのだ。
今回の最高裁の判決は、そうした資料の「一部公開」は、国民が「権利」として請求できるものではないと言っているのだ。「一部公開」というのは、人名などを黒塗りにしてプライバシーを守り、残りの数字や年月日の部分のみを公開することである。官官接待の報道で、一部が黒くつぶされた資料の映像を覚えておられる方も多いと思うが、あの種の資料の公開は、国民の権利ではなく、「行政側の裁量権」だと最高裁が断言してしまったのだ。
情報公開を求める側から見ると、おかしいのはむしろ黒塗り部分があるということである。知事がだれと会食したか、地方自治体職員がどんな交際費の使い方をしているのかは、住民、国民の知る権利のうちだからだ。
なんという時代に逆行した判断だろうか。私たちの社会や国に関する情報はいったいだれのものか。もちろん国民のものである。だからこそ、諸外国では、情報は基本的にすべて公開し、例外的に機密とする。国民の考える能力を高め、さまざまな問題について世論が賢い判断を下せるようにしていくためにも、最大限の情報を提示することが必要だ。
4月1日から、日本でも情報公開法が施行された。今回の最高裁の判断は、この法律施行に焦点を合わせたかのように出された。情報公開法を実態として無効にしかねない判断である。
このほかにも情報公開の流れを止めたいとするかのような動きが目立つ。たとえば司法制度改革審議会で議論されている「利用しやすい国民の期待に応える民事司法」のなかでのことだ。同審議会は「裁判所へのアクセス権の拡充」という項目のなかに「利用者の費用負担の軽減」として、弁護士費用を基本的に敗訴者の負担にする方向で決定しようとしているのだ。
情報公開問題に長年取り組んできた清水勉弁護士が語った。「地方自治体の情報公開制度はここ数年、急速に進展しました。行政と住民が対等な立場で地方行政のあり方について議論できるようになりつつあります。住民と自治体が対立構造から協力構造へと健全なかたちにシフトしています」。
こうした情報公開の動きは、普通の住民が弁護士などの手を借りずに手弁当で1万円前後のおカネを持ちよって裁判にしたりしながら勝ち取ってきたものだ。それを今、敗訴者が相手の弁護費用も払わなければならないという方向で改革されようとしている。「住民側の勝訴率は圧倒的に高いのですが、それでもささやかな財力の住民には敗訴者負担制度は大きなブレーキになりかねません」と清水弁護士。
地方自治体で次々と無党派知事が誕生しているのは、今の日本はおかしいという住民の気持ちの反映である。情報公開を止めるような最高裁の動きも司法改革の後ろ向きの動きも、時代に逆行し、国民の利益を損なうものだ。