「 冷静、果敢に取り組め尖閣の危機 」
『週刊新潮』 2013年2月21日号
日本ルネッサンス 第546回
尖閣諸島の海と空で中国の軍事的挑発が続く。私たちは中国の挑発にどう対処すべきだろうか。
まず尖閣諸島の領有権を巡る中国の挑戦は決着がつくまで続くと認識しておくことだ。中国が付け入る隙のないところまで完全に日本の領有権を確立してみせるか、中国が日本を排除して領土を奪い取るか、そのどちらかになるまで彼らは挑み続けてくると覚悟しなければならない。
1970年代前半から今日まで40年間続いている南シナ海における中国の侵略を見れば、一度主張し始めたことは決して後退させず諦めもしないという中国共産党の特徴が浮かんでくる。東南アジア諸国のあらゆる異議申し立て、抵抗と戦いを無視し、或いは軍事力で粉砕して、中国は南シナ海の島々と海を奪ってきた。
中国共産党のこの振舞いは単なる資源確保が目的ではない。中国の海洋進出は米国と軍事的に対等の立場を築き、米国を凌駕するための国家戦略である。東シナ海や南シナ海の争いはより大きな戦略の枠組みの中でのいわば局地戦である。だからこそ、中国は諦めない。
総書記就任以来、習近平氏が強調してきた基本政策は尖閣諸島で彼らが軍事行動も辞さないであろうと想像させるものだ。
習総書記が強調している点は3点に凝縮される。①中華思想、②中国共産党至上主義、③軍事最優先である。とりわけ③に関して習総書記は、「平時において軍事力を活用せよ」、「軍事闘争への準備を最優先せよ」と発言してきた。
平時での軍事力活用とは穏やかではない。国際ルールを無視してでも力尽くで目的を達成せよという意味であり、大国としての規範に外れる、常軌を逸した好戦的指示である。
中国軍が海上自衛隊のヘリコプター及び護衛艦に向けて射撃用の火器管制レーダーを照射した1月19日及び30日の後も習総書記の強硬発言は続いている。習総書記が2月2日と4日、中国人民解放軍の空軍基地、酒泉衛星発射センターなどを視察して「軍事闘争への準備を深化させよ」と指示したと、国営新華社通信が2月6日の配信で伝えた。射撃用管制レーダーの照射という人民解放軍の強硬策は、習総書記の強硬路線を反映したものだと考えるべきだろう。
情報戦略を国家戦略の柱に
他方、日本側には別の見方もある。2月5日夜、小野寺五典防衛相が緊急記者会見でレーダー照射の件を発表したとき、中国側が「余りに慌てふためいた反応」を見せたために、中国指導部はレーダー照射を知らなかったのではないかという見方だ。
その件について明白に断ずるだけの証拠を私は持ち合わせていないが、少なくとも2つ、指摘出来る。まず、中国政府は軍による強硬策を知らなかった、従って日本はその点を配慮して対中融和策をとるべきだという主張が過去、幾度もなされたことだ。尖閣に関してこの種の融和策は、日本の立場を不利にするだけで、なんの解決にもつながっていない。
もう1点は、前述のように、現実的に考えれば、レーダー照射について中国政府の明確な指示がなくとも、それは習総書記の意に沿う行動であるとして、中国人民解放軍が踏み切った可能性は大きいということだ。
日本政府の5日の情報発信を受けて、翌6日から3日間、中国側は尖閣周辺での動きを休止した。しかし9日にはまたもや空軍の戦闘機2機などがわが国の領空スレスレのところを飛んだ。10日には海洋監視船「海監」4隻が接続水域に入り、11日までとどまった。中国政府は日本政府のレーダー照射の発表を「捏造」だと非難したが、対日強硬策を続行する決意を新たにしたわけだ。
今回の中国政府の対応はすべての非を相手方に転嫁するもので中国が長年、隣接諸国に行ってきた手法である。2010年9月7日、中国漁船が尖閣周辺の領海で海上保安庁の巡視船に体当たりしたときも中国政府は海保の巡視船が漁船に体当たりしたと正反対の筋書きを国営新華社通信に報じさせた。
当時の民主党の菅直人首相、仙谷由人官房長官がビデオの開示を拒んだために、内外で中国の主張が正しいのではないかという声さえ生まれ、中国政府は日本政府を非難し続けた。
中国政府のこの嘘の壁を砕いたのが海保隊員の一色正春氏だった。一色氏が止むに止まれぬ思いでビデオをYou Tube上に公開して初めて日本国民も世界も中国政府の嘘を知った。中国の嘘の壁を破るには情報公開が最も効果的なのである。
レーダー照射の報告を受けた安倍晋三首相が、小野寺防相に事実の公開を指示したのは、その点で適切だった。武器使用を極端に制限している日本は、本来なら、武器に替わる力としての情報戦略に他のどの国よりも熱心に取り組まなければならない。これまでそれをしてこなかったが、今回の事件を機に、情報戦略を日本の国際戦略の柱と位置づけるべきである。
情報戦で敗れる国には、敗北しかない。とりわけ21世紀のいま、国益をかけて日本の立場と事実を発信していかなければならない。
現場の裁量に…
だがそれだけでは不十分だ。日本は尖閣諸島を含む南西諸島防衛のための力をもっと整備すべきである。安倍内閣は眼前の危機に備えるために400億円という少額ながら自衛隊の予算を増額した。余りに少ない額だが、それでも11年間も続いた自衛隊予算の削減に終止符を打ち、増加に転じたことは現場の士気を高めてくれるだろう。中国には日本が領土領海、主権に関しては決して譲らないという姿勢を見せることになっただろう。
その点では評価するが、自衛隊が本来の任務を遂行するための法的環境も整えなければならない。首相は第一次安倍内閣で安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会を設け、集団的自衛権の行使を容認する4つのケースを想定した。いずれも重要だと思うが、この改革が自衛隊を十分に活用する道につながるかといえば微妙である。
日本の自衛隊は法律上の構成は警察と同じであり、一定条件を満たしたときに、作戦を実施出来るという、いわゆるポジティブリストのルールの下にある。
他方、他国の軍隊は、“してはならない”ルールを守れば、使命達成のために現場で判断して行動してよいことになっている。現場の裁量に任せるために、してはならないことを規定したものをネガティブリストという。
本来の改革は自衛隊を他国の軍と同じようにネガティブリストで規定する軍隊にすることだ。集団的自衛権容認に新たな4つの類型を加えることは、とどの詰まり、新たなポジティブリストを増やすことになるのではないか。