「 党利のため衆院を中選挙区に戻そうとする与党を糾弾する 」
『週刊ダイヤモンド』 2001年3月24日号
オピニオン縦横無尽 第389回
政治の迷走ぶりは目に余るが、この混迷局面で選挙制度を変える動きが急浮上している。今の国会会期中に中選挙区制に戻すというのだ。
まさか、時代に逆行するそんなことはしないだろうというのは現与党執行部を甘く見すぎているのだ。
なんといっても、彼らは昨年、参議院選挙制度を強引に非拘束名簿方式に変えてしまった人びとだ。どう計算しても、与党が参院で過半数を取ることはできないとの結論に達したからこそ、彼らは非拘束名簿方式を強行採択して取り入れた。今度は衆議院選挙制度を強引に中選挙区制に戻そうというのだ。
どのような中選挙区制にするのか、具体案まで囁かれている。現行300の選挙区を2つずつ合わせて2人区を150つくる。あるいは都市部を中心に複数区をつくる案などである。
制度変更の理由は、与党が衆議院で過半数を制す見込みが薄いからである。
中選挙区制に戻すことに反対する理由は少なくとも3つある。
まず、現行制度が自党に有利でないから、変えるなどとは卑しいことだ。政治はそんな卑怯で卑しい心を反映した制度に依拠してはならないのだ。
第二に、中選挙区制は再び日本の政治を物とカネにまみれた汚い政治に引き戻す危険があるからだ。たとえば2人区なら2党が、3人区なら3党が安住できる。あるいは自民なら自民の同じ政党が異なる派閥の候補者で同一選挙区を分かち合うこともできる。
こうした場合、何が起きるか。まず、国家国民のための政策論などは嘆かわしいと言われる今よりはるかに軽んじられるだろう。地元や業界の利益がより強く追求されるようになるだろう。このことは3人区あるいは4人区でどれだけの票を取れば当選できるかを考えてみればさらに明白だ。
たとえば3人区である。有権者100人のうち、投票するのは約、60人である。60%前後の票を3人で分け合って勝敗が決まる。候補者には各党各派閥の推す人のほかに無所属や他党の候補者もいるのが常である。そこで、目玉とされる3候補以外の候補者がおのおのいくばくかの票を取る。その票が仮に10%とする。残りは50%。それを3人で分け合えば、1候補者は選挙区の有権者の最低1割5分ないし2割を押さえれば当選する。
つまり、どこかの業界や利益団体と密接な関係を築けば、確保できないわけではないほどの票で当選できるということだ。だからこそ、業界の利益、物とカネの力が有効に働くことになる。
この制度の下で、自民党は国民の利益よりも業界の利益を重視する業界政党、利権政党になりはててきた。
二流三流の人材でも政治家になることが容易だ。ひとつの選挙区で3人も4人も当選すれば少々変なところがあっても、特定団体の指示さえあれば通る。だから、永田町には信じがたいひどい政治家が少なからずいる。
中選挙区制に反対の第三の理由は、小選挙区制を基盤として、政治がようやく少しずつ変化してきたと実感しているからだ。小選挙区制の下で、少なからぬ新しくてよい人材が与党にも野党にも、入ってきたと私は感じている。彼らは比較的若い世代で、政界のテクニックには長けてはいない。けれど政策立案能力も行動力もある。一般的に金欲や物欲は少なく、志がある。
政治をよくするためにもこのような新人材の集団をこそ育てていくべきである。が、中選挙区制はこの新しい潮流を引き戻し、再び政治を暗く不透明で、志を欠くものに卑しめるものだ。今の国会、つまり参院選挙前にどうしても法案を通したいというのは、参院選では非拘束名簿方式でも過半数が取れないとわかっているからだ。与党の生き残り策を弄する時は今しかないという悪知恵が透けてみえるのだ。