「 東京湾アクアライン以上に“巨大な構造悪”を温存する道路公団民営会社のまやかし 」
『週刊ダイヤモンド』 2005年7月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 600回記念 拡大版
6月29日、午後1時過ぎから始まった東京高等検察庁(東京高検)による日本道路公団への家宅捜索は、翌日の午前3時半を過ぎる時刻まで続いた。橋梁工事にかかわる談合の摘発は、しかし、現在道路公団がそれに染まり、かつこれから誕生する6つの民営会社と日本高速道路保有・債務返済機構(機構)も染まり続けるであろう巨大な構造悪までは正すことは出来ない。
作家で民営化委員の猪瀬直樹氏は、6月29日のテレビ朝日「報道ステーション」で、「民営化という締め切りがあって、この膿出しをしていくわけですけれども」と語ったが、談合摘発による「膿出し」と民営化の成功はおよそなんの関係もない。もしあるとすれば、それは、猪瀬氏らが高く評価した現在の民営化法を全否定し、その骨格を根底から変えることである。
10月に始まる予定の道路関係四公団の民営化は、今回の東京高検による摘発の有無にかかわらず、失敗するだろう。最大の要因は、高コスト体制、つまり償還主義が存続することだ。高コストでの受発注が続く限り、その甘い汁を吸い上げるために、企業は天下りを受け入れ、談合体質も変わらずに残る。
45年先など誰が責任取る?“償還主義”存続の甘い汁
周知のように、民営化で生まれる会社のほとんどの資産と負債は機構が引き受ける。機構から道路や橋をリースして運営する6社は、新たな道路も建設する。道路は完成と同時に機構の所有となり、建設費用(借り入れ)もすべて機構が引き受ける上下分離が、民営化の基本構造となっている。
そのなかで、機構は引き受けた負債を45年後には返済すると定められた。借金返済の期限だけを明示したこの方式を、彼らは償還主義と呼ぶ。償還主義の特徴は、途中経過での経営チェックが事実上不可能なことだ。民間企業なら、四半期、あるいは年度ごとの収支、利益率などを検証して厳しい改革を実施できるが、45年後に借金をゼロにするとだけ決めた仕組みでは、途中経過の実態は見えてこないし、誰も見ようとはしない。45年先の責任など誰も取りようがないし、事実、誰も責任取らない。道路関係四公団の借金が40兆円の規模にまで無責任にふくれ上がったのも、償還主義が大きな要因だ。にもかかわらず、民営化は償還主義に基づいて行われることになった。その結果、民営6社と機構は東京湾アクアラインのような組織になっていかざるをえない。
赤字続きで悪名高い東京湾アクアラインの姿は、現在進行中の民営化と構造的に双子の兄弟のように似ている。さらに驚くのは、新たに生まれる民営6社と機構が、アクアライン以上に劣化の激しい組織になる危険性が高いことだ。
アクアラインは、東京湾横断道路株式会社という民間会社によって建設された有料道路である。同プロジェクトは、正常な経営分析では収支バランスが取れないのは明らかだった。民間プロジェクトとしては成り立たないものを実行させるために、国の保証、つまり道路公団を入れ、東京湾横断道路会社という民間企業が建設するかたちをつくって完成させた。
資金調達も建設も東京湾横断道路会社が“自力”で行い、アクアライン道路は、完成時点で、建設に要した全借入金とともに、道路公団に引き継がれた。これから始まる民営化の上下分離方式と、瓜二つの方式なのだ。
建設に先立って、道路公団内部で意見が戦わされた。「収益が見込めない道路建設にかかわるべきではない」という意見が、一部とはいえ根強く存在した。だが、当時建設省有料道路課長だった藤井治芳氏(日本道路公団前総裁)は、道路を建設し続けることこそが大事だとして決断し、プロジェクトは始まった。
建設は、工事区間を9分割して民間企業である東京湾横断道路会社が入札を実施し、1兆1,500億円の予算で始まった。しかし、借金は最終的に道路公団が引き受けるのだ。民間企業とはいっても、経営責任を公団に丸投げすることが前提である限り、経営責任などなきに等しい。結果、入札もかたちだけのものとなる。こうして、建設費は当初予算を約3,000億円近く超過し、1兆4,400億円にふくらんだ。
同ラインの開通は1997年12月である。当時は1日2万5,000台の交通量を見込み、わずか15キロメートルの通行料金を4,000円に設定した。ユーザーは高い料金を嫌い、収入は見込みの4割台にとどまった。交通量を過大に見込むなど机上の空論によってはじき出されていた収支見通しは大きくはずれ、アクアラインは赤字垂れ流し道路となり、道路公団は2000年7月に同ラインの事業計画見直しを迫られた。
優良道路を食いつぶし続けるアクアライン大赤字の隠蔽策
どれほどの赤字だったか。事業見直し直前の99年度決算では、収入は144・2億円、費用は458・5億円で314・3億円の赤字、ざっと見て、毎日1億円の赤字を出していたのだ。民間企業なら必死にこの赤字を縮めようとするが、道路公団は「事業見直し」の名の下に、ごまかしの策を弄した。アクアラインは京葉道路、千葉東金道路と一体とされ、プール化されたのだ。京葉・東金の両道路は、99年度時点で130・1億円の黒字を出す優良道路だった。そこに赤字のアクアラインを交ぜ合わせることで、プール化した三道路の収支は毎年180億円規模の赤字に陥った。全体の収支が赤字となるなかで、アクアライン単体の失敗の実態は見えなくなってしまった。その失敗の責任は、誰も取らないばかりか、心を痛めさえしない。
これは、ユーザーにとっても大きな損失だ。一般有料道路は、通行料金で建設費を払い終えた時点、あるいは一定の償還期間が過ぎた時点で無料開放される。優良道路としての京葉道路は借金返済(償還)も順調で、当然、無料開放の時期もメドが立っていたはずだ。しかし、アクアラインとプール化することで京葉道路の無料開放は遠のき、事実、「2047年に延びた」と道路公団は言う。現在、アクアラインの赤字は、京葉道路によって蓄えられてきた償還準備金を食いつぶしつつある。
しかし、この無責任なアクアラインよりも、民営6社はさらに醜い会社になることが見て取れる。すでに指摘されてきたことだが、高速道路や橋の管理を機構から委託される民営6社は、その本体業務から利益を上げることを禁じられており、管理費節減という企業努力へのインセンティブがまったくないからだ。
東京湾横断道路会社のほうがまだましだ。彼らは管理費を節減すれば、果実を自社の資産に組み入れることも、コスト削減を図り効率を上げることもできる。同社は今日に至るまで無配を続けているが、経営のインセンティブは民営6社よりもあるのだ。
小泉純一郎首相の誇る民営化は、正常な経営感覚を持ちえない仕組みに成り下がっている。高コストを許容する償還主義を残す限り、そこに群がる利権の構図はなくならない。猪瀬氏も、民営化委員として残った大宅映子氏も、談合摘発など、悪の表層を切り取る今回の検察捜査を意味あるものとするためには、談合や天下りのもとである構造悪に切り込まなければならないこと、両氏が支持した現在の民営化法こそ、構造悪をそっくり抱え込んだ代物であることを認識すべきだ。