「 住基ネットで異なる司法判断 同制度の根幹を問う画期的な金沢地裁判決を評価したい 」
『週刊ダイヤモンド』 2005年6月11日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 595
住民基本台帳ネットワークについて、金沢と名古屋の地方裁判所が相反する判決を出した。うち、金沢地裁の井戸謙一裁判長は、5月30日、住基ネットからの離脱を求めて訴えた人びとの本人確認情報を、国、地方自治体、住基ネットの要の組織である地方自治情報センターに対して、これを提供してはならないとした。また、住基ネットの磁気ディスクから、離脱を求める人びとの情報の削除を命じた。
提訴した石川県の住民28人は、同判決を120%の勝利と評価した。その地裁判決が高等裁判所、最高裁判所においても保たれるのかは予断を許さない。判決の意味について考えた。
判決はまず、住所、氏名、生年月日、性別、住民票コードおよびその変更情報の本人確認情報のうち、社会通念上、秘匿を要する程度が高いものは住民票コードとその変更情報であるとし、住基ネットの現状を「構成機器」「セキュリティ対策」から見れば、住基ネットが破られる「具体的な危険性が存在する」とはいえないとした。
判決は長野県での住基ネットへの侵入実験を踏まえて書かれてはいるが、同県で2年間にわたって住基ネットの実験現場を調査した私は、この部分のみ、金沢地裁とは見解を異にする。
「具体的な危険」は、確かに存在するのだ。
一方、同判決が自己情報コントロール権を踏まえて書かれた点は非常に重要だ。井戸裁判長は、「プライバシーの権利」は「自由及び幸福追求権」を定めた憲法一三条で担保されるとし、プライバシーの権利には、「自己情報コントロール権が重要な一内容として含まれる」「住基ネットは、住民らのプライバシーにかかる自己情報コントロール権を侵害している」と断じた。
自己情報コントロール権とは、自分の情報を所有している相手方に、その情報の開示、訂正、他者への提供など情報の流通を規制することなどを求める権利のことだ。
政府などの行政機関が保有する国民の個人情報は膨大である。中央政府の各省庁、地方自治体、各自治体の警察、教育、司法など諸機関の持つ情報を、住民票コードを鍵として名寄せすれば、一瞬のうちに、その人物についての情報が集積する。今回の判決は、住基ネットにより、「行政機関の持っている膨大な個人情報がデータマッチングされ、住民票コードを使って名寄せされる危険性が飛躍的に高まった」とし、そのような状況下では「住民個々人が行政機関の前で丸裸にされるのと同じ」と述べた。
これまでは政府が膨大な量の個人情報を所有し、管理することは問題とされなかった。ある意味で、そこには政府への信頼があった。また、コンピュータネットワーク構築以前の行政事務処理能力では、国全体に散在する個人情報を瞬時に名寄せしたり、きわめて広範囲に拡散したりすることは、物理的に不可能だった。
しかし、いまや状況は異なる。コンピュータネットワークに情報を入れたが最後、情報を管理していくことは非常に難しくなりつつある。現に、日本でも計り知れない量の情報漏洩が発生している。だからこそ、判決が論点として正面から掲げた自己情報コントロール権が重要になる。
自己情報コントロール権は国際社会の流れであり、コンピュータ時代の基本的価値観でもある。住基ネット参加の自治体は、住民の右の権利にしっかり応えなければならず、そのための体制づくりが必要だ。当然、かなりの費用と人手がかかる。そこで、問わなければならない。住基ネットは真に住民の利便性と行政コスト削減に役立つのかと。各自治体の答えは、本音ベースでは明らかに「ノー」である。司法の判断は分かれたが、住基ネットの根本的な見直しにつながる金沢地裁の判決を、私は高く評価する。