「 盧武鉉韓国政権が支えようと北朝鮮はすでに破滅の渕に “経済制裁”の効果は大きい 」
『週刊ダイヤモンド』 2005年1月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 577
1月上旬から中旬にかけて韓国を取材した。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権は北朝鮮とどう向き合い、拉致、核、ミサイル問題をどう解決しようとしているのか。一連の取材で見えたのは、いまさらではあるが、破滅の渕にある北朝鮮の実態と、それをなんとしてでも支えようとする韓国の姿勢だった。また北朝鮮の現状では、たとえ日本単独で行うにしても、経済制裁が大きな効果をもたらすことも明らかになった。
韓国のシンクタンクの研究員が語った。ひたすら親北路線を採る盧政権の下で、この研究員は匿名を条件として説明した。
「日本で論じられている拉致問題解決の手段としての経済制裁は、実行されれば影響はすこぶる大きいと思います。以前は経済制裁が金正日政権に与える影響は少ないと見られていましたが、2001年7月1日の金正日の大改革以来、様相は一変しています」
その日に発表された「経済管理システムの画期的改革」は、ロシアの有力紙「イズベスチヤ」が「ベルリンの壁崩壊に匹敵する出来事」「(北朝鮮は)自ら、体制の死刑判決文に署名した」とまで論評したものだ。それが北朝鮮の体制にどのような質的変化をもたらすのか。現代コリア研究所の玉城素(たまきもとい)理事長はこう見る。
「これは中央統制の計画経済を諦め、彼らの主張してきた社会主義を公然と放棄したことを意味します。ひと言でいえば、自力ですべてを賄うことを基軸とする改革で、組織(企業)も個人も、実利を上げて自活し、余剰利益を国家に上納せよというものです」
大きな特徴は、地方経済と中央経済を切り離し、道、市、郡の地方経済は地方財政の余剰分を国に上納する。一方、企業は社内留保を確保し、自主的に新規投資が出来る。その代わり厳格な原価計算と実利計算で自主経営し、余剰利益を国に上納するという内容だ。
個人崇拝、武力、食糧配給 3つの軸が崩れる北朝鮮
統制経済の行き詰まりは、大幅な物価上昇につながった。金正日政権が画期的改革と称して、物価を闇市場のそれに合わせて引き上げたからだ。闇経済に表の経済が駆逐されたのだ。それが国民に強いた負担を米価で推測してみる。
改革前、コメ1キログラムは8チョン(銭)だった。改革後は闇価格とほぼ同等の44ウオンに値上げされた。じつに550倍である。一方、国民の給料は、月額100~200ウオンが2,000~5,000ウオンへ上がった。10~50倍の増加にすぎず、これでは物価高に追いつけない。先の研究員は、事態はさらに悪化したと数字を挙げた。
「米価は2004年末現在で約400ウオン、規定の44ウオン以上の売買には罰金が科せられる仕組みですが、罰則規定は機能していません。金正日政権は、じつは統制経済を闇市場に合わせることで、闇経済を統制経済のなかに取り込もうとしたのです。明らかに事態は逆方向に進み、いったん政府の統制圏内に吸収されたかに見えた後、再び闇経済が出現しています」
しかし、現在の闇経済はかつてよりは規模が小さい。闇か正規かを問わず、経済が縮小し、勢いを失っているのだ。経済の衰退は、もう一つの結果ももたらした。かつて北朝鮮の経済は国民、軍、党に三分され、6、3、1で配分されていた。党とは、金王朝と取り巻きのごく一部の者たちのことだ。だが、もはやこの区分に沿った配給は不可能で、それが軍の士気を決定的に失わせている。北朝鮮の体制は個人崇拝の思想、軍という武力装置、そして生命の源を握る食糧配給の3つの軸によって確立されてきた。そのなかの最も切実な食糧配給も、軍への優先的配給も継続出来なくなっているわけだ。2つの軸が揺らげば、金父子への個人崇拝が吹き飛ぶのは時間の問題である。
盧武鉉には見えていない米中の“ポスト金正日”戦略
だからこそ、日本による経済制裁の影響は大きいと分析されるのだ。制裁は、金正日政権を細々と延命させている供給を断ち切る効果を有し、「極限の困難」をもたらす可能性がある。軍人を含む大量の脱北者も生み出すだろう。それでなくとも北朝鮮では、軍からの逃亡兵が増えている。かつては死刑に処せられた脱走に対して、現在は黙認状態が続いているのだ。規律を失った軍はもはや軍ではなく、金正日体制の護りとはなりえない。それでも、盧武鉉大統領は「北の体制崩壊は望ましくない」と言う。
「北の実情について真実を言いにくい世論が韓国にはあります。私も北の実情を報道するとき、表現を和らげなければならないほどです」
家族とともに北朝鮮の悪名高い政治犯収容所耀徳(ヨドク)に閉じ込められていた姜哲煥(カンチョルファン)氏が嘆いた。1977年から約10年間を地獄の収容所で過ごしたあと、92年春に脱北した氏は、現在韓国の有力紙「朝鮮日報」の記者である。
「北朝鮮から多くの情報が入ります。北朝鮮は底流で大きく変化しているのですが、そこを韓国の人びとは見ようとしません。特に盧武鉉政権は北の変化に意図的に目をつぶっています」
姜氏は、北朝鮮のエリートたちにとって金正日体制がすでに終わったことは常識だと言う。
「なのに彼を延命させたのが金大中(韓国)前大統領です。北の人間は金大中氏を嫌っています。韓国のなかの、北の国民にとっての敵は誰か、味方は誰かを彼らは分類しています。また、北の国民は決して親中国ではなく、むしろ親米です。盧武鉉はそれを理解しません。彼の周りに国の実態を知っている人間はおらず、北への誤った憧れを抱いている人ばかりです」
北朝鮮の国民が中国を嫌い、米国に親近感を抱くのは当然だ。脱北者を捕らえ、収容所送りが明らかなのにもかかわらず、彼らを北朝鮮当局に引き渡すのが中国政府だからだ。
「北朝鮮では日本への憧れも強い。国民は流入する日本製品の美しさ、性能のすばらしさに驚いています。中国製品とは較べものになりません。ですから北の人間は日本にも大きな期待を抱いています。金正日の支配から解放されるとき、北の国民が助力を期待するのは中国ではなく、米国や日本、そして韓国です」(姜氏)
そうしたことはなかなか韓国のメディアでは発言出来ないという。韓国政府は北朝鮮との対立を恐れ、北の崩壊を恐れ、難民を恐れ、韓国の国民には反日の機運が強いからだ。なによりも外交に無知な盧大統領には、米中両国が金正日政権を事実上見限り、ポスト金正日に狙いを定めて戦略を練っていることが見えていない。
同じことが、小泉純一郎首相にもいえるだろう。金正日政権との国交正常化を夢見るのは、歴史の流れを見る目を欠いているからにほかならない。金大中、盧武鉉両大統領が犯し続けてきた金正日政権に期待をかける過ちを、日本も犯してはならないのだ。むしろ、今こそ拉致問題解決のために効果が期待出来る経済制裁措置を、具体的に進めていくときである。