「 為替相場への介入を含め日本の賢い対応が求められる米国経済の悪化とドル安 」
『週刊ダイヤモンド』 2004年12月4日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 570
チリのサンティアゴで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で、ブッシュ・米国大統領は「強いドルを支持する」と言い、シュレーダー・ドイツ首相は「米国の財政赤字がドル安の最大の原因」だと指摘した。シュレーダー首相の政策や考え方は、往々にして方向違いだと思わせられることが多いが、今回は正しく、ドイツのフランクフルトで開かれた欧州銀行会議で11月19日、グリーンスパン・米連邦準備制度理事会議長もきわめて率直に、米国の財政赤字がもたらす負の影響を語った。
同議長は、「2000年に米国の財政赤字がGDP比4%を超え、他国の黒字によって支えられ始めて以来、米国の経常収支の不均衡はより顕著になった」「経常赤字そのものは問題ではないが、米国で現在進行中のように、累積赤字の増大は市場の活力を殺(そ)ぎ、国際金融市場における米国の立場を著しく損ね、より複雑な問題を引き起こす」などと述べ、もしこのままの状態が続けば、「各国の投資家たちのドルに投資する意欲が失われていく」と結論づけたのだ。
この発言を受けて、ブッシュ大統領再選で高騰した米国の株式市場は急落した。さらなるドル安、金利上昇、株安も懸念される事態だ。
ドイツ証券シニアアナリストの武者陵司氏が指摘した。
「グリーンスパン議長の発言を敷衍(ふえん)すれば、米国経済は無理を重ねてきており、いまやドル安は当たり前で、経済成長は抑制せざるを得ないということでしょう。そのなかで、同議長の役割は変化していくと思われます。経済を成長させてくれるチアリーダーのような存在から、むしろブレーキをかける役割への変化です。米国経済の悪化は世界中に大きな影響を及ぼしかねず、日本は、賢く処理しなければならない局面です」
ドル安、つまり円高になると必ずといってよいほど行われるのが、為替相場への介入である。2003年度の円高局面で日本政府が行なった介入は、過去最大規模の32兆円に上った(11月20日付「朝日新聞」夕刊)。円高で困るのは輸出企業だが、潤うのは国民・消費者である。貿易立国日本にとって、輸出企業を守ることの意味は十分に理解できる。しかし、国民(消費者)の視点に立てば、円高はすべて否定すべきものでもない。だからこそ、円高を防ぐための過剰な介入は大変な国民負担につながることを念頭に置いて、国民負担を強いるのに値する賢い使い方をせよということだ。
先述の32兆円という額は、予算編成のために日本政府が発行する赤字国債約40兆円に迫る額である。これほどの資金を投入して円高ドル安を阻止して、米国を助けている割に、日本政府の行動が国際社会で支持されていないのは、国民の目から見て納得がいかない点だ。
「米国の財政赤字は累積で約七兆ドル、GDP比約65%に達します。加えて、米国には政府が債務を保証した住宅関連の貸し付けが約6兆ドルあります。両方で13兆ドル(1,430兆円)、GDP比で1・3倍です。日本の財政赤字のほうが数字は悪いのは確かですが、日本は自前の国内資金で賄っています。他方、米国は外国資金です。米国経済の実態は、米国人が考える以上に脆いのです」と、武者氏は強調する。
国際政治に及ぼす米国の財政赤字の影響には容易ならざるものがある。ブッシュ大統領のイラク戦略で、戦費は当面かさみ続ける。だが、米国経済が弱体化すれば、テロと戦う米国の意思は揺るがずとも、兵糧不足に陥る危険性もある。困難な課題に直面するブッシュ政権の米国。中国への抑止力としての米国の存在が不可欠なだけに、今、日本は米国を支えつつ、一日も早い真の自立を達成することに邁(まい)進すべきだ。