「 単なる領海侵犯ではない 太平洋からの侵入が証明する中国の狙いは米空母の阻止 」
『週刊ダイヤモンド』 2004年11月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 569
発見され追尾され、原子力潜水艦が中国に戻ったところまで確認されて初めて、中国側が謝罪した。武大偉(ぶだいい)外務次官は11月16日、阿南惟茂(あなみこれしげ)駐中国大使を中国外務省に招き、口頭で中国海軍所属の原子力潜水艦が日本の領海を侵犯したことについて、「技術的原因から日本領海に誤って入った」として「遺憾の意」を伝えたそうだ。事件発生から六日後である。
中国外務省の章啓月(しようけいげつ)副報道局長も同日の記者会見で武外務次官の謝罪を認めたが、中国外務省のウェブサイトに載せた章副報道局長の記者会見録からは、日本への遺憾の意の表明部分は削除されている。国内向けには日本への謝罪を知らせず、中国は日本に対して常に正しいという姿勢を崩さないのだ。
武外務次官の「技術的原因から日本領海に誤って入った」との説明はまったく信用できない。日本側が今回の原子力潜水艦領海侵犯事件で注目すべきは、原子力潜水艦が太平洋側から日本の領海に入ってきた点だ。長年、中国海軍の動きを分析してきた杏林大学の平松茂雄教授は、領海侵犯は重大な事件ではあるが、問題はそれよりはるかに大きいと語る。
「中国の原子力潜水艦が通ったルートを見ると、先島(さきしま)諸島のあたりから北上し、石垣島から尖閣諸島の東側にかけてさらに北上、海上自衛隊の護衛艦とP3Cによる追尾を受けてたびたび蛇行しながら、中国・青島の軍港に入っています。われわれは、中国の原子力潜水艦が太平洋側にいたことにこそまず注目しなければならないのです。中国の軍港からいずれかのルートで太平洋側に出て、情報収集などの任務を果たして、中国に戻る途中、つまり復路で見つかったと考えるべきです。往路ですでに日本の排他的経済水域や領海を通った可能性は否定できません。言い換えれば、中国はこれまで幾度も日本の領海を侵犯してきたと考えざるをえないのです」
日本側の追尾に対して、中国の原子力潜水艦は東シナ海の、場所によっては水深60メートルという浅い海を、海底に張りつくような状態で潜航し続けた。速度を上げたり落としたり、海底の起状に沿って深度を調節し、一度も浮上することなく逃げ切っている。この状態を見れば、「技術的困難」という弁明は白々しい。
問題はその先である。中国の狙いは明らかに米国の空母の阻止にある。1996年、台湾総統選挙に李登輝氏が立候補し、中国は台湾海峡にミサイルを撃ち込んだ。米国は空母2隻を同海域に派遣、米空母が同海域に接近したとき、中国側はさっと退いた。退かざるをえなかった。
「あの屈辱を中国は忘れていないはずです」と平松教授は強調する。
台湾を抑え、日本の主張を無視して、中国の大陸棚は沖縄の直前まで続いているから東シナ海はほぼ全域中国の海だ、との主張を押し通すには、中国はなんとしてでも米国の力をこの海域で減殺していかなければならない。米国の力は強大な軍事力、就中(なかんずく)、空母によって構成される。その空母の動きを封ずる最も効果的な方法は、原子力潜水艦でなくとも、普通の潜水艦を配備することだ。
潜水艦を一隻でも配備すれば、そこから発射可能なミサイルによって空母の横腹や中枢機能に被害が生じかねない。いかにその潜水艦が旧式のものであっても、脅威は深刻である。
中国にとって潜水艦能力を高めることは、比較的安価な予算で、世界最強の米国海軍と互角に戦う方法なのだ。今回の領海侵犯は、単なる日本への領海侵犯ではない。大きな戦略的思考のなかで分析しなければならない課題だ。それが日本は中国への警戒を解かず、日本の防衛力の充実を図り、米国および台湾との連携をさらに強めていかなければならないゆえんだ。