「 皇室典範改正でも伝統を厳守せよ 」
『週刊新潮』 2011年12月8日号
日本ルネッサンス 第488回
羽毛田信吾宮内庁長官が10月5日に野田佳彦首相を官邸に訪ね、女性宮家の創設を「火急の案件」として要請したと、「読売新聞」が11月25日朝刊で報じた。
6日に入院された天皇陛下は気管支肺炎から回復されて24日、無事、退院なさったが、陛下のご病気に際して、誰しも皇室の未来に危機感を深めたのは確かだろう。
危機感は第一に皇族方の数の少なさから生まれる。20歳になられたばかりの秋篠宮家の眞子さまはじめ女性の皇族は結婚されれば皇籍を離脱されるため、悠仁親王殿下が成人される頃、悠仁さまを除けば皇族がお一人もいなくなる可能性がある。
けれど、混同してならないのは皇族方の数の少なさと皇位継承の不安定さは、現時点では直接結びつかないという点だ。皇位は天皇陛下のあとを皇太子、秋篠宮、悠仁さまのお三方が継いでいかれるため、今後幾十年間は極めて安定しているのである。悠仁さまご誕生の前は、皇太子さま、秋篠宮殿下のあと、どなたが継承なさるのかが見えないため、皇位継承は心配の種だった。ご誕生後はこれから少なくとも二世代、つまり半世紀以上、皇位継承の心配はなくなったと言ってよい。
だが、前述のように皇族の方々が減り続ければどうなるか。天皇皇后両陛下がご高齢にも拘わらず献身的に国民に向き合われ、国民のために祈り、国事をなされているご様子に、国民は、もっとご負担を軽くすることが必要だと感じている。そのひとつの方法が皇族方にお手伝いいただことだ。
だが、繰り返しになるが、いまのままでは皇族はやがて悠仁さまお一人になる。米国の占領下におけるGHQの決定で、皇室の最重要のお役割である祭祀は皇室の私的行為にされてしまった。皇室の存在理由への真の理解を欠落させたまま、悠仁さまは両陛下及び皇族方が手分けして行っているご公務を、すべてお一人で担わなければならない孤独な時代がやってくる。皇室の基盤はこの上なく脆弱になる。
小泉首相でさえ…
紀元前660年に大和橿原宮に都を開き初代天皇に即位したと伝承される神武天皇以来、2,670年余の皇室の歴史上初めて、たったお一人で皇室の歴史を担う立場に悠仁さまは立たれることになるのである。
このような状況を改善し、日本の歴史の粋である皇室の基盤を強化するために、皇族の裾野を広げて天皇を支える皇族方を周りに置くことの必要性は誰もが認めるだろう。
その具体策を羽毛田長官は女性宮家創設だとして検討を要請したと「読売」は報じたわけだ。記事の内容が正しいとすれば、宮内庁長官の行動としては差し出がましいこと限りない。
天皇陛下のご病気に直面して、皇室の未来に危機感を抱き皇室の安泰をはかるために具体策を考えていただきたいと要請することは、皇室をお守りするお役所の長として、当然の責務である。しかし、その先に一歩踏み込んで具体的に女性宮家創設を要請したとなれば、そこには、後述する理由ゆえに、いずれ女系天皇誕生に道を開きたいという意図があると見られても仕方がないだろう。
そもそも長官はその種の具体策を内閣に働きかける法的権限や立場を有しているのか。いないはずであり、長官の言動は責務を超えた越権行為であり、不遜も甚だしい。
ここで想い出すのは小泉純一郎首相(当時)の下で開かれた有識者会議である。会議の座長はロボット工学の吉川弘之氏だった。日本の歴史、特に皇室とは無関係の人物が座長を務めた同会議の答申は福田康夫氏の意を受けた古川貞二郎元官房副長官らが中心になってまとめた。内容は皇室の長い伝統を根本から変えることになる女系天皇誕生に道を開くものだった。
皇室問題が如何に軽く扱われたか。それは有識者会議を設置した小泉首相でさえ、この問題の最大のポイントであった女性天皇と女系天皇の違いを理解しないまま、突き進もうとしたことに象徴されている。
女性であれ男性であれ、父方の血統で皇統につながる天皇が男系天皇であり、母方の血統でのみ皇統につながるのが女系天皇である。日本人は男系天皇を2,600年余り固く守り通してきた。時には皇位継承者が見つからず、苦労して皇室のお血筋を受けた男系天皇を探し出す努力を重ね、日本民族の粋である皇室を神話の時代から今日まで形を変えずに守り通してきた。平成の時代の私たちの責任は先人の思いを大切にし、古来から続いた価値観を守ることだ。そのように問われたとき、小泉首相はこう言ったのだった。
「愛子さまが天皇になって、そのお子さまが男子であれば男系でつなげるではないか、それで何が問題なのか、と」
「大和民族の智恵」
愛子さまは皇太子のお血筋をひいているために、女性ではあっても男系天皇である。けれどそのお子さまは、たとえ男の子であっても母親の血によって天皇家につながるために女系である。女性宮家が創設された場合、お子さまが男子であっても、母親の血によって天皇家につながるために女系である。羽毛田長官の女性宮家創設の真の意図は、実はここにあるのではないかと思われる。そしていまでも男系と女系の違いがわかっていない国会議員はいるのではないか。
06年のことだが、寬仁親王殿下が仰ったことを思い出す。
「民族の知恵ということで言えば、今回の議論では、男女平等とか、男女共同参画といった考え方もあるようですが、それは日本国民が守っていかなくてはならない民主主義の中のひとつの規律です。しかし、そもそも皇室というものは、そうした民主主義の規範内にぴたりとおさまる存在ではないということも忘れてはなりません」「皇室というものはそういった国民の規範からわざと外して、別格としてある。これまた大和民族の知恵だろうと思います」(『皇室と日本人 寬仁親王殿下 お伺い申し上げます』加瀬英明、櫻井よしこ、小堀桂一郎ほか、明成社)
天皇皇后両陛下のご負担を軽くするために皇族の方々の数を増やすことは賛成だ。しかし、日本の深く長い歴史に対する責任として、皇室の本質を変えないための知恵を働かせたい。考えられる具体策のひとつは寬仁親王殿下も語っておられるように、旧皇族の方々を家族養子の形で皇籍に迎えることではないか。
秩父宮家や高松宮家は、養子がとれないために絶家となって今日に至る。いまも健在な旧皇族方に昭和天皇の由緒ある宮家の祭祀を継いでいただくなどの方法を考えたらいかがかというご意見は、ひとつの方法として傾聴に値すると思うがどうか。