[対談] 城山三郎 vs 櫻井よしこ 「 指揮官『小泉純一郎』を採点する 」
『週刊新潮』 2004年9月2日号
日本ルネッサンス 拡大版 第130回
櫻井 お暑い中、ありがとうございます。
城山 こちらこそ。あんまり日差しが強いからサングラスなんかしてきちゃって。
櫻井 かけますか。
城山 いや、人相悪くなっちゃうからね(笑)。
櫻井 終戦の日というか、敗戦の日も暑かったですけれど、小泉首相は千鳥ケ淵の戦没者墓苑にだけ行かれました。靖國神社は1月1日に行ったから、ということです。しかし、せっかく千鳥ケ淵まで行かれたのなら、なぜ靖國神社もお参りをしないのかと残念です。
城山 小泉さんならではのバランス感覚というのかな。片方にだけ行かずに、ある時はあっち、今度はこっちという、ある種のバランス感覚じゃないですか。
櫻井 首相就任前に、特攻基地の知覧(鹿児島県)に行かれ、テレビカメラの前で涙まで流して、国のために命を落とした人への気持ちを示していたわけです。あの戦争が正しかったか間違っていたかという議論ではなく、亡くなった人たちに対する感謝の気持ちで襟を正さなければならない日があるとしたら、そのひとつは8月15日だと思います。お年賀に行ったからもういいということとは違います。こうした小泉首相の指導者としての信念に欠けるところが、下降気味の支持率に表れていると思います。城山さんは小泉純一郎氏の資質について、どう感じていらっしゃいますか。
城山 小泉さんが総理になるずっと前、ある新聞社の政治部長が、小泉という代議士が話をしたいと言っているからというので、会いました。ホテルの小部屋で3時間近く話しましたよ。
櫻井 楽しい方ですか。
城山 まあ、話は弾む人だね。その日は大晦日だったから、「正月、どうしますか」って聞いたら、「明日からオーストラリアへ行って静養する」って言うんです。向こうで本を読んで過ごすんだと。政治家の正月って、名刺を選挙区に配って歩く書き入れ時でしょう。それをしないで、自分の充実のためって言うんでね、この人は案外いいところあるなっていうのが、最初の印象。
櫻井 自分の時間を持って、本を読んだり、舞台を楽しんだりって、いいことだと思います。そのリラクゼーションが政治家にとっては国のための政策、戦略を作り出す栄養分となるわけですから。でも、小泉首相はそれが栄養にならずに、楽しみで終わっていませんか。
城山 そうだね。プライベートな時間をどう使おうがいいけど、本業をしっかりやって貰わないとね。
総理の中では発信性能肥大、受信性能故障っていう人が結構多いわけです。でも、それでは長続きしないし、じっくり人の話を聞くという人じゃないと、自分が育たないと思いますね。
櫻井 まさに、小泉首相は育っていない。地位が人間を育てるとはよく言います。でも、彼は何十年も前から言っていることの繰り返しです。
城山 とにかく改革、改革と言うけれど、日本の公務員、官僚は米国に比べると5倍多いのかな、議員は2倍。それを減らすことこそ一番大事な改革でね、そこに全然触れないで改革、改革と言ったってナンセンス。改革を口にするなら、まずそれをやるべきです。
日本は官僚に滅ぼされる
櫻井 城山さんとは個人情報保護法で一緒に論陣を張りましたね。小泉首相の“改革”には、他にも国民総背番号制の住基ネット、国立大学法人法、道路公団、郵政民営化と様々ありますが、この方の言動の乖離があまりに大きいので、一体どこまで信用出来るか疑問を持っています。城山さんはいかがでしょう。
城山 個人情報保護法について言えば、最初の法案が酷すぎました。Aさんのことを書こうと思ったら、まずAさんに「あなたのこと書きますがいいですか」という許可を貰えと。そして「あなたのことを書くに当たってBさんに話を聞きますがいいですか」と許可がいる。さらに「Bさんにこういう話を聞いたが、これを使っていいですか」と。もちろん発表する前に、こういうものになりましたと読んで貰って許可がいる。こんな言論を全面的に否定する法律の原案を誰が作ったのか。或いはどんな過程でこれは作られたか。そこをまず明らかにしたかった。そうしないとまた同じようなことをやるから、徹底的に反対したのです。
櫻井 あのとき、城山さんは、小泉首相に手紙を書かれましたよね。
城山 手紙も書きましたし、あらゆる機会をつかまえて、反対の意見を言いました。結果的に、これも一種の小泉さんのバランス感覚でしょうけれども…。
櫻井 修正されましたね。
城山 いま挙げたようなことはほとんどなくなった。けれど、こんな恐ろしい法案を平気で作る官僚をなぜ政府は採用するのか。官僚亡国、日本が官僚によって滅ぼされるのは確かです。
櫻井 歴代政権の中で、官僚政治を変えてくれると国民が期待したのは、小泉首相に対するものが一番高いと思います。にもかかわらず、大変皮肉なことですけど、官僚政治の跋扈は今がその最盛期ではないかと私は考えます。
城山 日本の財政を考えたら、それではおかしいという気持ちはないんですか、小泉さんには。
櫻井 日本の一般会計予算80兆円の4.6倍にもなる370兆円が特別会計に入っています。これをやめれば、財政の大改革になるわけです。その突破口が道路公団改革だったのですが、ここを押さえずに、どんなに民営化だと言い繕ってみても、意味はありません。
城山 ええ。
櫻井 でも特別会計には全然触らなかったし、私たちの郵便貯金を使った財政投融資にも全く触らなかったわけですから、これだけでも改革は偽物です。それでも小泉首相は「何が悪いんですか。民営化委員会の言うこと、8割も聞いたじゃないか。何年かしたら、非常に立派な改革だとみんなが感謝するに違いない」と開き直っておられます。
城山 膨大な金額ですから、当然スパッと切るべきです。“改革”という以上はね。
櫻井 あの方が一番重要視しているのは、支持率。支持率こそが小泉政権の基盤ですからね。派閥を押さえているわけでも、自分の政策論で説得出来るわけでもない。とにかく国民の人気を得ることしか頭にない。
城山 人気取りのために国民が何かを失ったかとか、或いは国民の当然知るべきことが知らされなかったということになると、これは大問題ですよね。
櫻井 城山さんは『指揮官たちの特攻』で、特攻隊員の話を書かれましたね。あの中には涙なしには読めない隊員たちが出てきます。ただ、あの史上類のない犠牲を前提とした戦術を採るに当って、政策決定のプロセスもなく、いつの間にか決まってしまったというのは、小泉政権とも似通っているところがあるのかしら。
城山 なるほどね。軍司令部や参謀本部が何を考えているかといったら全くわからんからね。公開出来るものは公開すべきです。何でもかんでも秘密で命令に従えだけでは、本当に大変なことが起こるわけですから。
僕は、あなたの『権力の道化』ね、猪瀬さんのこと書かれたでしょ。あれ読んで思ったんだけど、民営化委員を引き受けた以上、自分の路線を思い切って貫き通すということが出来ないんですかね。
櫻井 小泉首相と猪瀬直樹という人の言動を見ると、国民に対して公に言ったことと、実際に行ったこととが酷く違うという意味において、すごく似ていると思いますね。
“改革”はポーズだけ
城山 歴代の首相で、僕が面白いなあと思ったのは池田勇人。数字に強いのが売りだったでしょう。
櫻井 ええ。
城山 だけど、僕の見る限り、数字は確かによく出てくるけれども、使い方が違うと思って、新聞に書いたわけよ。そしたら、すぐ彼の秘書から電話がかかって、ぜひ一度お会いしたいと。自宅に呼ばれ、数字を突き合わせて、この数字はおかしいと言ったら「うーん、今日の閣議にかけた一番新しい数字があるから、ちょっと待って」と、バーッと走っていくの。そしてバタバタバタッと走って帰ってきて「これでどうですか」と新しい資料を見せる。だけど、やっぱり僕の考え方と合わないんです。池田さんは「うーん、そうか」と言って「ところで、あなた、大学で教えているそうだけど、大学での資格は何だ?」と聞くから、専任講師と答えると「僕を教えられるのは、講師でなく教授だよ」。可愛いでしょ。そういうものがないね、小泉さんには。
櫻井 間違いを指摘されると開き直りますからね。
城山 ゴルフも随分やりましたけど、佐藤さんは胸を張って堂々と行進するタイプ、宮沢さんは松ぼっくりを打っていつも反省してる(笑)。中曽根さんは、前がつかえて打てない時に、SPを隣に座らせるわけですよ。何をするかと思ったら「これまで何の仕事してきた?」と聞いている。「白バイに乗っていました」とSPが答えると「白バイに乗って一番大変なことってどういうこと?」なんて、ずうっと話をしていくわけよ。
櫻井 ほぉ、勉強家ですね。中曽根さんは政治家1年生のころから、総理大臣になったらすべきことを大学ノートに4~5冊分書いたという逸話がありますね。どの人間を使って、自分の考えた政策をやらせようかと人を視た。ですから、旧国鉄の分割民営化は、土光敏夫さんを口説いて、土光臨調が出来た。土光さんがいたからこそ、あの国鉄改革は出来たわけですよね。
対して小泉さんは道路公団民営化と言いながら、やり遂げるような人物を選ぶでもなし、指示を与えるわけでもない。その上、明らかに族議員と手を結んで、国民を欺いた。
変革の気概をもて
城山 それにもう1つ、わかりやすい例だけど、英国のブレア首相が、北アイルランドでテロがあった翌日、そこへ飛んで行ったでしょう。向こうは待ち構えているわけで、命を捨てる気概をもって現場へ行った英国首相って偉いなと思ったね。
櫻井 小泉首相は、最初に北朝鮮へ行った時には、政治生命を賭ける覚悟があるような雰囲気でした。しかし、準備不足で大きな悔いを残した。命がけなら、準備も周到にした上でなければねぇ。
城山 やるべき時は、獅子奮迅でやらないとね。浜口雄幸首相が井上準之助を大蔵大臣に招くとき、「一緒に死のう」と言ったわけです。金本位制への復帰、つまり金解禁という難しいことをやれば、必ず恨まれて、命を落とすことになる。それでも一緒に死んでくれるかと。やっぱり政治家はそこまでいかないとね。あの2人がやった改革は本物の改革だった。で、2人とも命を落としてしまった。
櫻井 命は落としませんでしたけど、日米安保改定で反対運動が激化する中、岸信介、佐藤栄作兄弟は「万一の時は一緒に死のう」と言ったそうです。
城山 ほお。
櫻井 この国のために、死んでもいいからここを守るとか、変革させるというのがあると思うんですよ。小泉首相も、そういう気持ちでやれば、国民は必ずついて行ったと思うんですね。
城山 そうそう。今からでも遅くないじゃないですか。
櫻井 それはどうでしょうか。道路公団で失敗し、支持率も下がったから、きちんとやるために、今度は郵政に命をかけると見る方もいます。でも、ある方の奥様が、以前は小泉首相の支持者だったのに、この頃はあの顔がテレビに映るとパチッとチャンネルを替えるんだという話を聞いて、私、すごくよくわかるんです。
城山 これまでの小泉政権を100点満点で評価したらどのくらいですか。
櫻井 すごく甘くして、30点あげようかな。自民党は壊さなかったけれど、旧田中派は壊した。金権政治の大本を壊したわけですから、これで自民党の悪しき土台は崩れていくと思いますし、民主党台頭の予兆を作った。でも、それ以上の前向きな変化はなかったから30点。
城山 ある人が言っていたけど、女性を見て甲というのは結婚したいなという人、乙は結婚してもいい、丙はもう会いたくない、丁は大変な人に会っちゃった(笑)。小泉さんは個人情報保護法の内容を大幅に改め、言論表現活動の自由を損なわぬようにしてくれた功績があるので、私の評価は乙です。
櫻井 結婚相手なら、丁、マイナス30点です。だって離婚したとはいえ一番下のお子さんに一度も会ってないというじゃないですか。妻はともかく、子供にはなんの罪もないはずでしょう。
城山 信じられないね。聞いてみたいね、どうして会わないのか。
櫻井 ぜひ聞いてください。
城山 (笑)機会があったら聞くよ。
櫻井 結局、小泉純一郎は調子がいいだけの男かしら。
城山 調子がいいっていう表現、いいなあ。