「 『国益』とは何かを考えよう 」
『Voice』 2001年3月号
竹中平蔵・櫻井よしこ連載対談 目を覚ませ、日本人 第3回
アメリカが憲法改正を求めてくる日も近い
櫻井:ブッシュ氏がアメリカの新大統領に就任し、対日政策が変わるかどうかが注目されています。私は、アジア戦略の軸足の置き方において大きな方向転換が図られる可能性が強いのではないかと思っています。クリントン政権のときに中国に傾斜した姿勢を日本重視に戻し、日本に国家としての自立を求めていく方向への転換です。たとえば、湾岸戦争を統合参謀本部議長として指揮したコリン・パウエル氏が国務長官に指名されたとき、「中国は米国の戦略的パートナーではない」と演説し、クリントン前政権とは異なることを強調しました。ブッシュ大統領自身も就任前に、中国は競争相手ではあるがパートナーではないといっています。
北朝鮮については、援助は構わないが約束が履行されることが大前提であるという姿勢を明らかにしています。ブッシュ政権の姿勢からは日本に対して北朝鮮への援助を促すというようなことも少なくなるでしょう。かといって韓国は独自に北朝鮮を援助する力はありません。その結果、北朝鮮は中国に頼らざるをえなくなる。金正日氏が1月に急に中国を訪問したのもわかる気がします。そうすると、北朝鮮の後ろに中国がつき、ロシアもついている。韓国の後ろにはアメリカと日本がついているというように、朝鮮半島はかつての構造を想起させるような状況になってきました。しかし、かつてと大きく異なるのは、韓国の政権が、心理的に北朝鮮に非常に融和的になっているということです。もう一つ別の言い方をすれば、金大中政権が北朝鮮側に、いくぶん呑み込まれた形といってよいと思います。一方、中国の銭其シン外相は「アメリカと戦うことは好んではいない」と穏やかな表現でアメリカとのあいだには波風を立てたくないという姿勢を示しながら、他方で、ロシアと接近しています。中国は中国で、アメリカに対してアメと鞭の政策を使い分けているわけです。
こうした状況のなかで、昨年10月に民主・共和両党のブレーンによる政策提言「日米・成熟したパートナーシップに向けて」で述べられていること、つまり日米関係は米英関係に学ぶべきだという考え方に注目する必要があると思います。イギリスは厳然たる主権国家であり、米英関係は完全に対等で補完し合う関係です。それと同じ関係を日本に求めてきているのです。同時に、集団的自衛権の行使ができないのは日米関係の妨げになっているとはっきり述べています。このようにはっきりと集団的自衛権に注文をつけたのは前例がないことです。提言は両党のブレーンの共同提言ですから民主党の意向もあって「憲法改正」という表現は使わず、「集団的自衛権」という表現にとどまったのだと思いますが、それにしてもアメリカ側の思いの強さというものを感じます。ブッシュ政権が成立したいま、憲法改正を求めてくる日も近いのではないか。そうするとこれからの日本の国内政治の焦点は、ひとつは公明党をどう扱うかということ、もうひとつは憲法を改正するか否かの議論になっていくと思います。
竹中:国際関係をパワーバランスとして分析する学問がありますが、そのなかで使われる比喩に“恋人の関係と夫婦の関係”というものがあります。恋人の関係のときは甘い言葉ばかりささやきますが、結婚して関係が安定すると安心して喧嘩ができるようになるのです。アメリカが憲法にまで踏み込んで日本に対して厳しいことをいってくるのは、両国関係が進んだという見方もできるのではないかと思います。つまり一見、逆戻りのようですが、やはり進化していると見るべきでしょう。日米関係が新しい政権下でどう変わっていくかはなかなか読めないのですが、一般論としていえば、やはりアメリカは対中国外交を重視して、国益のための戦略をつねに考えています。パートナーである日本に何を求めるかといえば、共和党は基本的に日本のことを大事に思っているがゆえに、日本に対して厳しい責任を求めてくるという関係になるでしょう。
ところで、クリントン以降の日米関係を見ると、2年ごとにコロコロと変わっていることがわかります。93年から95年までのイシューは圧倒的に貿易摩擦でした。95年が円高のピークで、そのときのプレーヤーがUSTR(アメリカ通商代表部)のミッキー・カンターでした。ところが95年から97年にかけては、沖縄でのレイプ事件などが起こって、むしろ日本とアメリカがいかに協力して太平洋地域にコミットしていくかという安全保障の問題が重要課題になりました。このときのプレーヤーが国防総省のジョセフ・ナイでした。ところが97年から99年にかけて、また局面が変わりました。この時期の日米関係の最大のイシューは日本の経済危機をいかに防ぐかということであり、プレーヤーは財務省のルービンとサマーズでした。国防総省より財務省が表に出てきた時期でした。そして99年から2001年に入るまでの2年間はきわめて珍しい時期で、日米関係にほとんど波が立たなかった。アメリカの経済はとても好調で、日本も経済危機が収まってきたからです。
そしていま、リーダーが代わって新しい日米関係をどう位置づけるかという時期に入っています。ここ1、2ヶ月で、アメリカは明らかにリセッション(景気後退)に入りました。しかしアメリカがハードランディングすることはないでしょう。ITを取り込むことによってアメリカが底力をつけているからだといわれます。ですが、これはニューエコノミー下で初めて迎えるリセッションです。オーバーにいえば、人類で最初のデジタル・リセッションを日米で共同してどう乗り越えていくかが、今後の短期的な重要イシューになるのではないでしょうか。
櫻井:アメリカの経済は光と影のコントラストがすごく強い。クリントン大統領の時代、前代未聞といっていいほどの輝かしい好況を経験し、財政赤字もすっかりなくなってしまいました。しかしその陰で、国民と民間企業はすさまじい借金漬けになりました。株高の含み益をあてにして金持ちになった気になって借金をして消費し、そのぶんの税金を納めた。企業も株高で資金調達が容易になり、設備投資したり、企業活動を広げていった。けれど体質は外部資本、つまり借金依存体質になっていった。GDPに対する債務増加率は、昨年で企業が5.6%、対外的な貿易の債務が4.5%、個人の債務が6.2%も増えています。空前の増加率です。
こうしたクリントン時代の経済運営とは異なる手法をとることを新しい政権は示しています。10年間で150兆円の減税を2002年から行なうといっていたのを今年度に前倒しするとブッシュ大統領は決めました。減税という大規模な景気対策をしながら、一方では民間がバブルの借金体質から抜け出すための方策をとる。これは必然的に日本に対してグローバライゼーションを徹底しなさいというプレッシャーになります。そうしますと、日本では2002年から始まるペイオフや会計基準の改革などを進めるかたちで、経済面でも国際社会のルールにより適合した経営を実行していかないと国際的なパワーとしての責任を果たせなくなります。
しかもこれは、政治と安全保障分野での変化と連動していかなければなりません。国際社会でもっと主権国家らしい振る舞いを求められ、その最たるものとして安全保障分野での大きな変化が期待されるのではと考えます。そのとき、日本はアメリカとの共同歩調をとりながらも、それでもただ、アメリカのいいなりになったり顔色をうかがったりではいけないのであって、中国や東南アジアの動向を踏まえて独自の視点で日本の政策を形成していくべきです。
よい外圧と悪い外圧を国益に則って識別すべき
竹中:私たちが何年か議論してきたことが全部出てくる年になりそうですね。結局、問題の先送りが今日の閉塞感を生み出してきたんですね。いま、たいへん重要なキーワードがいくつか出てきました。たとえば主権国家として日本独自のアジア外交を展開するということは、つまりガバナンス(統治)の問題です。ガバナンスの基本には国益があり、日本の国益は何であって、それを制約条件のなかでどう実現していくかという議論が根本から抜け落ちたままです。とはいえ、日本の国益は何であるかをはっきりさせることが難しくなっていることは事実です。日本はもう、かつてのような単一の小さな社会ではなく、複雑で多様な大きな社会ですから、一人の利益は他の人の不利益になることが多く、したがって国益を規定することは格段に難しくなっていますが、しかし国益を考えない外交はありえません。それを考えるひとつのチャンスが日本にはありました。それは何度も申し上げていますが、1月6日から新しい体制が始まった中央省庁再編でした。総理を中心にした新しい体制ができるはずでしたが、どうもうまく機能していないようです。総理補佐官もまだ置かれていない。外交の補佐官を置けばいいと思うのですがね。櫻井さんや岡本行夫さんのような方にお願いすればいいと思いますけれど。
櫻井:竹中さんはどうして入らなかったのですか?
竹中:依頼されていないですし、仮にされたとしてもインセンティブがないからできません。櫻井さんだったらやりますか?
櫻井:ちょっとできないかもしれませんね。
竹中:インセンティブの問題ですよね。このあいだ『13デイズ』というキューバ危機を題材にした映画を見ましたが、補佐官というのはかっこいいですね。
櫻井:アメリカの場合はね。
竹中:そう、アメリカの場合は、ということです。やはりガバナンスをしっかりするためにはリーダーがしっかりしていなくてはいけなくて、その下で国益とは何かを規定するためのスタッフが必要なのです。そのスタッフを強化させるのが中央省庁再編の本質だった。しかしチャンスを逸してしまったようで残念です。
櫻井:先月号で申し上げたことですが、総務省、なかでも旧郵政省のことを調べましたら、国民の金融資産の7割から7割5分が銀行や郵便局に積まれています。郵便貯金はもちろん財投に使われていますし、民間の金融機関に預けられたお金も国債や地方債を買うのに使われているケースが多く、金融資産の7割強がノーリスクだけれど、きわめて少ないリターンで、郵貯・財投・国債などのかたちで国と地方自治体の公共債務になってしまっています。国民の金融資産のこれほど大きな部分が、国と地方の債務に充てられているこんな国は、社会主義の国としかいいようがないです。
民間銀行の体質を見てもその脆弱さに驚くばかりです。銀行の資本総額は32兆円ですが、そのうち7兆円が公共資金ですから、自己資本は25兆円になります。彼らのもっている株式は100兆から120兆ですから、株価が10%下がっただけで自己資本の半分が、20%下がれば全部なくなってしまうのです。今日と明日が快適であればいいというような改革に甘んじてきたために、経済の基本である金融が体質的にとても弱くなっています。アメリカとの関係で考えますと、金融システムの変革を求める圧力も強くなると思います。アメリカのリセッションは生まれ変わりのためのものでしょうけれど、日本はあっぷあっぷしながら突き落とされていきかねない容易ならざる事態だと見ています。
竹中:ご指摘のとおり、アメリカは管理されたリセッションです。今年に入って連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン議長が公定歩合を下げましたが、じつはその前に5回続けて上げているわけです。まもなく、もう一度下げると思いますが、このあたりのやり方を見ていますと、まさにきちんと管理されていることがわかります。
日本の財政の異常さについて、もうひとつだけお話ししておきたいと思います。それは地方財政です。国と地方を合わせた借金残高は660兆円ですが、とにかく1300兆円というグロスの貯蓄があるために、国債の大きさの割には金利が上がるという現象は顕在化していない。しかし、どこかで綻びが出はじめたとき、次々と伝染するようなかたちで顕在化する可能性があります。そしてその綻びは、間違いなく地方財政からくると思います。日本には3300の地方公共団体がありますが、不十分であるにせよ、職員の退職給与引当金を積んでいるところは3割しかないのです。団塊の世代があと5年くらいで退職する時期になるのですが、そのとき支払い能力はないですから、慌てて借金をすることになるでしょう。その調達先は、ひとつしかない。地方銀行です。最近、長野県と栃木県で県政のメインストリームを継承するはずの人が選挙で負けるケースが起きていますが、これはまさに地方の危機がはっきりと見えてきたことを示していると思います。一部の市町村で資金調達が難しくなったとき、国と地方の借金の重さと日本の公的金融機関の異常さが市場ナ共通認識される時期がくるのではないでしょうか。
櫻井:アメリカは97年頃に対日政策をぱっと変えましたね。市場に競争原理を導入しなさい、銀行も競争力のないところは潰れなさいといっていたのが、急に銀行が潰れる前に公的資金を導入してくれといってきたわけです。アメリカはアメリカのことしか考えていないのに、日本は自国の立ち直りは二の次であるかのように、アメリカとのおつきあいのなかで国民の税金を使って目前の問題解決に翻弄されている。いい意味でも悪い意味でも、こんないいかげんなおつきあいは、21世紀には許されないと思います。では日本の国益とは何か、またその国益を具現化するために何をするかという戦略は日本にないですね。
竹中:考えようともしていない。
櫻井:漂流する国家です。アメリカは日本こそが戦略的パートナーだといいますが、現状の日本は頼りないパートナーです。地方で自民党の候補者がつぎつぎに負けていますが、7月の参院選で自公保3党が敗れる可能性も大いにありえるでしょう。
竹中:アメリカや中国などの大国を見ますと、ひとつの共通点がある。それは、明快なダブルスタンダードをもっているということです。中国は“全方位外交”といってみんなと仲よくするといいながら、台湾に対しては徹底した威圧外交を仕掛けています。アメリカでは、1998年にLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)に対してニューヨーク連邦準備銀行が行なった裁量的介入政策を見たときに、これこそがアメリカだ、と感じました。平時においては徹底した自由化の原則を貫きながら、非常事態が起きれば、逆に徹底した介入政策をとる。しかし場面によってそうした転換を行なうところが、まさに戦略だと思うのです。日本は平時の原則も不徹底なら、有事の介入も不徹底です。
もうひとつ重要なことは、われわれは外圧の本質をきちんと理解しなければならないことです。つまり、外圧にはよい外圧と悪い外圧がある。たとえば、牛肉やオレンジの輸入が自由化されたことは、日本の消費者にとっては利益になり、よい外圧でした。しかし半導体に数値目標を設定しろというのは明らかに日本の消費者の利益にはならない。悪い外圧です。結局、アメリカは自分の利益になることしか考えないのですから、それが結果的に日本の消費者に得になるか損になるかは、私たちが識別しなければならないのです。これから出てくるアメリカの外圧はよい外圧か悪い外圧か。これを国益に則ってきちんと認識するためにも、国益を考えるシステムが不可欠です。
中国を軍事的脅威と思っていないのは日本だけ
櫻井:いま日本に与えられているアメリカからの外圧は、経済的側面から見ればよい外圧になるだろうと思います。グローバライゼーションや企業会計の明確化とか、ペイオフにしても、日本にとって必要な改革です。日本がそれらをこなすことによって日本自身を強くすることができます。
安全保障の分野での外圧や集団的自衛権の問題、普天間をはじめとした米軍基地の問題は、ほんとうにしっかり考えなければならない問題です。沖縄の人たちは海兵隊に出ていってくれといいながら、現実は基地からの収入に大きく依存しています。一方でアメリカは、海兵隊を動かす、あるいは縮小する方向性も模索しています。そのとき日本は米軍の撤退を安全保障面でどう補っていくのか、沖縄は基地に依存しない経済をどう育てていくのかが問われます。
台湾問題については、中国は頑として原則を譲りません。陳水扁さんは、どう表現するにせよ明白な独立論者です。台湾海峡において紛争が起きる可能性はあると思いますが、そのときブッシュ政権は明確に台湾の側に立つでしょう。そのとき日本はどうするか。日本がアジアに対してどのようなスタンスをとるのかという原理原則を打ち立てないかぎり、対応は難しくなるでしょう。私の意見としては、台湾に関しては、やはり台湾人が何を望んでいるかを日本政府がきちんと認識して、台湾人が望むかたちで存続できるように助力することが、アジアにおけるデモクラシーを尊重することになりますし、日本自身の立場を守ることにもつながっていくと思います。
しかし一方で、そのことが中国との関係を損ねるものであってはならないことは確かです。それをどううまくやってのけるかが大事です。中国は絶対に譲らない国ですが、だからといって中国の理不尽な外交政策に日本が屈するとしたら、日本は台湾の民主主義を守っていく力になるどころか日本の国益さえも守れない国になります。たとえば、尖閣諸島について中国の領有さえ認めざるをえなくなるかもしれません。
去年、中国の艦船が33隻、日本近海を徘徊していたことが確認されています。対馬のほうから日本海を北上し、津軽海峡を一度通り過ぎて反転して戻り、また通過して太平洋側に出て、三陸沖を南下する。ここでもゆっくり、何かを調べるように反復航海して、房総半島の近海をぐるりと回り、南のほうへ下って沖縄近海から中国に戻っています。1隻につき4週間から6週間の航海もありました。アンテナを立て、測量し、情報を集めているようです。河野外務大臣が去年、中国訪問の際、抗議したのですが、「中国当局は知らなかった」といわれています。
尖閣諸島とならぶ領土紛争地の南沙諸島の例を見ますと、中国が領有権を主張して島を実行支配するには4つの段階があることがわかります。第1段階は、測量調査船がくる。第2段階は、それが海軍に守られて常駐する。第3段階は、島に人間が上陸したり資材を運んだりする。そして第4段階は、島に建造物を建ててしまう。中国はすでに100ぐらいある南沙諸島のうち10の島に建造物を建て、実行支配しています。それを取り戻すには戦争をするしかない。そして尖閣諸島はいま、第2段階です。外交官や自衛隊の方に聞きますと、第2段階に入ったら戦いを覚悟しなければ取り戻すのは困難だというのです。しかし日本は中国と戦うことなど、とてもできません。ではあの小さな島のことでアメリカが出てきて守ってくれるかといえば、アメリカは介入するといったりしないといったり、態度は明確ではありませんが、いずれにしてもあんな岩だらけの島の領有権を巡って本格的に中国と対峙してくれることを期待してはいけないと思います。
いま、中国を軍事的脅威だと感じていない国は、アジアのなかではおそらく日本だけではないでしょうか。ASEANに行っても、中国の軍事力は大きな国家政策のテーマです。中国に「軍事大国になるな」といわれて「はい、気をつけます」といって帰ってくるのは日本だけです。やはり中国の軍事力の増強ぶりをきちんと見て、中国に対処するためにも、アメリカとの安全保障のあり方をきちんと整えておいたほうがよいと思います。基地の提供とかお金を出すことに留まらず、もっと戦略的に、憲法や集団的自衛権をどうするのかといったことを考えなければなりません。
竹中:日米関係を考えるときの大きな前提は、アメリカはいま、前方展開という戦術の下に太平洋、とくに日本への駐留を求めているという、この根本が変わる可能性があるという認識をもつべきだということです。東西冷戦が終わってから、拡張主義をもつ共産主義者はいなくなりましたが、サダム・フセインのように領土的野心をもつ独裁者はいつどこから現れるかわからない。それに対する安全保障に重点が移り、どこにそうした独裁者が出てきても大丈夫なように太平洋地域に「前方展開」してきたのです。しかしアメリカ国内では、戦争がリアルタイムで伝えられる時代になり、目の前で自国の兵士が死ぬような戦争はしないという世論が強くなってきています。ですからアメリカが、無駄の多い「前方展開」をやめるという選択をする可能性もあるのですが、アメリカ軍がいなくなった太平洋地域の脅威はやはり大きいですから、日本としてはアメリカに、前方展開をしていたほうが得だ、あるいはしていてもいいと思わせるような状況をつくっていくことが、当面の外交の基本になるわけです。極端な話、アメリカの軍人はいらなくて武器だけ置いてもらうといった選択肢も将来はありうると思いますが、そうしたことも含めて、アメリカ軍がいつまでもいてくれるわけではないという前提に立って、われわれ独自の国益に基づいて安全保障の概念をもつ国にならなければいけない。憲法を改正し、ふつうの自衛権をもつというのはきわめて当然のことですし、むしろそれが急がれる状況になっています。
さあ、そのなかで近隣の脅威として中台関係があります。「戦略的曖昧さ」という言葉がありますが、これはたとえばアメリカと日本が中国を応援していると思わせてしまったら、中国が自信をもちすぎてほんとうに台湾を攻撃するかもしれない。逆にアメリカと日本が台湾を支持していると明確に述べてしまったら、台湾の人たちはそれに力を得て一気に独立宣言をしてしまうかもしれない。どちらもパワーバランスが崩れてしまいますから、どちらも大事だと曖昧にいっておくことが戦略的にいい方法だというのがこの言葉の意味するところです。クリントンは中国寄りの発言をし、逆にブッシュは親台湾の姿勢をもっており、国としての姿勢がブレているとの批判もありますが、見方を変えれば見事に「曖昧さ」を実現しているのかもしれません。アメリカはダイナミックに政権が代わりますから政策も変わりうるのですが、日本は自民党政権が代わらないかぎり難しいでしょう。
軍事力の確保の前にやるべきことがある
櫻井:アメリカが自国の外の紛争に介入するときはどんな条件で介入するのか、クリントン政権はコソボ紛争のときにそれをはっきりと示しました。アルバニア系の人々への弾圧は許せないということで空爆をしたのですが、そこには4つの前提条件がありました。第1の条件は、紛争に介入することがアメリカの国益に適うこと。第2は、民主主義や人道主義がどのくらい踏みにじられたか。しかしどのくらい踏みにじられたかというのは主観的な問題ですから、これは判断が難しい面があります。第3が、同盟国がアメリカの介入にどれだけ同調するか。そして第4が、どれだけ効果的な攻撃ができるか。これら4つの条件を考えたうえで介入が決定されるのです。ここで重要なことは、アメリカはどんなに人が殺されていようが、自国の国益に適わなければ不介入の態度をとるとはっきりと示したことです。そして、同盟国との関係を重視し、もうアメリカ一国だけが警察官になるのは嫌だといっているのです。21世紀の覇者はアメリカでありながら、軍事的な行動はアメリカ一国だけではなくてブロックで、戦略的パートナーと一緒に行なうということです。
竹中:安全保障の概念が変わってきているということを、冷静に議論しなければいけないわけですね。
ただし、北方領土にしろ尖閣諸島にしろ、領土的紛争の議論は必ず熱くなるのです。領土というのは国家の主権の最大のもののひとつですから国益に準じて厳密に議論しなければならないのですが、同時にリアリズムの観点から考えなければならないのは、領土的紛争は世界中どこにでもある、ということです。尖閣諸島について、われわれは日本のものだと思っていますが、中国も本気で自分のものだと思っているわけです。領土とはそういうものなのです。主張すべきところは主張しなければいけませんが、一方でこれは世界中どこにでもある話なのだから絶対に熱くなってはいけない、ということを認識すべきです。
そのうえで、安全保障の概念が変わるとい