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2004.05.27 (木)

「 拉致問題は交渉でなく要求だ 」

『週刊新潮』 2004年5月27日号
日本ルネッサンス 第117回

「官邸はテンヤワンヤのようです。私共も日朝交渉の詳細はよくわからないのです」

超党派のメンバーで作っている拉致議員連盟会長の平沼赳夫氏はこう語った。氏は17日午後4時に小泉純一郎首相から訪朝について説明を受けることになっていた。それが突然キャンセルされ、19日に延期されたが、首相の近くで官邸の様子を見ての感想が、先程の言葉である。

首相の訪朝はハイリスク・ハイリターンの外交である。前代未聞の個人プレーと言ってもよい。周囲の人間のみならず、当の首相にも、確固とした見通しは立っていないのではないかとさえ見える。なんといっても、訪朝を4日後に控えて、交渉の詰めはこれからだというのであるから。

語られる見通しは楽観から悲観まで幅広い。最も楽観的な読みは、サプライズを得意技とする首相であるから、秘策はあるとするものだ。首相が8人の子供たちと夫をつれて戻ってくるのに加えて、めぐみさんら死亡とされた8人と不明の2人の安否情報をも持ちかえるというものだ。

こうした情報に、何がしかの真実味を与えるかに見えるのが平沢勝栄衆院議員の発言である。氏は5月16日の『サンデープロジェクト』での発言を含めて、複数回、めぐみさんや有本恵子さんらの“死亡情報”は間違いだと北朝鮮が述べたと語っている。氏は昨年12月20日と21日に北京で北朝鮮外務省の鄭泰和氏らと会っているが、その際に北朝鮮側がそう述べたというのだ。

ここまで聞けば、元々8人の死を信じていない家族や、被害者の救出を応援する日本国民としては、8人の死亡は作りばなしで、実は生きているという新たな情報がもたらされるかもしれないと期待する。

米国からみれば核、ミサイル問題があり、日本側には3桁の数の特定失踪者問題に加えて麻薬問題などもあるが、援助の約束なしで、首相がこの線まで達成出来るとすれば、サプライズ手法による訪朝は成功と評価される。

だが、平沢氏と共に北京での会談に臨んだ西岡力氏は、北朝鮮側は8人は明確に“死亡した”と語り、新たに出してくる情報は、“8人の死亡”をより具体的に示すものという意味だと語る。

小泉訪朝の危うさ

どの断面からみても日朝交渉と小泉首相の訪朝は生易しいものではない。そのことは、首脳会談から得ることが出来るであろう成果を、金正日総書記の側から考えてみれば、よりはっきりする。

4月からはピョンヤンの住人への食糧配給が止まるという、はじめての現象がおきていると言われる。北朝鮮のエリートたちが住むピョンヤンにも困窮の波が押しよせ、いよいよ最後の堀も埋められつつあるわけだ。

金総書記にとって、食糧支援は、喉から手が出るほどに欲しい。『朝日新聞』は17日付で25万トンのコメ支援が考えられていることを報じたが、平沼氏の耳には北朝鮮の要望として100万トンのコメという情報さえ入ってきたという。

今回の情報は多くが官邸から流されているといわれ、情報は世論の反応をみるアドバルーンだったりもする。したがって、数字の正しさなどは軽々には判断出来ない。しかし、こうした数字が飛び交うこと自体、小泉訪朝が条件闘争のレベルに落ち込んでいることを示している。拉致問題は交渉事ではなく、要求事項であることを忘れてはならない。攫っていった日本人を返せと要求するのがスジで、条件次第でどうするということではないのだ。その原点を忘れているからさまざまな数字が観測気球のように打ち上げられるのだ。

食糧と経済支援に加えて、金総書記は日本から北朝鮮に資金、食糧、機械やその他物資を運ぶ生命線としての万景峰号の往来も死守したいはずだ。そのためには、安倍晋三氏らが主張し続けている特定船舶入港禁止法案の成立は是非避けたい。小泉訪朝が具体的になったいま、同法案は見送るべきという声が出始めているのは、北朝鮮側の意向に呼応するものだろう。

拉致被害者の家族を帰国させ、自身の年金未払い問題を帳消しにし、参院選挙での大勝につなげたいとの首相の思惑は明らかだ。その下心が人道の冠をつけての種々の支援策につながりかねない。

だが、8名の帰国は、拉致問題の終わりではあり得ない。8名の帰国によってもたらされる新たな情報、今まですでに帰国した5人が語れなかった長い年月の体験を語るとき、金政権に対する世論も拉致問題追及の要求もより厳しくなり、緩和されることはないだろう。その種の反動は、たとえコメを100万トン援助されようが、金正日政権にとって政権の崩壊につながりかねない。

“譲歩”と“増長”の日朝史

こうしたことを、あの金総書記が考えないはずはない。父親の代から政敵を粛清し、国民を虫ケラのように扱ってきた人物の頭のなかには、狡智にみちた計算が飛び交っていることだろう。

そのような相手であればこそ、北朝鮮外交で日本側に必要なのは、外交の原理主義ともいうべき固い基盤なのだ。繰り返す。拉致問題は、交渉案件ではなく、要求案件である。要求しつつ、相手の言葉や約束がどれだけ信の置けないものであるかを、過去の経緯からしっかり頭に入れておくことだ。

日朝交渉は日本の譲歩の歴史である。93年5月に日本海にノドンミサイルが撃ち込まれた。日本側は手を打たず、95年にはコメ50万トンを支援、96年には600万ドルの資金援助をし、97年にはコメ6・7万トン、98年5月には金正日の金庫である朝銀に3102億円の公的資金を投入、対して北朝鮮は同年8月、日本の太平洋側にテポドンミサイルを撃ち込んだ。それでも日本は2000年3月にコメ10万トン、10月に50万トンを送り、2001年11月には再び朝銀に3131億円を投入。すると北朝鮮は12月に奄美大島沖に工作船を侵入させた。

首相が署名したピョンヤン宣言は日朝双方が核問題で、全ての国際的合意を遵守するとも書き込まれていた。北朝鮮は核開発をしていないとの前提であの宣言が署名されたのだが、それが偽りで、北朝鮮が核兵器を開発していたことは米国が北朝鮮に認めさせ、小泉訪朝からわずか1カ月後に明らかにされた。小泉外交は当初から騙されていたのだ。

姉のるみ子さんが拉致されている増元照明氏が語った。
「帰国した5人に首相は20年間ご苦労でしたと言われました。でも、25年なんですよね。今度のやり方をみても、首相には、国民に対する本当の愛や関心がないと感じます」
成功を祈るが、小泉流サプライズ外交の顛末が危惧されてならない。

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「 拉致問題は交渉でなく要求だ 」

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