「 チェルノブイリの教訓に学ぶ放射性物質の不拡散の重要性 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年4月23日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 884
東京電力福島第一原子力発電所事故の影響について、全米医師会が日本に送った原発事故の専門家で第一次支援調査団長のチャム・ダラス博士の話を聞いた。氏はジョージア大学の教授でもあり、チェルノブイリ原発事故直後から10年間にわたって、定期的に現地を訪れ、健康被害調査を行った。氏の調査はすでに約25年になる。
ダラス教授が語る。
「事故から10年間、放射線測定器を携帯して頻繁に現地を訪れました。多くのことを学びましたが、その間に旧ソ連は、アフガニスタン戦争や共産主義体制の限界などで崩壊しました。止(とど)めの一撃はチェルノブイリ原発事故だったと私は感じています。だからこそ、福島原発事故から、日米両国は政治的、経済的、社会的に多くのことを学ばなければなりません」
世界に原発と核兵器が存在し、しかもそれらが増加している現代を「放射性物質拡散時代」ととらえ、それを大前提として、防護策を考えなければならないと、教授は訴える。
今日本で最も必要なのは、放射性物質の拡散を防ぐことであり、原発抑制にかける日本の努力は評価するという。しかし、努力は認めても問題は指摘しなければならないとも語る。
「日本は、低濃度の汚染水の一部を海に捨てました。これは高濃度の汚染水を捨てないためにやむをえない措置だと思いますが、海洋への投棄は全力を尽くして止めるべきです」
米国はスリーマイル島原発事故では、汚染水を海に流さないために、原発が面していた川の下流に複数のダムを造った。川と海の違いは大きく、福島原発の汚染水の処理は、スリーマイルよりはるかに困難だが、たとえば地上に緊急避難としていくつもの池を造る、タンカーを準備する、あるいは海の一部を封じ込め、汚染水をそこにためるなどの措置を取るべきだという。
「水は放射性物質を閉じ込めるきわめて有効な手段です。水中に沈めた放射性物質を上からのぞき込んでも危険ではありません。また放射性物質は底に沈澱しますから、一定の時間が経過すれば、上澄み液を海に捨てても問題はなくなります。池底の土壌は汚染されますが、日米共に汚染土壌の処理技術は持っています」
汚染土壌の処理は容易ではないが、地上にとどめておく限り、コントロールは可能だ。他方、海に流せばコントロールは難しくなると、教授は言う。
「決してロシア的対処に陥らないことです。ロシアは原子力潜水艦を解体して核燃料を海洋に沈めるなど、大量の放射性物質を海洋投棄しました。原発事故を発生から3日間隠すなど、情報隠蔽も信じがたいものがあります。結果、日本とは比べるべくもない大量の放射性物質が放出、拡散されました。3日後に子どもたちにヨウ素を飲ませ始めましたが、それでは遅過ぎます」
ヨウ素は被曝後4時間以内に飲まなければ効果はない。したがって、放射性物質が懸念される地域ではヨウ素を常備し、数値が上がれば即、子どもたちに飲ませるような体制をつくるべきだとダラス教授は語る。
教授は、意外なことも語った。原発事故の場合、放射性物質が胎児に及ぼす影響はきわめて少ないというのだ。チェルノブイリ事故で放出された放射線量は、広島と長崎の合計放射線量の100倍に達し、当時妊娠中だった女性9万人のうち、3万人が胎児への影響を恐れて中絶した。しかし、出産した6万人の新生児の追跡調査では、汚染地域と非汚染地域で違いはまったく見られなかったという。広島、長崎で少数ながら新生児に影響が出たのは、放射性物質が空中に拡散して薄められたチェルノブイリとは対照的に、住民に直接降り注いだためだというのだ。
把握しにくく、そのぶん恐怖心をかき立てる放射性物質の被害。なによりも政府の情報の正確さが望まれる。