「 国民が菅首相に求めるのはしっかりとした全体像と方向性 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年4月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 882
菅直人氏には首相としてすべきことがわかっていない。国難に当たって十分機能しているとはとうてい思えない首相を、なぜ国民が支持する姿勢を見せているのかも、わかっていない。10%台に落ちていた首相の支持率が地震、津波、原発事故の国難の中で30%台半ばに急上昇したのは、国民の理性である。今は指導者への批判よりも一致団結して総力を挙げて事態に対処すべきだと判断したからにほかならない。この国民のおとなの判断も、指導者としての責任も、自分のことしか考えない首相にはわかりはしない。
今、首相に期待されるのは、国難を脱するための大戦略だ。なんとしてでも原発をコントロール下に置き、日本復興計画の作成に取りかかり、復興を支える日本経済強化策を示さなければならない。各課題の詳細まで首相が知悉(ちしつ)することは不可能で、第一、国民はそんなことは求めていない。国民が求めるのは、しっかりした全体像と方向性である。
現実にはしかし、首相の右往左往が目立つ。首相は3月29日、原子力工学の専門家、多摩大学大学院の田坂広志教授を内閣官房参与に迎えたが、震災発生後に登用された新参与は氏で六人目うち原子力専門家が五人を占める。
原子力問題で首相に助言する組織として、すでに経済産業省の原子力安全・保安院や原子力安全委員会などがある。そのうえに新たな人材を迎えた理由を、「セカンドオピニオンも重要で知見を持った方に助言してもらう」と首相は語った。しかし、新助言者を加えることが事故からの立ち直りにどれほど有効なのか、疑問である。
万単位に上る犠牲者を出した東日本大震災から3週間が経過し、百万単位の被災者も、経営基盤を根こそぎ奪われた企業群も必死の自己奮励で立ち直りに向かって踏み出そうとしている。
対照的なのが首相が最大限の力を注ぐ原発である。3月28日、ついに、福島第一原子力発電所の土壌から毒性の強いプルトニウムが検出された。プルトニウムは最重要の原子炉圧力容器から漏れ出していると見られ、「止める、冷やす、閉じ込める」の三つの原発事故の鉄則のうち、わが国は、最終段階の「閉じ込め」にも失敗したことを意味する。世界最高水準の原発技術を有するといわれてきた日本が、なぜ、原発事故との闘いで、このようにジリジリと後退を続けるのか。
前述した原子力安全・保安院などを筆頭に、首相への助言機能はすでに複数あるなかで、首相は東京電力とのあいだに統合本部を設置した。東電不信の念を強めた首相は、本部に自らの代理として細野豪志首相補佐官を筆頭に、海江田万里経済産業相、福山哲郎官房副長官、馬淵澄夫首相補佐官、長島昭久前防衛大臣政務官、さらに五人の原子力専門家を入れた。
結果がよければ言うことはない。が、結果はむしろ、最悪の方向に向かっている。意見多出で方針が固まらず、対策が後手に回るからではないか。となれば、人災である。首相は原子力についての自身の知見を自負するが、専門家に勝るほどの知見ではありえない。であれば、この非常時、専門家集団に責任を持たせ、彼らを全力で支えることこそが政治の役割だ。
首相には、そのほかに手がけなければならない問題が山積している。29日の参院予算委員会で、環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加に必要な6月の結論取りまとめも、消費税を含む税と社会保障の一体改革の取りまとめも、先送りすると首相は表明した。枝野幸男官房長官は理由を「震災と原発事故に総力を挙げて取り組まなければならないから」だと説明したが、菅首相も民主党も手一杯でそれ以外のことは考えられないといっているのだ。
復興は経済力なくしては遂げられない。首相は細部にまで口出しすることをやめ、大局的立場に徹せよ。