「 自由弾圧に中国の大規模予算 」
『週刊新潮』 2011年3月17日号
日本ルネッサンス 第452回
発生から2ヵ月余りがすぎても、中東のジャスミン革命は続く。公正で自由な国家を求める中東革命を横目に見ながら、中国の全国人民代表大会(全人代)が開かれている。開幕当日の3月5日、温家宝首相が行った演説には、中国共産党の抱く危機感が溢れ、中東の轍は踏まないとの固い決意がうかがわれた。
温首相は情感を込めて一段と声を張り上げた。「人間中心(人を以て本と為す)を堅持し、民生の保障・改善をあらゆる活動の出発点、帰結点とし、共に豊かになる道を揺るぎなく歩み、発展の成果が全人民に及ぶようにする」
温首相は今後5年間の国家目標を次々と掲げた。GDPの年平均伸び率を7%に維持し、物価を安定させる。都市部の失業率を5%に抑え、新規就業者を年900万人、5年間で4,500万人増やす。9年制義務教育の普及率を93%に引き上げる。都市部住民の1人当たり可処分所得と農村住民の1人当たり純収入を各々年7%以上伸ばし、都市・農村の最低生活保障基準を引き上げる。貧困人口の著しい減少を実現する。
農村や貧困層、さらに就職難に苦しむ若い世代の不満を和らげようと必死である。中東のジャスミン革命を意識しているのは明らかだ。中東諸国は各々国情も異なり、中東全体を一般論で語ることは出来ないが、共通しているのは国民の間に、自由を阻害されていることや富の分配の不公平への不満があることだ。中国も同様である。むしろ、中国の状況の厳しさは中東の比ではないと語るのは富坂聰氏である。
氏は北京大学に留学、現代中国の状況に詳しく、中国問題の報道に携わってきた。
「中東と中国の相違は、民主主義という言葉の持つ切実さでしょう。中国の一般国民にとって言論の自由や民主主義よりも、もっと切実なのは日々の暮しだと私は感じています。学生にとっての就職難、労働者にとっての給料、農民にとっての差別や生活の苦しさ、こうしたことが一般国民の心を占めています。彼らは、中東のジャスミン革命に倣って積極果敢に同じ行動に出るというより、様子見状況だと思います」
党の指導を強める
中東革命は容易に中国には飛び火しないという見方だが、それは後述するように中国共産党による異常な締めつけゆえであろう。富坂氏も、中国の農村部や都市の底辺層にたまっている不満は中東以上に深刻で、それを永続的に抑制し続けるのは至難の業だと語る。
中国では毎年10万件に上る暴動が発生すると言われていた。氏はそれは数年前までのことで、現状は年間20万~30万件で、はるかに悪化していると語る。年間20万件でも、毎日約550件の暴動が発生している勘定だ。それを中国共産党は暴力で押さえ続けて現在に至る。社会の底辺に濃霧のように沈殿する不満を、氏はメタンハイドレートにたとえる。
「火がつけば凄まじい勢いで燃え上がります。但し、火をつける機会は悉く潰され、火をつける方法が現時点では、未だ見当たらない」
メタンハイドレート的不満の存在、発火すれば如何なる力を以てしてもコントロール不能に陥るであろうその脅威に対して、中国共産党が抱く尋常ならざる危機感は、全人代で発表された今年の予算措置からも見てとれる。軍事費は6,011億元(約7兆5,000億円)、伸び率12・7%でまたもや2桁の増加である。中国は89年以来23年間、異常としか言い様のない軍拡に走り続けているのだ。
だがここに、否が応でも目を引くもうひとつの数字がある。軍事費以上に増えた国内の治安維持の予算だ。武装警察、公安、民兵などの予算の伸び率は13・8%、その総額は驚くことに軍事費を上回る6,244億元(約7兆8,000億円)だ。中国共産党は異常な軍拡で国際社会に脅威をまきちらすだけでなく、軍事費を凌駕する莫大な予算をかけ、国民を監視し抑圧しているのだ。
温首相は全人代でこう語った。「権力が極度に集中しながら制約されていないという状況を制度面から是正」し、「権力の正しい行使を確保しなければならない」。
権力を独占している中国共産党の専制や腐敗を取り締まる決意であるかのように受け止められる。だが、温首相はこうも述べた。
「(大規模デモなどの)突発事件に対応する体制と危機管理能力を整備し、インターネットの管理を完全なものにしなければならない」
国家体制を守るために党の指導を強める、徹底して情報を管理し、如何なる反政府活動も許さないということだ。その決意は、温演説と全人代開幕の2週間前に胡錦濤国家主席が行った重要演説を重ねると、より鮮明に見えてくる。中央党学校で、胡主席はこう述べたのだ。
「社会管理の枠組みを一段と強化、改善し、党の指導を確実に強化」「情報網管理を一段と強化、整備し、仮想(バーチャル)社会の管理水準を高め、ネット世論指導の仕組みを整える」
昔の強権取締り体制
中東のジャスミン革命に倣って2月20日以来、日曜日毎に中国の一般国民に呼びかけられてきた「静かなるそぞろ歩き」の集会に、多数の公安や私服を含む警官を配置し阻止してきたのは、そういうことだ。「そぞろ歩き」を取材する外国メディアへの厳しい規制も同様だ。
「ニューヨーク・タイムズ(NYT)」紙が3月6日北京発で外国メディアへの取締りの現状を生々しく伝えていた。3月6日、上海で日本人記者を含む十数人の記者が要塞のような地下室に2時間にわたって拘束された。NYT、AP通信、CNN、NBC、ブルームバーグニュースをはじめとする外国記者の自宅に、日曜日早朝、未だ陽も昇らない5時半頃に、中国当局の男たちがやってきて警告したそうだ。「ジャーナリスト保護委員会」のアジア責任者、ボブ・ディーツ氏はこうした異常なメディア規制を「08年の五輪以降、外国プレスに対する最悪の攻撃」と述べている。
中国は北京五輪で緩和した報道規制を再び昔の強権取締り体制に戻したのだ。だが人間は自由を求める存在だ。中国政府が力を入れる経済政策が成功すればするほど、もっと自由を求めるだろう。いま中東で起きていることは、ネット革命で人類が初めて手にした情報の無限の流動性は自由への渇望と一体だと私たちに教えている。もはや、情報を堰き止めることなど誰にも出来ない。にも拘わらず、胡主席、温首相はじめ中国共産党は情報に戸を立てられると考えているのである。
日本は、自由と公正を求める人間本来の価値観を後押しすべきである。自民党時代に日本は価値観外交を唱えた。民主党はいまこそ党派をこえてその政策を受け継ぐのがよい。