「 国益の為のイラク政策はこれだ 」
『週刊新潮』 2003年11月27日号
日本ルネッサンス 第94回
ブッシュ政権が来年6月までにイラクの主権をイラク人による暫定政府に移譲すると決定した。イラク統治評議会と米英の暫定占領当局(CPA)が、11月15日、合意したのだ。
ブッシュ大統領は、前日の14日、「任務完遂まで米国はイラクにとどまり続ける」と述べ、政権移譲は米軍の撤退を意味しないと表明した。しかし、国防総省は来年5月までに米軍を現在の13万人体制から3万人減らす方針を発表済みで、米軍の早期撤退の観測が流れてもおかしくはない。
ブッシュ政権の方針に対しては、身内の共和党からも異論続出だ。マケイン議員の「むしろ増派すべきだ」との主張に加え、民主党側からは「時期尚早の撤退案はブッシュ政権の新たな過ち」との批判も目立つ。
来年の再選を意識したブッシュ大統領の動揺が透視される政策である。引いてはならない時に引く動きを見せざるを得ない選挙前のブッシュの米国に対して、世界はあらゆる隙を、さらに鋭く突いていくだろう。
これからどうなっていくのか、予測は困難だけれど、日本の国益を考えるためにも手持の材料をもとに、敢えて予測してみる。
まず、10月14日の『ワシントン・ポスト』紙が、オサマ・ビン・ラディンの長男、サード・ビン・ラディンについて報じた記事だ。サードはオサマと第一夫人の間の11人の子供達の長男とみられている。ちなみにオサマ・ビン・ラディンには第4夫人までの間に計24人の子供たちがいるらしい。
サードは現在24歳、イランでイスラム原理主義者らの構成する部隊に匿われ守られており、同国に潜伏中のアルカイダのメンバー、約400名の指導的立場に立つと報じられた。トップリーダーの位置づけではないが、父親が潜伏を続ける間、ここ半年で急速に力をつけたこと、幼少時より、常に父親と行動を共にしたこと、80年代半ばにアフガニスタンでオサマがアルカイダを組織した時からずっと側を離れずに、父親をお手本にして成長したと報じられた。流暢な英語を話し、コンピュータに精通するといわれるサードらは、イスラム原理主義のイランの聖職者らの庇護でイラン中枢にいるにもかかわらず、政府を代表するハタミ大統領らの手は届かないのだそうだ。米国も欧州各国も、表政府のハタミ政権に語りかけることは出来ても、裏政府の原理主義聖職者らと意思の疎通をはかることは出来ていない。
ハタミ大統領ら表政府は、議会と憲法に則って国家を運営したいとの姿勢を見せるが、他方で裏政府の聖職者らが頑なに原理主義にこだわり、“世俗化”された議会や憲法による国家運営を許さないという二重構造がある。この二重構造の中でイスラム原理主義者らが力をつけ、米国の揺らぎを見逃さず攻撃を強めるのだ。
暫定政権では統治出来ない
11月17日、アルカイダは15日にトルコのイスタンブールで死者20人を出した大規模テロ攻撃は自分たちの犯行だと発表した。アルカイダの指導者のアブモハメド・アブラジの名前で、日本にも警告が発せられた。日本がイラクに自衛隊を派遣すれば東京の中枢部を攻撃するというもので、まさに脅迫である。加えて、フセイン大統領の声とされる、「強硬に抵抗せよ、それは神の意思である」というテープが放送された。
米国のイラク政策が揺らぐ分、テロリストたちが勢いづく。同時に、北朝鮮問題で中国への米国の依存が強まる。中東で手一杯の米国は北朝鮮に構う余裕はなく、中国が北朝鮮を当面、大人しくさせることを期待する。中国は米国の意を汲み、北朝鮮をコントロールするために、北朝鮮の主張を半分は受け容れるだろう。金正日政権はまたもやエネルギーを注入され、再び、延命される。
韓国では盧武鉉政権の混乱が続き、南北関係では北朝鮮の声がより大きくなりがちだ。中国にとって韓国が力を失い北朝鮮に圧倒されることは痛くも痒くもない。むしろ望むところだ。中国の北朝鮮への抑えは効いているからだ。
朝鮮半島をおさえる中国は米国に貸しを作り、それを台湾で回収しようとする。台湾では、来年3月の総統選挙で、陳水扁現政権は必ずしも優位ではなく、連戦氏を中心とする中国系(外省人)の政権が生まれる可能性がある。連戦政権になれば、台湾と中国との統一は、俄に現実味を帯びる。
その場合、米国は台湾と韓国というアジアの大きな戦略拠点を失うことになる。それは即、同地域での中国の力のめざましい増大につながる。
一方、イラクから米国軍が3万人去ったあとに、テロ攻撃を恐れてどの国も派兵を見送るとしたら、何がおきるか。イラク暫定政府が政権を移譲されても、それはイスラム原理主義者の政権ではない。暫定政権が民主主義を是とする限り、彼らへのテロ攻撃も続くだろう。その場合、イラク暫定政権の力では到底適わず、統治はうまくいかないだろう。
イラク政策の処理を誤るな
そのようなイラク情勢を見て、米国民の共和党ブッシュ政権への不満は高まり、ブッシュ大統領の再選もおぼつかなくなる。こうして民主党政権が誕生する。
無論、これは前述したようにあくまでも推測であり、仮定である。現実はこのようには展開しないかもしれない。が、仮にこうなった場合、日本の国益が取りかえしのつかない程、損なわれるのは明らかだ。
アジアでの中国の力の目ざましい強大化と台湾の沈没は、日本がどうしても避けたい展開だ。台湾、韓国で米国の足場が揺らぐことはさらなる日本への負担ともなり、これも避けたい。だが、民主党政権の誕生は、ジョセフ・ナイ元国防次官補の報告に記されたように、日本を対米従属の構図の中に閉じ込めることにつながる。即ち日米安保条約の現状の強化である。そしてイラクでは恐らく、アルカイダを中心とするイスラム原理主義集団が力をつけていくだろう。豊富な石油を有するイラクを支配することは、彼らの力を幾層倍に強大化する。中東に油の9割を依存する日本は、テロリストから油を買う羽目にもなり兼ねず、難局に直面する。
悲観的すぎるかもしれない。けれど、イラク問題の処理を誤れば、この種の事態に陥り、国益が損なわれることは、私たち全員が知っておいた方が良い。では、日本はイラク政策をどう構築すればよいのか。杏林大学教授の田久保忠衛氏が語った。
「イラク問題を3つの段階でとらえることです。第1は民主主義を守ること、第2に中東の安定を図ること、第3に同盟国としての米国への支援を行うことです。日本の国益を考えれば、今はブッシュ政権のイラク政策を支えるしかないのです」
引くことが出来ない米国を、今、自衛隊を派遣して支えることが、日本の国益を守ることになるのだ。